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憧憬の王城  作者: 真名あきら
本編
21/31

第二十話

「セイ?」

覗き込むようにこちらを見るアデイールの視線に、はっとなって誠吾は顔を上げた。

どうやら、自分の考えに沈みこんでしまっていたらしい。

「疲れているんじゃないのか? ここのところ、ぼーっとしていることが多い」

それは、アデイールに指摘されるまでもなく、誠吾が感じていることだ。

「いや、大丈夫。ちょっと、考え事をしていただけだ」

心配させないように、アデイールに笑いかけるが、それでも不安なのか、アデイールが誠吾を背後から抱きしめる。

それに身を任せると、上衣の合わせ目からアデイールの手が忍び込んできた。

首筋に、熱い唇が押し当てられる。

そのまま、ベッドへと雪崩れこみそうになったとき、ドアがノックされた。

はっとして、誠吾が身体を離すのと、ドアが開いて使用人たちが顔を出すのは、ほぼ同時である。

「セイ様。お食事です」

慌てて、身繕いする誠吾を見れば、ここで何が行われていたかは、周知の事実だが、あえてソレに触れる無粋な使用人はいない。

そのことに感謝しつつ、席へ着くと、誠吾の目の前に、違和感のある食卓が広がっていた。

サラダにスライスした芋、干肉を煮込んだスープまではいつも通りだが、横にあるのはどう見てもカレーに見える。

「あれ、レドウィル。これって?」

「スパイスで肉と野菜を煮込んだものだそうですよ」

いつもなら、たまごはゆでてサラダについて来るのが普通だったのが、今日の食卓では,カレーの中に、スライスして入っている。

恐るおそる誠吾は、一口すくって口に入れた。ちゃんとカレーの味がする。しかも、何処と無く家の味と云うか、母や妻の作ったものに似ている気がした。

「懐かしいな」

「セイの国の食べ物なのか?」

「ああ。美味いぞ、食ってみろ」

自分が作った訳でもないが、なんとなく自慢したい気分で、胸を張ってアデイールに勧める。

「本当だ。美味いな」

「俺の別れた妻も母親も料理は下手だったが、コレだけは美味かった」

そう云えば、大学時代に家に遊びに来たゆかりが、母親に教わっていたのを思い出した。

懐かしい風景だ。だが、それが自分が帰れないからこその感傷だと云うことも、誠吾は知っている。

「異邦人の使用人が入りまして。そんなにお喜びなら、また作らせましょう」

「異邦人?」

問い返す誠吾の脳裏に、数日前にジャスティのところで見た、少年の後姿が浮かんだ。

「セイ様と同じ色の髪と瞳です。同じ国の者でしょうか?」

「どうかな? 俺の世界では黒い髪と瞳は珍しくは無いし」

だが、このカレーが作れるのなら、まず日本人だろう。やはりと云う思いが誠吾の頭を掠める。

だが、呼び出して確認するような度胸は誠吾には無かった。

「セイ」

心の揺れを感じ取ったのか、アデイールはひどく心細げだ。誠吾は、そんなアデイールに笑い掛けたが、普段の通りに笑えたのかどうかすら、自信が無かった。



「異邦人と云うのは、結構来るものなのか?」

やはり、率直な答えがほしい時には、サディを訪ねてきてしまう。

だが、お披露目の警護の打ち合わせなどで忙しいらしいサディユースを、同じく時間の無い誠吾が捕まえることが出来たのは、カレーが食卓に上ってから、数日経った夜のことだ。

今夜、アデイールは、大臣との会議があって、帰ってくるのは遅い筈である。

「異邦人、ですか? そうですね。最近は数が増えましたね」

誠吾の突然の質問に、眉を潜めながらも、サディはそう答えを返した。

「増えた?」

「ですが、異邦人はほとんどが数日の内に居なくなるか、死んでしまうかですから」

さりげなく事実を告げるサディに、誠吾はぎくりと身をこわばらせる。

「死ぬ?」

「というより、ここに現れる時に、死に掛けた状態が多いんです。身体の丈夫な人間も、大抵はひどく精神的に衰弱しています」

誠吾は自分がここへ来た時の状況を思い出し、はっとなる。

社長は夜逃げで、後の始末でぼろぼろだった時に、息子からの絶縁宣言。何も考えたくなくて、酒に逃げ込んだあの夜。

何もかもどうでも良かった。酔っていなければ、何処かから飛び降りていたかもしれない。

周りの状況のあまりの激変に、ついそれも吹き飛んでしまっていたが。


「居なくなるというのは?」

「それも、謎です。本当にある日突然、居なくなるんですよ。数日間くらい居たかと思うと、ある朝、突然消えているんです。人によっては、トレクジェクサの人間も一緒にいなくなっていたりします」

