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憧憬の王城  作者: 真名あきら
本編
2/31

第一話

吊橋を渡り切ったところで、銀髪男の背から下ろされた。

誠吾には、もう抵抗する気力は無い。というより、この橋を自力で渡る気にはなれなかったし、それ以上に、二日酔いの自分の体調を思い出してしまったのだ。

多少、吐き気もする。

これ以上、暴れたら、絶対に吐くことは確実だ。

男たちに促され、歩き出したものの、誠吾の足元は覚束ない。ふらふらと歩き出す誠吾を、若い男が支えた。

「あ、サンキュ」

通じないだろうが、一応礼だけは云っておく。そのまま、誠吾を支えて歩き出そうとした若い男だが、横合いから銀髪男の手が伸びてきて、誠吾を引き取った。

途端に銀髪男の眉が潜められる。誠吾はしまったと頭を掻いた。

「酒臭かったか? すまん」

頭を下げる誠吾に、男は一瞬だけ逡巡する表情を見せ、ひょいと横抱きに誠吾を抱え上げる。所謂、お姫様抱っこという格好で、三十過ぎた男がされることなどあろう筈も無い。

慌てて、誠吾が腕から逃れようとするが、短く恫喝の意味を含んだ言葉を投げ掛けられて、黙ってしまった。

誠吾は若い頃の貧乏海外旅行で、言葉は通じなくても、ニュアンスと云う物は変わらないと学んでいた。礼やあいさつなどは言葉が通じなくても何となく伝わるものだ。それと、脅しの言葉も。

動きをぴたりと止めた誠吾に、銀髪男はにやにやと嫌な笑いを止めない。むかついた誠吾は、男の首に嫌味でしがみ付いた。

改めて、誠吾は周囲の様子に気を配る。

そこは明らかに、城壁の内側というところだ。深い谷の上に掛かる吊橋が、森とここを繋ぐ接点なのだろう。山間部の村だと云うのは、誠吾でも解かった。

歩いていく男たちはここでは、恐れられているか、もしくは尊敬を受ける存在であるらしい。誠吾を抱えて歩く、奇妙な光景にも誰も異を唱えている様子は無い。むしろ、皆が頭を下げていく。

だが、見慣れない誠吾にも感心しきりな様で、通り過ぎた後に、ひそひそと会話が交されていた。

まぁ、山の上の村落だ。見慣れない人間が珍しいのは当たり前だろう。

そう、誠吾は考え、周囲の状況を見極める方に、神経を集中した。

日本ではないことは、もう解かっている。どちらかといえば、ヨーロッパの国境地帯の村に似ているかもしれない。

癖のある乳の匂いは、山羊かそれに類する動物を飼っているのだろうか。太陽はかなり高い。肉を焼く匂いがするのは、そろそろ昼食時だからか。

意識すると、腹が空いていることに気付いた。当たり前だ。昨日の昼から、酒以外何も腹に入れていない誠吾の腹は、空腹を訴える。

情けない音に、男たちはすぐに気付いた。

銀髪男がぷっと吹き出したかと思うと、全員が爆笑し始めた。穴があったら、入りたい心境とはこんなことを云うのだろう。誠吾は頭を抱えた。

短く、若い男の声がすると、爆笑はぴたりと止む。「止せ」とでも云ったのだろうか。少しだけ怒りのニュアンスがある。

若い男は、誠吾に近づくと、さっきまでの怒りの表情を収め、にっこりと微笑んで何事かを囁いた。

何を云ったのかは解からなくて、誠吾が首を傾げていると、若い男はさっと先頭に立って歩き出す。先ほどまでのゆっくりとした歩調では無く、明らかに急いでいるのが見て取れた。

振り落とされないように、しっかりとしがみつく誠吾に、銀髪男だけは笑いを納めていない。誠吾はむっとしたが、こんな訳の解からない場所で放り出されても困る。

しばらく歩くと、西洋の城にあるような大きな門が見えてきた。

男たちが近づいていくと、ぎぃーと軋む音を立てて、門が開く。

それを潜ると、わらわらと人が寄ってきた。口々に男たちへと同じ言葉を掛け、男たちが笑いながら荷物を渡す。

一際、屈強な感じの男が、誠吾を引き取ろうと腕を伸ばしたが、これ以上知らない相手に触れられるのも嫌で、誠吾は思わず縋るように銀髪男の首に腕を廻してしまった。銀髪男も首を横に振ってくれたので安心する。

広場のような場所を抜けると、岩へ取り付けられた扉が開いた。洞窟のような通路は薄暗く、油の匂いがする。多分、油脂で明かりを点しているのだろう。

階段を上り、かなり奥まで歩いただろうか。結構いい造りの扉の前で、銀髪男が立ち止まる。いつの間にか、他の連中の姿は見えなくなった。

扉を開くと、中は結構広い部屋になっている。壁に剣や旗のような装飾品(?)が飾られていて、どれもきらびやかなものだった。

壁際に大きな窓がある。

手振りで開いていいかと聞くと、男はさっとそれを開いてくれた。

眼下に広がるのは、さっき通り抜けてきた広場、村。そして、広大な森は黒々としていて、終わりが無いように思える。

どうやら、山をくり貫いた中で生活をしているらしい。天然のものとは思えないから、技術は見掛けより進んでいるのかもしれない。

呆然と見入っている誠吾の肩を、男がぽんと叩き、手の平に何かを乗せた。

「何?」

誠吾が首を傾げると、男はそれを口に放り込む仕草を示す。

「食べ物? 何か甘い匂いがするな」

見栄えはクッキーに似ている。焼き菓子みたいなものかもしれない。男の云うままに、口へ入れ、恐る恐る噛み砕くと、甘い香りが口中に広がる。味はチョコレートに似ていた。

「うん。美味い。サンキュ」

誠吾は、素直に男に感謝の意を示す。山間部で食物を得るのは、かなりの労苦だということくらいは知っていた。

銀髪の男はにっこりと微笑む。先ほどまでの小馬鹿にしたような笑みでは無く、優しい感じの好意の伝わってくる笑みだ。そうやって微笑まれると、この大きな男がかなりの美男だとは見て取れた。

