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憧憬の王城  作者: 真名あきら
本編
22/31

第二十一話

『全然、連絡が取れないって云うから、俺たち急いで親父のアパートに行った。大家に頼んでカギ開けてもらったら、部屋の中は生活してたまんまで』

大家もさぞ、困惑しただろう。家賃は引き落としになっているが、一年も帰って来ないのでは、そろそろ退去も考えていた筈だ。だが、誠吾の親はとうに亡くなっていたし、妻とは別れている。何処へも連絡のしようが無い。

『警察にも捜索願を出したんだ。そしたら、自殺の可能性もあるって云われて……』

『悪かった。ここに来ていて連絡が取れなかったんだ』

多分、誠司は自分を責めていたのだろう。もしかすると、自分が父親に会いたくないと云ったのが元で、自殺でもしているのでは。と考えていたに違いない。

『時々、親父の部屋で寝てたんだ。そしたら、目が覚めたらここにいた。もしかして、親父もここにいるんじゃないかって』

『誰かに助けてもらったのか?』

自分がアデイールに助けられたように、きっと誠司にも面倒を見てくれた相手がいただろう。

『うん、偉い人の居候なんだって。ディオルって奴』

『ディオル?』

ジャスティの息子が確かディオルと云った。だが、居候なのは遠縁の子の筈だ。

「サディ」

「はい。セスリム」

肩越しにサディに声を掛けると、サディは恭しく腰を折った。

それに、しっかりと父親に泣きついていた誠司の腕がさっと外れる。さすがに思春期とあっては、見られたい光景では無いだろう。

「ジャスティ様が、確か遠縁の息子を預かっていると云っていたな。彼の名前は何と云うんだ?」

「息子と同じ名ですよ、ディオルです。ですから、ジャスティ様は遠縁の息子としか、いつも紹介されないんです」

「そうか。息子が世話を掛けたようだ」

「そうですか。で、セスリム。息子さんはこれから、どうされます?」

サディに聞かれて、誠吾は黙り込んでしまった。

誠司は帰りたがっている。だが、自分には、アデイールがいるのだ。ここで誠吾が帰ることになどなれば、アデイールは今度こそ癒しきれない傷を追うに違いない。

『ディオルから聞いたんだ。あの、森に帰れる場所があるんだって。そこに新月の夜に行けば、帰れるんだって云ってた』

『新月の夜?』

ここへ来て、三度目の新月の夜はすぐそこだ。

目を輝かせ、誠吾が帰ると信じて疑わない誠司の顔に、アデイールの捨てられた犬の様な寂しい瞳が重なる。

あの顔をもう一度させるのか?


