第二十五話
「間抜けすぎるぜ、親父。あの時、俺と王子が何話してたと思う?」
自分そっくりに、可愛くなく成長した息子は、苦い顔をして、誠吾を見下ろす。はっきり云って、父親の威厳台無しだ。
「親父の話だぜ。一から十まで、ずっと親父の話!」
「俺の?」
誠吾は意外な話に、間抜けそのものの顔を上げる。
「父親としての親父はどうだったか。なんて話。後は、オフクロから聞いた学生時代の親父の馬鹿話」
「ゆかりなら、俺のアホ話は山ほど知ってるだろうが、何でそんな話に」
元妻のゆかりは、誠吾の高校時代からの同級生だ。結婚期間よりも、友人でいた時間の方が長いかもしれない。だが、一体何故?
「親父のことが知りたいからに決まってるだろ。ホント、男の癖に、男心の解からない人だよ。ほら、親父、ここ曲がってるぜ」
誠司はあきれ返ったと云わんばかりに、わざとらしいため息を吐いた。そうしながらも、盛装をまとう誠吾を手伝う手は止めない。
今日は、いよいよ披露目を行う日だ。
ドレスは免れたものの、盛装としてドラテアに贈られたのは、星図を簡略化した、刺繍のある青い下衣とスタンドカラーの短い上着だ。上品な光沢のあるそれが、かなり高価なものであろう事は、さすがの誠吾でも想像が付く。
ここへ来た当初は、着替えに他人の手を借りることもあったが、普段着として用意されたぴらぴらとした女物の長衣で無ければ、もう他人の手を煩わせることも無い。
しっかりと腰紐を留めた誠吾は、誠司から手渡された短刀を、腰に挿した。
それを一歩下がって、誠司が眺める。
「オッケー。親父、いいじゃん」
「本当か?」
今時の子供らしい軽さで褒められても、微妙すぎて本気なのかと疑いたくなる。
「疑うのかよ? いいって。何か、ホントにロープレの賢者っぽいけど」
鏡に自分の全身を映した誠吾は、誠司の当たらずとも遠からずの例えに納得した。
「賢者か。裾が長ければ、魔術師だな」
確かにロールプレイングゲームのそれっぽいかもしれない。
何処も乱れていないことを確認して、誠吾は広間へと向かう為に足を踏み出した。
大広間への扉が開かれる。時刻通りだ。
誠吾は意識的に、背筋をぴんと伸ばして、真っ直ぐに顔を上げた。
平凡極まりない自分の容姿も、無駄に食った年の程も承知している。だからこそ、堂々と通路の真ん中で待っている金の王子の下へと向かった。
他人からどう思われようとも、アデイールの隣に立つ自分の位置を変える気など、誠吾には無い。
これは、その決意表明の一歩だった。
アデイールが差し出した手に、己の手を重ねる。お互いの手を捧げるようにして、広間の正面に作られた祭壇へと向かう。
そこで待つのは、背中を覆い隠すのではないかと思う程、長い髪が神秘的な雰囲気をかもし出すドラテアだ。
星術師の長の前に、誠吾とアデイールが並ぶ。
「異邦人・名はアキセイゴ。間違いないか?」
「はい」
誠吾が大きくうなずいた。
「先王クレストスの息子・アデイールの星の示した、番いの名はアキセイゴ。異邦人だ」
水を打ったように広間がしんと静まり返る。
「星の導きにより認められた、番いの片割れであることは間違いない」
祭壇から、ドラテアが白い花を手に取り、アデイールに渡す。カラーに似たその花を見て、誠吾は、アデイールの母・ソラリエの言葉を思い出した。これがセスリムの花なのだろう。
アデイールから、その花が誠吾に手渡される。それを誠吾は胸にそっと抱いた。
「次代の王の番いは決まった」
ドラテアの、女にしては低めの声が、広間に響き渡る。
その途端に喚声が広間を支配した。
「セイさま!」
「セスリム・セイ!」
声は、近衛隊と周りを囲む使用人たちからだ。あっと云う間に、アデイールと誠吾に祝いの言葉を述べようと、集まってくる人々で、二人は身動きが取れなくなる。
求められる握手に次々に応えていると、その人波がすっと引いた。
不審に思って目をあげると、目の前には一族の重鎮たちが揃っていた。
「久しぶりだ」
重々しく、長老が歩み寄る。
「すっかりご無沙汰をしております」
そっと誠吾を庇うように、アデイールが長老の前へと進み出た。
「アデイールをすっかり手懐けたようだ。男の癖に、凄腕の獣使いと見える」
しわがれた声が、そう呟くのを、アデイールは聞き逃さなかった。
「我がセスリムを侮辱するのは止めていただきたい。それ以上は、長老とて容赦しません」
「ほう、容赦せんと? どうする気かな?」
呟くような長老の声は聞こえないものの、周囲にも只ならぬ気配は伝わってくる。皆、固唾を呑んで二人の諍いを眺めていた。
「いい加減にしていただこうか」
祭壇から降りてきたドラテアが、二人の後ろから進み出る。
「私の認めた次代の王の番いに、何ぞ不都合でもおありか? それとも、私の星占は信用出来ぬとでも申されるか?」
長老はいかにも不満げに黙り込んだ。ただ、アデイール王子の番いが無いと知ったときには、一族の娘を見合わせる旨の約束も、先王とはあった。だからこその思惑もあったというのに、誠吾が現れた所為で台無しだ。その上、いつの間にか星術師の塔を後ろ盾につけた誠吾は、簡単に排除も出来ない存在になってしまった。
しかも、アデイール王子は突然現れたセスリムに骨抜きと来ては、嫌味のひとつもいいたくなると云うものだ。
