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憧憬の王城  作者: 真名あきら
本編
16/31

第十五話

「セイ、珍しいな」

自分で茶を入れたいと申し出た誠吾に、アデイールが何かあるのかと覗き込む。

「いや、ちょっともらい物をしたんで。これいい香りだよな」

ソラリエの宮の侍女に、渡された陶器に入っていたのは、セスリムのフレーバーティーだ。

「ああ、とてもいい香りだ」

「セスリムの花なんだって」

少しでも、ソラリエの愛情の欠片を感じて欲しいと、誠吾は侍女に教わった通りに、香りが引き立つように茶を入れる。

自己満足にしか過ぎないのだろうが、それでも誠吾の出来る精一杯だ。

「今日のセイは、この香りがするよ。何か落ち着くな」

アデイールに引き寄せられるままに、誠吾はアデイールの口付けを受け入れる。

段々、深くなるそれに逆らうこともない。

連日の交わりは確かに辛いが、それでも誠吾はアデイールの背を抱きしめた。



「ちょっと、待て。今日は勘弁してくれよ」

さすがに連日若い躯に貪られ続けては、体力が持たない。ソラリエを訪ねて、一週間ほどが過ぎたある日、とうとう誠吾はアデイールにストップを掛けた。

当たり前のように、圧し掛かってきたアデイールは、すっかり男らしくなった顔を、少し歪ませて、誠吾を見据える。

「そう毎日は持たない。俺を幾つだと思ってるんだ? もう若くは無いんだぞ」

アデイールの唇を塞ぐように人差し指を押し付けると、アデイールはそれにそっとキスをした。

「セイは充分若いだろ? まぁ、俺に比べて大人だとは思うが」

本気でそう信じているらしいアデイールに、誠吾は云うべきか否か、ちょっとだけ逡巡する。だが、何だか騙しているような気になって、仕方無しに白状した。

「あのな、アデイール。俺は、三十五だぞ」

「三十五って何が?」

トレクジェクサの連中は、非常に大柄で大人びている。若い頃に海外を貧乏旅行した誠吾には、大体の換算は出来るし、多分東洋人の中でも、キツさの無い日本人の丸みを帯びた顔のラインがどう見えているかの想像も付く。

にわかに三十五だと云われても、信じられないだろう。誠吾の見たところ、城の近しい人間では、多分、レドウィルが同年代だ。

「俺の年だ。お前はまだ、十七かそこらだろ?」

「は?」

誠吾の告白に、アデイールがキョトンとした顔で聞き返す。

「え? セイが三十五って。ああ、セイの世界って一年が短いのか」

「一日の時間は感覚でしか判らないが、月の一周で一月。一年十三月だろう。年に一日か二日しか変わらんから、ほとんど同じだと思うぞ」

異世界から来た所為で、感覚がずれていると思われたらしいが、ここの一年は月暦で、十三ヶ月。月齢は二十八日。一年は三百六十四日だ。閏年でも二日しか変わらない。

「こんなオヤジを抱いてるって知って、ショックか?」

かなり自虐的な気分で誠吾が問うと、アデイールはぎゅっと抱きしめてきた。

「セイこそ、俺みたいな子供でいいのか? 俺は十五だ」

今度は誠吾があっけにとられる。子供だとは思っていた。多分十代だと検討も付いていた。だが、いくら何でも自分の子供とそう年の変わらない少年に抱かれていたとは。

「駄目か?」

誠吾の落ち込みを別の意味に解釈したらしいアデイールが、誠吾の瞳を覗き込む。その不安そうな色彩を宿した瞳に、誠吾はふっと笑った。

何を今更揺れる必要があるのだろう。アデイールが求める限り、アデイールと共にあろうと決意したのは、自分だ。

誠吾はアデイールの首に腕を廻すと、心の丈を込めてキスを送る。

それが深くなっていくと、まだ若いアデイールに我慢が出来よう筈も無い。

再び圧し掛かるアデイールを、今度は誠吾も止めようとはしなかった。



「ん…」

「どうかしましたか? セイ様」

額を押さえた誠吾を、レドウィルが覗き込む。

「すまん、ちょっと眩暈がしただけだ」

最近、誠吾は疲れやすいと感じるようになった。最初は慣れない環境ゆえかと思ったが、それにしては、ごく最近なのだ。

「やっぱり、原因はアレか?」

まぁ、どう考えても原因はそれしか無いだろう。本来、受け入れるべきでないところを使ったセックスは、どうしても受け入れる側に負担が掛かる。

しかも、誠吾は次期王の内向きの補佐として、働きづめだった。城の中の采配は一日も休む訳にはいかないのだ。

毎日の献立やら、城へ入ってくる商人の相手やら、品物のチェックやらという毎日の生活に関わることから、使用人たちの健康や働きの管理や給与査定などと云う、実に細かいことまで気を使うことはいくらでもある。

