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憧憬の王城  作者: 真名あきら
本編
28/31

最終話

「笑い事ではありません。セイさまも無茶ばかりをなさってましたが、セージはそれ以上です! 私の心臓を止める気ですか?」

「悪い」

どうやら、やぶへびになってしまった様だ。誠吾は首を竦め、素直に頭を下げる。

「久しぶりなのは判るが、あんまりはしゃぐと疲れるぞ。セスリム・セイ。もう宜しいですか?」

頭をぽんぽんと叩いて寝かしつける。まるで、子供のような扱いに拗ねたような様子は見せたものの、誠司はサディに促されるままに床についた。

「もうすぐ、王子の戴冠式だ。お前にも出て欲しいと云っていたぞ」

「うん! な、親父。また、あの服着るのか?」

どうやら誠司は、いかにもなロールプレイングゲーム風の衣装が気に入ったらしい。

「ああ。何だったら、お前の分も用意させようか?」

「え? ホントかよ?」

がばっと起き上がろうとする誠司を、慌ててサディが押し留める。

「ちゃんと、自力で立てるようになって、体力が付いたらな」

「オッケー。約束だからな!」

ここへ来てからの誠司は、素直に感情の起伏を見せる。

怒ったり、笑ったり、呆れたり。

やはり、離婚した後は、無理をさせていたのかもしれない。誠吾と会うのも、新しい父親にも気を使っていたのだろう。冷めていると思っていた息子の見せる、いろいろな表情を、誠吾はしっかりと覚えておこうと思った。