帰ると云う言葉に、中々返事を返そうとしない誠吾の肩を、焦れた誠司が揺さぶる。

『なぁ、帰ろうぜ。親父は元々ここの人間じゃないんだ』

『……、』

『それとも、帰りたくない訳でもあんのかよ?』

『誠司』

顔を上げた、誠吾の辛そうな瞳を見た瞬間に、誠司は悟っていた。父には、もう帰る気は無いのだと。

『信じらんねぇ。ホントに王子をたぶらかしたってのかよ?』

『そう云われても、仕方が無いと思っている』

誠司の云い様はキツイが、端から見れば似たようなものだ。そういわれることも覚悟の上で選んだのだ。

「アデイールの傍にいてやりたいんだ」

誠吾はきっぱりと答えた。日本語ではなく、この国の、トレクジェクサの言葉で。

『王子は俺と同い年なんだろ! そんな野郎と…』

それでも、自分の息子に悪し様な言葉を吐きかけられるのは、辛かった。

『親父、自分がいくつか解かってんのか?』

『ああ。解かってるつもりだ』

誠司が腕を振り上げる。殴られるのも覚悟の上だ。

ひどい父親だ。息子よりも、アデイールを選んだ。だが、誠司には少なくとも自分やゆかりに、それに新しい父親にも、愛された記憶がある。アデイールには何も無いのだ。

じっと目を閉じていた自分に、だが、振り下ろされる筈の腕は、いつまで待っても痛みをもたらすことは無かった。

目を開くと、サディユースに腕を捕らえられた息子の姿がある。

「離せよ! この野郎!」

「貴方がセスリムの息子であっても、セスリムに乱暴させる訳にはいきません」

日本語で話していた内容は解からないまでも、誠司が殴ろうとしたことだけは解かったのだろう。腕を取ったサディを、誠吾が止めた。

「サディ。いい。俺は親として最低のことをしたんだ。殴られても仕方が無い」

「しかし」

「いいから、離してやれ」

渋るサディに、強い口調で誠吾は命じた。

「誠司」

手首をさする誠司に伸ばした手は、高い音を立てて払われる。

キッと睨みすえたかと思うと、誠司はバンと乱暴に扉を開け放って走り出した。

誠吾は追わなかった。追う資格は自分には無い。

そんな誠吾の気持ちを察したのか、一礼したサディユースが誠司を追った。




「セイ?」

またしても、自分の考えに没頭してしまったらしい。覗き込んでくるアデイールに、はっとして顔を上げた。

とりあえず、アデイールには、息子が現れたことと、息子と喧嘩してしまったことは伝えたが、その原因がアデイールだと云うことは云っていない。そんなことを云えば、アデイールは、誠司に対して申し訳ない気分に陥るに違いないからだ。

「大丈夫だ。何でもない」

笑いかけたものの、アデイールはまだ心配そうな面持ちを崩さない。

「セイ。息子さんと一度話してみないか?」

「今のあいつは、聞く耳なんかもた無い。時間が必要だな」

由りによって、父親が自分と同じ年の、それも男と関係していると聞かされれば、普通の親子ならば、亀裂が入る。しかも、異世界から戻らない理由がそれだと云われれば、誠司でなくとも、親に手を上げると云うものだ。誠吾だって、元妻と息子には、隠せるものなら隠したかったのが本音である。

「だが、いつまでも下働きをさせておく訳にはいかないぞ。セスリムの息子だ。ちゃんとした住居も整えて、城に迎えるのが筋だな」

「え? でも、アデイールのお兄さんは城下にいるって?」

自分の身内だから、城の中で暮らせというのだろうか?

「兄は生まれた頃から、ここで暮らしているし、一緒に暮らしている相手は城下の育ちだ。だが、セイの息子は違うだろう。いつまでも、ジャスティの後見で城の下働きと云うのは不味い」

云われて、誠吾ははっとした。誠司は、ジャスティの居候の世話になったと云っていた。街場ならともかく、居候の身で、城の仕事の世話など出来る訳が無い。

「後見人はジャスティなのか?」

「ああ」

「すまん。うかつだった」

そこまで思い至らなかった自分を、素直に詫びた。さすがに、それがアデイールの立場的に不味い事態だと云うのは、王宮などに縁の無かった自分ですら、解かる。

「いや。それより、妙なことに巻き込まれなければいいんだが」

アデイールが苦い顔をした。王子として育てられたからなのか、それとも誠吾に似合う大人の男になりたい故か、アデイールの言動は、時々、その年齢を忘れてしまいそうになる。

だが、そう考えて、はっと気付くのだ。むしろ逆だと。

日本人の若者たちの方が子供っぽ過ぎるのだ。特に発展途上の国では、十五にもなれば、立派な働き手である。それは、この山国で生まれ育ったアデイールでも同様だろう。

その上、この国をまとめる役割を課されてきたのだ。大人びていない方がどうかしている。

だが、誠吾は、それだからこそ、王子に自分の前では子供で居させてやりたかった。

「そうだな。ちゃんと捕まえて話してみよう」

誠吾は、自分の後悔に振り回されている場合ではないことを知って、思案した。どうすれば、あの子は自分と向き合ってくれるのだろうか、と。

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