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憧憬の王城  作者: 真名あきら
本編
26/31

第二十五話

「間抜けすぎるぜ、親父。あの時、俺と王子が何話してたと思う?」

自分そっくりに、可愛くなく成長した息子は、苦い顔をして、誠吾を見下ろす。はっきり云って、父親の威厳台無しだ。

「親父の話だぜ。一から十まで、ずっと親父の話!」

「俺の?」

誠吾は意外な話に、間抜けそのものの顔を上げる。

「父親としての親父はどうだったか。なんて話。後は、オフクロから聞いた学生時代の親父の馬鹿話」

「ゆかりなら、俺のアホ話は山ほど知ってるだろうが、何でそんな話に」

元妻のゆかりは、誠吾の高校時代からの同級生だ。結婚期間よりも、友人でいた時間の方が長いかもしれない。だが、一体何故?

「親父のことが知りたいからに決まってるだろ。ホント、男の癖に、男心の解からない人だよ。ほら、親父、ここ曲がってるぜ」

誠司はあきれ返ったと云わんばかりに、わざとらしいため息を吐いた。そうしながらも、盛装をまとう誠吾を手伝う手は止めない。

今日は、いよいよ披露目を行う日だ。

ドレスは免れたものの、盛装としてドラテアに贈られたのは、星図を簡略化した、刺繍のある青い下衣とスタンドカラーの短い上着だ。上品な光沢のあるそれが、かなり高価なものであろう事は、さすがの誠吾でも想像が付く。

ここへ来た当初は、着替えに他人の手を借りることもあったが、普段着として用意されたぴらぴらとした女物の長衣で無ければ、もう他人の手を煩わせることも無い。

しっかりと腰紐を留めた誠吾は、誠司から手渡された短刀を、腰に挿した。

それを一歩下がって、誠司が眺める。

「オッケー。親父、いいじゃん」

「本当か?」

今時の子供らしい軽さで褒められても、微妙すぎて本気なのかと疑いたくなる。

「疑うのかよ? いいって。何か、ホントにロープレの賢者っぽいけど」

鏡に自分の全身を映した誠吾は、誠司の当たらずとも遠からずの例えに納得した。

「賢者か。裾が長ければ、魔術師だな」

確かにロールプレイングゲームのそれっぽいかもしれない。

何処も乱れていないことを確認して、誠吾は広間へと向かう為に足を踏み出した。



大広間への扉が開かれる。時刻通りだ。

誠吾は意識的に、背筋をぴんと伸ばして、真っ直ぐに顔を上げた。

平凡極まりない自分の容姿も、無駄に食った年の程も承知している。だからこそ、堂々と通路の真ん中で待っている金の王子の下へと向かった。

他人からどう思われようとも、アデイールの隣に立つ自分の位置を変える気など、誠吾には無い。

これは、その決意表明の一歩だった。

アデイールが差し出した手に、己の手を重ねる。お互いの手を捧げるようにして、広間の正面に作られた祭壇へと向かう。

そこで待つのは、背中を覆い隠すのではないかと思う程、長い髪が神秘的な雰囲気をかもし出すドラテアだ。

星術師の長の前に、誠吾とアデイールが並ぶ。

「異邦人・名はアキセイゴ。間違いないか?」

「はい」

誠吾が大きくうなずいた。

「先王クレストスの息子・アデイールの星の示した、番いの名はアキセイゴ。異邦人だ」

水を打ったように広間がしんと静まり返る。

「星の導きにより認められた、番いの片割れであることは間違いない」

祭壇から、ドラテアが白い花を手に取り、アデイールに渡す。カラーに似たその花を見て、誠吾は、アデイールの母・ソラリエの言葉を思い出した。これがセスリムの花なのだろう。

アデイールから、その花が誠吾に手渡される。それを誠吾は胸にそっと抱いた。

「次代の王の番いは決まった」

ドラテアの、女にしては低めの声が、広間に響き渡る。

その途端に喚声が広間を支配した。

「セイさま!」

「セスリム・セイ!」

声は、近衛隊と周りを囲む使用人たちからだ。あっと云う間に、アデイールと誠吾に祝いの言葉を述べようと、集まってくる人々で、二人は身動きが取れなくなる。

求められる握手に次々に応えていると、その人波がすっと引いた。

不審に思って目をあげると、目の前には一族の重鎮たちが揃っていた。

「久しぶりだ」

重々しく、長老が歩み寄る。

「すっかりご無沙汰をしております」

そっと誠吾を庇うように、アデイールが長老の前へと進み出た。

「アデイールをすっかり手懐けたようだ。男の癖に、凄腕の獣使いと見える」

しわがれた声が、そう呟くのを、アデイールは聞き逃さなかった。

「我がセスリムを侮辱するのは止めていただきたい。それ以上は、長老とて容赦しません」

「ほう、容赦せんと? どうする気かな?」

呟くような長老の声は聞こえないものの、周囲にも只ならぬ気配は伝わってくる。皆、固唾を呑んで二人の諍いを眺めていた。

「いい加減にしていただこうか」

祭壇から降りてきたドラテアが、二人の後ろから進み出る。

「私の認めた次代の王の番いに、何ぞ不都合でもおありか? それとも、私の星占は信用出来ぬとでも申されるか?」

長老はいかにも不満げに黙り込んだ。ただ、アデイール王子の番いが無いと知ったときには、一族の娘を見合わせる旨の約束も、先王とはあった。だからこその思惑もあったというのに、誠吾が現れた所為で台無しだ。その上、いつの間にか星術師の塔を後ろ盾につけた誠吾は、簡単に排除も出来ない存在になってしまった。