よくある神隠しにあった人間が、別の場所へ現れたりするのは、その所為もあるのかもしれないと、誠吾は空想を逞しくしたが、歴然とした証拠がある訳では無い。

サディの話を聞けば聞くほど、あの少年がそうではないかとの疑念は消えなかった。

だが、何があったと云うのだろう。まだ、若いというより、子供に近い少年に、世の中に絶望するほどの思いがあったのだろうか? いや、まだ、少年だからこそ、そういう思いに捕らわれたのかもしれない。


やはり、二人だけで話す必要がありそうだ。


だが、誠吾は最後に交わした言葉の冷たさに、自分を保つ自信が無い。

もし、もう一度、ああいう風に云われたら、立ち直れなさそうな気がした。

頭ががんがんとして、吐き気がこみ上げる。

「セスリム!」

倒れそうになる身体を、サディの力強い腕が支えた。

「サディ。大丈夫だ」

「大丈夫な訳がないでしょう! 真っ青です」

腕から逃れようとした誠吾の身体を、サディユースはソファへと運ぶ。そうがっしりとした身体つきではないものの、立派な平均的成人男性の誠吾を、サディは軽々と抱え上げ、ゆっくりと慎重に横たえた。

「働き過ぎですよ。どうして、そんなに頑張るんですか?」

額に置かれたサディの手は冷たくて、気持ちがいい。

このまま、この手に甘えてしまいたくなった。王子には云えない。まだ、披露目さえ済んでいないのに、心配させたくなかった。

だが、披露目の前に付けなければいけない決着がある。

それをしなければ、アデイールの顔を、正面から見られない気がするのだ。


「最近入った奥向きの使用人で、異邦人が一人いる」

「いますね。貴方と同じ髪と瞳で、一瞬、貴方かと思いましたよ」

そんな筈は無い。あの子は、まだ子供で、自分はもうオヤジだ。

「似てるか?」

「黒い髪と瞳の所為もあるとは思いますが」

サディがそう云うのなら、似ているのだろう。やはり、という思いが強い。

「多分。俺の息子だ」

「セスリムの?」

「名前を聞いてくれないか? 『誠司』と名乗ったら、ここへ連れてきて欲しい」

身体を起こす。軽い貧血だったのだろう。きっと精神的なものだ。

「セージ。ですね」

背中へさっと、支える手が廻される。

今だけ、この腕に甘えることにしようと誠吾は思った。でなければ、息子と向き合えない。

そんな情け無い親父だから、あんな風に云われてしまうのだ。

誠吾はひたすら自虐的な思いに捕らわれていた。



『親父…』

サディに連れられてきたのは、間違いなく、誠司だった。

半年ほど前に会ったときより、背が高く、逞しくなった気がする。

「セスリム。間違いありませんか?」

「ああ、ありがとう。すまないが」

「お二人だけには出来ません。会話は解りませんので、存分にお話ください」

呆然とした誠司がつぶやいたのが、異国の言葉だと察したサディユースは、向かい合う誠吾と誠司に、くるりと背を向けた。

次期王のセスリムを警護する身として、それ以上の譲歩は出来ないだろう。

誠吾は、半ば安堵して、息子に手を伸ばした。

『誠司。身長、伸びたな』

中学の一年。二次成長期に差し掛かる頃だ。小学生の頃から、そう小さい方という訳ではなかったが、それでも、もう目線はほとんど自分と変わらない。

感慨深く伸ばした手は、だが、逃れるようにすっと引かれた身体に届かなかった。

『当たり前だろう。俺も、もう十五だ。親父がいなくなって、もう、二年経ってるんだぜ?』

『は? 二年?』

誠吾は一瞬、耳を疑う。自分がここへ来てから、まだ三月かそこらの筈だ。

何故、そんなことに?

『とにかく、早く帰ろうぜ。あの場所からなら、帰れるらしいし』

『帰れる、のか?』

帰る方法がある? まさか、と誠吾はサディユースの背に視線を投げ掛ける。だが、背中を向けたサディに、それは届かなかった。

『やっぱり、俺がひどいこと云ったの、気にしてんだ』

帰ると云う言葉に、逡巡を見せた誠吾の態度を、誠司はすっかり誤解したらしい。下を向いて、唇を噛み締める。

『半年前くらいかな。親父の会社の同僚だって云う人が訪ねて来たんだ。親父の会社が倒産したなんて、俺たち全然知らなかった。何で知らせてくれなかったんだよ!』

知らせるも何も、倒産したその翌朝には、ここにいたのだ。知らせようなど無かったが、それは云えなかった。

唐突に誠司が抱きついてくる。泣きじゃくりながら、話続ける誠司の言葉を、誠吾は髪をなでながら、辛抱強く聞いていた。

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