それにさえ、ドラテアが立ちはだかる。
「何も不満などありはせんよ。跡継ぎをどうするかと心配なだけだ」
「心配はご無用です。一族でさえあればいいのでしょう? 幸い、育てる親の無い一族の子供を保護もしておりますし、親戚筋にもまだ一族はおりますので」
アデイールは、はっきりと云い放った。誠吾をセスリムにと決めた時点で、子供が望めないことは解かっていたのだ。手を打っていない方がどうかしている。要は、王の資質がその子供にあるかどうかだ。
それに、アデイールでさえ誠吾が現れる前は、王候補からは遠かったことを考えると、どうしても自分の子供でなければならない訳でもないだろう。
明らかに、この場ではアデイールに分がある。長老は黙って身を翻した。
「長老」
「何かな?」
それを引き止めたのは、誠吾だ。
「アデイールを愛おしいという気持ちしか俺にはありません。それではいけませんか?」
「ほう、これは小賢しいことだ。気持ちしかないのなら、離れた方が良かろう。これはいずれ王になる男だ」
「王には愛情はいらないと?」
「そればかりではいられん。力も無ければならん、その為に婚姻が有効な場合も多い」
長老の言葉は、否定出来ない。それも真実だからだ。だが。
「王であるから、アデイールのそばにいたい訳ではありません。ですが、アデイールは誠実な王になりたいと望んでいる。それを傍らで見守りたいのです」
誠吾はキッと瞳を上げた。それが、アデイールの真実に応える術だ。
誠吾と長老のやり取りを見つめていたアデイールが、誠吾の肩に手を置く。震えるその手を誠吾はしっかりと握り返した。
この場が人前でなければ、口付けを交わしていただろう。そのくらいに熱い瞳が絡み合う。
その二人を目にして、長老はそのまま声も掛けずに歩み去った。
後に一族の連中が続く。
いくつもの突き刺さる視線も、誠吾には、もうどうでも良かった。
そのまま、広間には食事が運びこまれる。
どうやら、立食形式のパーティらしい。その間も、名も知らない近衛の兵や、使用人やらが、誠吾に祝いの言葉を述べる。
「おめでとうございます」
在り来たりの祝いの言葉だが、それは皆、心の篭もったものだ。中には泣き出さんばかりに目を晴らしたものもいて、本当に祝ってくれている気持ちが判る。
王子の養育係であった大臣のストラスなどは、本当に大泣きしてしまい、誠吾の手を握り締めて「王子をお願いします」と繰り返していた。
レドウィルや、サディユースは忙しく立ち働きながらも、誠吾とアデイールに笑みを投げてくる。誠吾もそれに笑い返した。
誠司も、父親の近くに立って、紹介を受けている。
それぞれの酒もいい加減に廻ったころ、それまで端の方にいた一族の女たちが歩み寄ってきた。トゥルースたちの挨拶は早々に受けた筈だったので、誠吾は何事かと身構える。
「そろそろ下がらせていただきますわ。セイさま」
態々断りに来るあたりが慇懃無礼な感じだが、まさか正面きってそう云うわけにもいかない。誠吾はあいまいに微笑んだ。
一人ひとりが誠吾に短い声を掛けては、ドレスを翻して去っていく。
それに答えを返しつつ、ちくちくと刺さる妙な視線を誠吾は感じていたが、目の前に現れた女を見た瞬間に、ああこれか、と納得した。
自分が現れなければ、アデイールの婚約者だった筈の女は、今日も満面の笑みを振りまきながら、目は刺すように誠吾を見ていた。
殺気さえ篭もるそれに、誠吾は思わず視線を外しそうになるが、負けず嫌いが頭をもたげ、その視線を正面から受け止める。
「セイさま、おめでとうございます。本当に」
「ありがとう」
にっこりと笑ったラウラジェスに、微笑み返した。
「お祝いを差し上げますわ」
「え?」
意外な言葉に、誠吾が首を捻ったとき、数歩離れたところにいた誠司が、誠吾に抱きついてくる。
「誠司?」
酔っ払っているのかと、誠司を抱き起こそうとした誠吾の手に、ぬるりとした感触が触れた。
視線を落とした誠吾が見たのは、誠司の脇腹から生えたような剣の柄だ。じわじわと赤い血が広がる。
「誠司ッ!」
『おや、じ…、だい、じょぶ』
ぐらりと崩れ落ちそうになる誠司の身体を、走り寄ってきたサディユースが、がっちりと支えた。
ぎらりと光る誠吾の目には、殺気に近いものが宿る。そのまま、放心したように立ち尽くすラウラジェスに近づこうとした誠吾を、背中からアデイールが抱きとめた。
「セスリムの手を煩わせるまでもない! その女を捕らえろッ!」
厳しいサディの声が命じるまでも無く、近衛の兵がラウラジェスを引きずっていく。
「医師を呼べ! 私の部屋だ!」
誠司を抱えたまま、大股でサディが歩み去ると、呆然となった誠吾をアデイールが抱きしめた。
「セイ。セージは大丈夫だ。最高の医師を付ける。死なせなどしない!」
「アデ、イール?」
耳元でそう怒鳴られて、誠吾は隣にアデイールがいたことを認識する。
「セージの元へ行こう。歩けるか?」
そう訪ねられて、誠吾は頭を振った。呆然としている場合では無い。
「お騒がせしました。暴漢は捕らえられたようですが、息子が怪我を負いました。これにて下がらせていただきます」
震える唇で、それでも何とかこの場を辞する言葉を述べ、誠吾はアデイールを伴い、広間を後にした。