しかも、アデイール王子は突然現れたセスリムに骨抜きと来ては、嫌味のひとつもいいたくなると云うものだ。

それにさえ、ドラテアが立ちはだかる。

「何も不満などありはせんよ。跡継ぎをどうするかと心配なだけだ」

「心配はご無用です。一族でさえあればいいのでしょう? 幸い、育てる親の無い一族の子供を保護もしておりますし、親戚筋にもまだ一族はおりますので」

アデイールは、はっきりと云い放った。誠吾をセスリムにと決めた時点で、子供が望めないことは解かっていたのだ。手を打っていない方がどうかしている。要は、王の資質がその子供にあるかどうかだ。

それに、アデイールでさえ誠吾が現れる前は、王候補からは遠かったことを考えると、どうしても自分の子供でなければならない訳でもないだろう。

明らかに、この場ではアデイールに分がある。長老は黙って身を翻した。

「長老」

「何かな?」

それを引き止めたのは、誠吾だ。

「アデイールを愛おしいという気持ちしか俺にはありません。それではいけませんか?」

「ほう、これは小賢しいことだ。気持ちしかないのなら、離れた方が良かろう。これはいずれ王になる男だ」

「王には愛情はいらないと?」

「そればかりではいられん。力も無ければならん、その為に婚姻が有効な場合も多い」

長老の言葉は、否定出来ない。それも真実だからだ。だが。

「王であるから、アデイールのそばにいたい訳ではありません。ですが、アデイールは誠実な王になりたいと望んでいる。それを傍らで見守りたいのです」

誠吾はキッと瞳を上げた。それが、アデイールの真実に応える術だ。

誠吾と長老のやり取りを見つめていたアデイールが、誠吾の肩に手を置く。震えるその手を誠吾はしっかりと握り返した。

この場が人前でなければ、口付けを交わしていただろう。そのくらいに熱い瞳が絡み合う。

その二人を目にして、長老はそのまま声も掛けずに歩み去った。

後に一族の連中が続く。

いくつもの突き刺さる視線も、誠吾には、もうどうでも良かった。

そのまま、広間には食事が運びこまれる。

どうやら、立食形式のパーティらしい。その間も、名も知らない近衛の兵や、使用人やらが、誠吾に祝いの言葉を述べる。

「おめでとうございます」

在り来たりの祝いの言葉だが、それは皆、心の篭もったものだ。中には泣き出さんばかりに目を晴らしたものもいて、本当に祝ってくれている気持ちが判る。

王子の養育係であった大臣のストラスなどは、本当に大泣きしてしまい、誠吾の手を握り締めて「王子をお願いします」と繰り返していた。

レドウィルや、サディユースは忙しく立ち働きながらも、誠吾とアデイールに笑みを投げてくる。誠吾もそれに笑い返した。

誠司も、父親の近くに立って、紹介を受けている。

それぞれの酒もいい加減に廻ったころ、それまで端の方にいた一族の女たちが歩み寄ってきた。トゥルースたちの挨拶は早々に受けた筈だったので、誠吾は何事かと身構える。

「そろそろ下がらせていただきますわ。セイさま」

態々断りに来るあたりが慇懃無礼な感じだが、まさか正面きってそう云うわけにもいかない。誠吾はあいまいに微笑んだ。

一人ひとりが誠吾に短い声を掛けては、ドレスを翻して去っていく。

それに答えを返しつつ、ちくちくと刺さる妙な視線を誠吾は感じていたが、目の前に現れた女を見た瞬間に、ああこれか、と納得した。

自分が現れなければ、アデイールの婚約者だった筈の女は、今日も満面の笑みを振りまきながら、目は刺すように誠吾を見ていた。

殺気さえ篭もるそれに、誠吾は思わず視線を外しそうになるが、負けず嫌いが頭をもたげ、その視線を正面から受け止める。

「セイさま、おめでとうございます。本当に」

「ありがとう」

にっこりと笑ったラウラジェスに、微笑み返した。

「お祝いを差し上げますわ」

「え?」

意外な言葉に、誠吾が首を捻ったとき、数歩離れたところにいた誠司が、誠吾に抱きついてくる。

「誠司?」

酔っ払っているのかと、誠司を抱き起こそうとした誠吾の手に、ぬるりとした感触が触れた。

視線を落とした誠吾が見たのは、誠司の脇腹から生えたような剣の柄だ。じわじわと赤い血が広がる。

「誠司ッ!」

『おや、じ…、だい、じょぶ』

ぐらりと崩れ落ちそうになる誠司の身体を、走り寄ってきたサディユースが、がっちりと支えた。

ぎらりと光る誠吾の目には、殺気に近いものが宿る。そのまま、放心したように立ち尽くすラウラジェスに近づこうとした誠吾を、背中からアデイールが抱きとめた。

「セスリムの手を煩わせるまでもない! その女を捕らえろッ!」

厳しいサディの声が命じるまでも無く、近衛の兵がラウラジェスを引きずっていく。

「医師を呼べ! 私の部屋だ!」

誠司を抱えたまま、大股でサディが歩み去ると、呆然となった誠吾をアデイールが抱きしめた。

「セイ。セージは大丈夫だ。最高の医師を付ける。死なせなどしない!」

「アデ、イール?」

耳元でそう怒鳴られて、誠吾は隣にアデイールがいたことを認識する。

「セージの元へ行こう。歩けるか?」

そう訪ねられて、誠吾は頭を振った。呆然としている場合では無い。

「お騒がせしました。暴漢は捕らえられたようですが、息子が怪我を負いました。これにて下がらせていただきます」

震える唇で、それでも何とかこの場を辞する言葉を述べ、誠吾はアデイールを伴い、広間を後にした。

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