多分、何時かは会えなくなる息子の顔も。



政務が終わって、引き上げてきたアデイールは、ひどく疲れた顔をしていた。

「ラウラジェスの裁きが出た」

どっかりと、ベッドへと腰を下ろしたアデイールは、呟くように一言告げる。

「一族の長老預かり。但し、外へ出ることは許されない。おそらく、一族のエリアの中で、一族の男へ嫁いで、子供でも生んで、普通に暮らして行くだろう」

「ああ」

予測は付いていたことだ。セスリムの息子とは云え、誠司は立場的には只の異邦人である。

しかも、結果的には助かっているのだ。

「セイは悔しくないのか? アイツはセージを殺すところだったんだぞ!」

「誠司が死んでいたら、俺がこの手で、あの女殺してやったさ」

淡々と告げた誠吾だが、その口調は強い。誠司が刺された時には、本当に殺してやるつもりだった。

「だが、今は、あの女も哀れだと思う。誠司が助かったから云えることだがな」

誠吾の膝へと、頭をもたせ掛けてきたアデイールの、さらりとした金色の髪を指で梳く。

「セイの家族は俺の家族だ。それを奴らは異邦人だと云うだけで、軽く見る。一族が何だと云うんだ。所詮は獣じゃないか!」

「アデイール」

怒りが収まらないらしいアデイールの髪を、誠吾は何度も撫でる。


「一族は、そう遠くない内に滅びるぞ」


アデイールが誠吾の言葉に、はっと顔を上げた。

「一族は、女が多いだろう? なのに、一族の男には番いがいない」

誠吾は、一族のことを知ってから、ずっと考えていた。可笑しいのだ、どう考えても。

「そして、一族の女が妻合わされた男の子供も、一族とは限らない。一族に生まれたとしても、番いがいない」

「それは、どういう?」

アデイールの問う声は震えている。

「血が濃いと云っていたジャスティの家でさえ、ディオルは番いがなかった。だからこそ、ジャスティは、ディオルの表向きの替え玉を用意したんだろう」

もし本当に、あの僧院にいるディオルがホンモノだとすれば。だが。

「女は余っている筈なんだ。だが、番う相手がいない。男のセスリムは、俺が初めてじゃないと云っていたな?」

アデイールは呆然としたまま、うなずく。

「当然、男同士で番っても、子供は生まれない。そうして、一族同士の幅は段々と狭くなって行く。後は少なくなるばかりだ。判るな?」

金色の瞳が、誠吾を真っ直ぐに見上げた。

「だからこそ、奴らはそれに必死でしがみつこうとする」

「哀れだな。それしか生きる術が無い」

アデイールの呟きに、誠吾はうなずく。

「一族のエリアでしか生きられないものは、これからも増えるだろう。そして、いつかそれもなくなる」

誠吾は窓の外へと目をやった。

暗くなり始めた城下に明かりが灯る。城壁の先には暗い森が広がっているだけだ。

あの森から、始まったのだ。

「セイで良かった」

「うん?」

頭を抱え込まれ、口付けられる。金色の王子の舌が誠吾のそれに絡まった。

「俺のセスリムは、カッコよくて、頭のいい、素敵な男だ」

真っ直ぐに誠吾を見上げて、そんなことを云うものだから、誠吾はすっかり照れて、視線を逸らすばかりだ。

「セイ…」

それを無理やりにアデイールは自分の方へと向ける。もう一度、口付けが交わされ、そのまま体勢を入れ替えた。

アデイールの躯が誠吾の上に覆いかぶさる。

誠吾は、されるままに受け止めながらも、しっかりとその背を抱いた。

貫かれる痛みも、それを上回る快感も知っている。それは、二人で分け合ってこそ意味のあるものだった。



戴冠式の当日は、晴れ渡った青い空が広がっていた。

今日、広間でアデイールを迎えるのは、誠吾だ。

ドラテアと共に、王となるものを待つ。

控えの間で出番を待つのは、何だか妙に緊張する。

まず、ドラテアが呼ばれ、王になるものの資質を問う。

そして、その王を迎えるものとして、セスリムが呼ばれるのだ。

ドラテアが、長い髪と裾を翻し、すっと立ち上がる。

広間への通路が開かれ、堂々と出て行くドラテアは、優美で威厳を備えていた。

あの隣に並ぶのは、誠吾とて、尻込みする。

広間から、王たるものの資質を問う、ドラテアの声が響いていた。


『親父』

『誠司』

緊張する自分を見かねて来てくれたのかと、顔を出した誠司に笑い掛けようとした誠吾の笑顔が、誠司のその格好を見た瞬間に固まる。

誠司が身につけていたのは、自分と色違いで用意した筈の衣装では無く、どう見ても誠司の通う中学の、紺色の学生服だった。

『お前、何故?』

『うん。帰るときが来たみたいだ。朝から、引っ張られるような気がするんだよ』

にこりと笑った誠司の顔は、少し寂しげだ。

『親父も幸せみたいだし、俺も安心出来たからかな』

『誠司』


「セスリム・セイ!」


ドラテアの問いは終わったのだろう。広間から、誠吾を呼ぶドラテアの声が響く。

『ほら、親父。行って』

誠司の手が、誠吾を押す。

「セスリム!」

大勢の声が、ドラテアの声に重なるように、また誠吾を呼んだ。

それに、誠吾が振り返る。

『親父。元気で』

再びの誠司の声に、誠吾が息子を振り返ると、そこには誰も存在していなかった。

まるで、最初から誰もいなかったかのように。


「セスリム・セイ!」


もう一度、誠吾を呼ぶ、ドラテアの声が響く。

それに促されるように、誠吾は、広間へと足を踏み出していた。



<エピローグ>



『あ…っ』

目をぱちりと開けると、目の前に満開の桜の花がある。

誠司は慌てて、身体を起こそうとした。

だが、誰かの手が自分に絡まって、身動きできない。

腕を手繰ると、そこに銀髪の端正な男の顔がある。

「サディ! おい、サディ、起きろよ!」

揺り起こすと、サディユースの青い瞳がゆっくりと開いた。

「ここ、は?」

「うちの近所の公園。戻ってきたんだ!」

誠司は周りを見回し、確かに戻ってきたのだと確信する。向こうに見える高いビル。コンクリートの誇りっぽい匂い。

と、同時に隣にある安心できる存在に慌てた。

「お前、何で来ちゃったんだよ? 帰れないかもしれないぞ」

「セージが寂しそうだったからだ。離れる気は無い」

きっぱりと云い切られて、誠司は思わずサディの胸に顔を埋めた。泣いている顔は見られたくない。


ビルの谷間にあの山が見えるような気がした。

深い森の向こうにある、トレクジェクサの山は、その頂に城を持つ山だ。

月の無い夜には、獣たちが寂しい咆哮を上げる。


<おわり>

これにて、アデイールと誠吾の物語は終わりです。

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