表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
憧憬の王城  作者: 真名あきら
本編
18/31

第十七話

「セスリム・セイ」


呼びかけに誠吾はすぐに目を覚ました。もとより眠りは足りている。

起き上がった誠吾の枕元にいたのは、レティメイルだ。今日も鮮やかな微笑を浮かべている。入り口に兵士はいる筈だが、前王のセスリムの命令を聞かない訳にはいかなかったのだろう。

「これは、レティメイル様。失礼をいたしました」

「いいえ。そのままでいらして。お見舞いにまいりましたの。お倒れになったとうかがって」

慌てて見繕いを正す誠吾を、レティメイルが押し留めた。

「ご心配をお掛けいたしました。もう大丈夫ですので」

「ええ。そのようですわね。お陰で、ソラリエ様まで助かっておしまいになって。あの方ならば、例え、毒が仕込まれていると判ったところで、そのままお飲みになったでしょうに」

その発言の異様さに、誠吾はぴたりと動きを止める。

レティメイルは、事の重大さが判っているのだろうか? 王子の生母に毒を盛ったのは自分だと云っているのか?

恐る恐る顔を上げた誠吾の目の前で、レティメイルは笑っていた。

いつも通りに、少女のような無邪気な笑顔で。

その可憐な笑みに、誠吾はぞっとした。まるで、すずらんか芥子のようだ。可憐で淡くはかないイメージの毒花。

「仕方がありませんわ。助かっておしまいになったんですもの。こうなってしまったら、実力で排除するしかありませんわね?」

同意を求めるように、誠吾に微笑みかけるレティメイルの手には、短刀が鈍い光を放っている。

「貴方まで殺す気は無かったんですのよ。でも、ソラリエ様を確実に亡き者にするのに、貴方は邪魔ですもの」

「レティメイル…さ、ま」

呼びかける誠吾の声すら耳に入ってはいない。その異様な雰囲気に呑まれた誠吾は、身動きさえ忘れたように、レティメイルに見入ってしまった。

レティメイルが短刀を誠吾の喉元に突きつける。

ここで誠吾が声を上げれば、たちまちレティメイルは捕らえられるだろう。それを本当に判っているのだろうか?