つり上がり気味の青い瞳はキツイ感じも与えるが、精悍な男の印象を強くする。

男は、誠吾にここにいるように、ということを身振りで示すと、立ち去っていく。どうやら、ここでは男は結構偉い人らしい。とすると、あの男たちを一言で黙らせた若い男は、かなりの身分のある人間ということなのだろう。

何を思って誠吾をここに伴ったのかは不明だが、すぐに殺されるとか、投獄されるなどということは無さそうだ。

取り合えず、部屋の中を見渡してみる。扉は入り口一箇所だけ。中央には、テーブルと椅子。窓の横には書き物机だろうか。小さめのテーブルの上に、本が何冊か並んでいる。

奥にはなんと天蓋つきのベッドまで設えられていた。

「これは、いかにもな客間だな。本当に歓待されてるらしい」

誠吾が呟いたとき、大人しやかなノックの音が響く。

すぐに開けた方がいいのかと迷っていると、扉が開き、しずしずと数人の男女が入ってきた。

全員が誠吾に軽く目礼し、持ってきた木箱の中から、テーブルの上に皿を並べ始める。

やがて、一体何人の客がいるんだ?と疑問になるほどの料理を、テーブル一杯に広げた男女は、入ってきた時と同じく、誠吾に目礼した。

慌てて、誠吾も頭を下げる。

頭を上げると、入れ替わりで部屋へ入ってきた人物がいた。誠吾をここへ伴った金髪の若い男だ。

間近で見ると、男の瞳は髪と同じ金色をしている。体格が良いので気付かなかったが、若いというより、むしろ少年と呼んでも差し支え無さそうな面差しだ。

どうぞという風に料理を示されて、誠吾は添えられたスプーンとフォークのようなものを掴む。向かい側に座った少年は、にこにことしながら、誠吾の食事を眺めていた。

肉は癖があるが、柔らかく煮込まれている。添えられた野菜は甘く、ビネガーのようなものを少年が振り掛けてくれたところをみると、サラダか何かだろう。

確かに腹は空いているが、自分ばかりが食べているのは居心地が悪い。

「一緒に食べないか?」

と、少年に言葉と仕草で示してみると、少年は笑って目の前の芋のスライスのようなものに手を付けた。

どうやら、それが主食にあたるものらしい。少年は肉の煮込みの残り汁をそれで拭うようにして食べていた。誠吾も同じようにしてみると、パサついたパンのような食感が、ソースを浸したことで、味わい深いものになっている。

「美味い」

呟いた誠吾は、すっかり腹を満たすことに集中してしまった。

少年はそんな誠吾を、にこにこと笑いながら見つめているだけだった。



食事が終わっても、少年は立ち去ろうとはしない。

用意された時と同様に、数人の男女が入ってきて食卓を片付けていった。

二人きりの空間で、少年はひたすら誠吾を見ては、にこにこと笑っている。

これが、日本ならば、頭でもおかしいのかと思うところだが、誠吾を見る少年の瞳に、邪気はまったくなくて、誠吾はひたすら戸惑いだけに支配されていた。

かといって、言葉も通じないのでは、『何故、ここへ連れてきたのか』という簡単な疑問さえ問いただすことも出来ない。

誠吾は自分自身を指で指し示した。

「誠吾。安芸誠吾」

ゆっくりと、噛んで含めるように、名を名乗る。最初は目をぱちくりしていた少年も、誠吾が何度か繰り返すと、意味が判ったらしい。

「アデイール」

同じように、少年も自分を指した。

「アデイール?」

誠吾は発音が合っているか、気をつけながら、慎重に発音する。名前が重要な意味を持っていたりする地域は多かった。間違えたりすると、怒り出す相手もいる。

だが、そんな誠吾の心配は杞憂だったらしい。

少年・アデイールは、嬉しそうに微笑んだ。

「アキセイ…ド?」

同じように繰り返すが、どうやら、『誠吾』と発音出来ないらしい。

「セイ。セイでいい」

もう一度、今度は『セイ』と何度か繰り返した。

それを聞いて、アデイールは口の中で繰り返している。それから、息を吸って呼びかけた。

「セイ?」

懸命な様子に、笑いを誘われる。誠吾は大きく頷いた。途端に、アデイールが全開の笑みを浮かべる。

そうしていると、やはり少年なのだと強く感じさせられる。もちろん、こんな地域であるからには、子供ではなく、既に大人として扱われているだろうが、もう30過ぎた誠吾から見れば、十二分に子供だ。

何となく、頭を撫でてみたい気分に駆られたが、そこまで子供扱いすれば、怒るだろう。

誠吾は伸びそうな手を懸命に押し留め、代わりに、いろいろなものを指し示しては、単語を教えてもらう。

机。本。ベッド。剣。花。窓。

アデイールは、誠吾のそれに丁寧に応え、半日もすると、ある程度の意思の疎通が図れるようになっていた。

夕刻になって、身体を洗いたい旨を伝えると、大きな風呂桶のようなものが、室内に運び込まれてきて、誠吾は慌てる。身体を拭きたいだけだと身振りで伝えても、アデイールは首を横に振るだけだ。

「滅多なことは口に出来ないな」

誠吾は渋い顔で呟いたが、幸い、それはアデイールの耳には入らなかったらしい。

アデイールは、指示らしいものを与えると、にっこりと微笑みかけて去っていった。

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