そう考えて、誠吾は自分がすっと冷静になるのを感じていた。

良く見れば、短刀を突きつけるレティメイルの手は震えている。

当たり前だ。育ちの良い貴族のお姫様で、そのまま先王の妃になったレティメイルに、人に刃物を向けたことなどあるはずが無い。


「そこまでです。レティメイル様」


レティメイルの腕を、後ろから取り押さえたのは、サディだ。

数人の兵士がさっと周囲を取り囲む。

それを掻き分けるように、アデイールが現れた。

「こういう予測は、当たって欲しくなかったものですよ。義母上」

睨むようにレティメイルを見たアデイールの瞳には、憎しみさえ宿っているようだ。

「セイを傷つけようとした。それだけで貴女の罪は大きい」

「待ってくれ。アデイール、少しだけ話をさせてくれないか?」

そのまま、レティメイルを連れて行くように命じたアデイールに、誠吾は猶予を頼む。

「そんなに憎かったんですか?」

「当たり前だわ。あの女は、私の夫を奪ったのよ」

笑顔の下から現れたのは、般若のような憎しみをあらわにした表情。憎しみと悲しみとがない交ぜになったそれに、誠吾はほっと息を吐いた。

「王には、他にも大勢の愛妾がいたと伺いましたが」

「でも、あの女は一族の子を産んだわ。私には出来なかったのに…」

悔しげに唇を噛み締める貌は、ひどく蒼白だ。

「それで王の愛情が移ったんですか?」

「いいえ! 王はずっと私を愛してくれていたわ!」

血を吐くような叫びは、本当なのか。それとも自分に言い聞かせるためのものか。真実は王の死と共に、闇の中だ。

「何故、俺を殺そうと思ったんですか?」

「あの女を殺すのに、貴方は邪魔だわ」

「何故?」

「私はあの女だけを殺せれば良かったのよ。貴方があの女からお茶など譲り受けなければ、あの女は段々弱って思い通りになった筈だわ」

医者に聞いたところによると、混じっていた毒葉は、一缶くらいでは死にいたるようなものではないと云う。本当にじわじわと長い間を掛けてソラリエは弱っていったのだ。

誠吾が倒れたのは、疲労が重なった結果に過ぎない。

「貴方さえ、いなければ……」

「逆恨みですか? また機会を待とうとは思われなかったんですか?」

「貴方がいれば、またきっとあの女は助かってしまうわ。何故、倒れた時に、あの女を疑わなかったの? あの女が貴方に毒を盛ったかもしれないのに」

「あの方はそういう方ではありませんよ。もし、毒を盛られるとしたら、これからでしょね」

誠吾の答えが意外だったのか、レティメイルは、くすりと笑う。

「面白いことを云うのね。何故?」

「貴女を追い詰めたからですよ。こんな結果はあの方も望んでいなかったでしょう。多分、毒を盛られていると判ったら、貴女の思惑通りに死んでしまうつもりだった筈です」

子供たちの幸せだけを願っていた母親の狂気のような愛。

「それが貴女の望みだったから」

「じゃあ、何故、あの女はあのときに死ななかったの?」

王に望まれたときに。あのときに死んでくれれば、殺意など抱かなかった。いや、子供を宿したときにでも構わなかった。

「そうなったとき、貴女は王を愛せましたか?」

自分の母親を望んだあげく、死に至らしめた男を愛せたのかと、誠吾ははっきりと問う。

愛情は変わらなかっただろうが、きっと双方にしこりが残っただろう。

だが、そうならなかったからこそ、アデイールがここにいるのだ。

くず折れたレティメイルを見下ろして、誠吾は苦い想いを噛み締めていた。ひどい男だと思う。そうして傷ついた人間たちより、アデイールがここにいてくれることが嬉しい。

「連れて行け」

静かにアデイールが命じる。

力なく立ち上がるレティメイルに、サディが手を貸した。

残ったのは、アデイールだけだ。

「すまない、セイ」

アデイールが誠吾をしっかりと抱きしめてくる。

「解かってるよ。囮に使ったんだろう。ソラリエ様は?」

「大丈夫だ。セイが倒れたのが、自分のお茶だと聞いて、すごく心配していたよ」

「きっとソラリエ様には恨まれているな」

自分の娘を追い詰めた男だ。

「恨むなら、王を恨めばいいのに。ソラリエも義母上も。理不尽な目にあわせたのは、王なのに」

「そうだな」

複雑な想い。憎いのか愛しているのか解からない程の強い感情。人は誰でも心に鬼を持っている。

「まだ、お前には解からないだろうな」

まぶしい程の若い魂。金色の若い獅子は腕の中の自分のセスリムに、そっと口付けた。


「後の始末がある。また夜に来る」

アデイールは、名残惜しげに唇を離して、囁いた。そのまま、出て行こうとするアデイールの腕を、今度は誠吾が引く。

もう一度深く、誠吾から唇を重ねた。

「じゃ、がんばってこいよ」

これから義母を詮議するアデイールに対して、それは誠吾なりの精一杯の励ましだった。



その足で誠吾が向かったのは、星術師の宮だ。

入り口まではレドウィルが付き添った。さすがに、今の状況で供も連れずに出歩くほど、誠吾も無謀では無かった。

兵士は、まだ、そこここに残ってはいるものの、誠吾が倒れた直後の、物々しい雰囲気はさすがに無い。

「アキセイゴ。無事であったか」

「ご心配をお掛けしたようで」

どうやら、誠吾が来るのを予期していたのか、ドラテアに出迎えられた。

「だが、女の念は、まだ渦巻いているぞ」

「承知の上です」

ドラテアの云うのは、誠吾も感じている。大体、おかしいのだ。誠吾がセスリムのお茶を貰ったのを知っているのは、アデイールとレドウィルだけだ。

誰からと云うのは、倒れたあの日にレドウィルに云っただけで、アデイールも知らなかったことなのだ。

もちろん、誠吾がお茶に盛られた毒で倒れたことは、多分、その日のうちに城中に広まっただろうが、毒を盛ったレティメイルさえ、それが誠吾を狙ったものだと思っていた筈である。

レティメイルは、ソラリエにしか毒茶を送っていないのだ。

いくら、先王のセスリムでも、現在奥の一族のエリアに引っ込んだきりで、城内の噂にも疎い筈のレティメイルに知る機会は無い。

誠吾が、ドラテアを訪ね、そこからソラリエの離宮へ向かったのを知っているのは、星術師たちだけだ。

「お前は、優しい男かと思っていたが。結構、豪胆だな」

「俺には、今、護るものがありますから」

護るものはただ一つ。

「近いうちに暗雲は晴れる。だが、それを払う為の嵐はあるぞ」

「俺を中心に、ですか?」

「そう。お前を中心に、だ。安心したか?」

ドラテアの水の色の瞳が誠吾を覗き込んだ。それに、誠吾は大きくうなずく。その誠吾の手をドラテアはしっかりと包み込んだ。

「次代の王の番いに、星の導きを」

「ありがとうございます」

誠吾は頭を下げて、ドラテアの前を辞した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