うなずいて『良きに計らえ』とやってもいいのだろうが、それは誠吾自身が嫌だった。

山間部の暮らしは決して楽では無い。城の内情も、引き締められるだけは引き締めるつもりだ。

幸いなことに、星術師ドラテアは誠吾を気に入ったらしい。困ったことを相談に行けば、必ずヒントをくれるし、書物も山程貸してもらった。

「根を詰めすぎではありませんか? まだ、勉強も続けていらっしゃるでしょう?」

「知らないことが多すぎるからな。後は書類の決裁だけにするよ」

疲れている頭では、上手い考えは浮かばない。イラつくばかりだ。素直に己の疲れを認めた誠吾は、机に座り込んで、簡単な書類に目を通し始めた。

「こんなに働くセスリムはきっと初めてですよ。お茶をお入れしましょう」

「すまん」

レドウィルも忙しいだろうに、すっかり自分の秘書代わりにこき使っている。誠吾はすまない気分で一杯になった。

「見慣れない陶磁器がございますが?」

「ああ。もらい物だ。それにしてくれ。香りが良くて落ち着くんだ」

しばらくして、セスリムの香りが部屋一杯に広がる。

「レティメイル様よりの贈り物で?」

「あ、いや」

レドウィルにどう云ったらいいのかと考えて、口ごもった。

「白磁に、レティメイル様のご実家の紋がございますが?」

どうやら、ごまかそうとしたのが不味かったらしい。すっかりレドウィルは疑いの視線を向けている。

大体、誠吾の無茶にいつも眉を寄せるレドウィルは、今回も何かあると考えているようだ。誠吾はさっさと白状することにした。

「違うよ。ソラリエ様から頂いたんだ」

「ソラリエ様? お会いになったのですか?」

「ああ。アデイールの母親だからな。会いたかった」

「それは、良うございました。ソラリエ様はご安心なさったのでは?」

にっこりと、茶色の瞳に心からの笑みを浮かべたレドウィルに、誠吾はほっと息を吐いた。こんなので疑われて、いざと云うときにこの体格で邪魔に入られたら、溜まったものでは無い。

「事情を知るものは、ソラリエ様には皆同情を寄せております。ただ、レティメイル様の手前、云い出す者はおりませんが」

「やはり、な。あんなあずま屋に住まわせておくのもどうかと思うんだが」

「王子が王になって、セイ様がそのセスリムになったときは、誰も何も云えなくなります」

そうしたら、変えていけばいいとレドウィルに無言で訴えかけられて、誠吾はゆっくりとうなずいた。

香りを楽しみながら、誠吾はセスリムのフレーバーティーをゆっくりと飲む。

その誠吾の手が、茶器を取り落とした。

不味い。と思ったときはもう、遅い。誠吾は、その場にばったりと倒れこんでいた。



「セイ。目が覚めたか?」

覗き込んでくる金色の瞳に、自分が映っている。

誠吾は目覚めのぼーっとした頭で、それをじっと見つめた。何故にそんな心配そうな色の瞳で自分を見つめているのかが解からない。

「倒れたんだ。セイ、2日も目が覚めなくて」

アデイールの言葉に、誠吾は自分が執務中に倒れたことを思い出した。

「良かった」

苦しいくらいに抱きしめてくるアデイールに、誠吾は自分も腕を伸ばそうと試みるが、腕がしびれたように上手く上がらない。

「アデイ…ール…」

名を呼ぶのさえ舌がもつれる。

「セイ。良く思い出してくれ。あのお茶は誰から貰ったんだ?」

「お…ちゃ…?」

「いい匂いがすると云って、最近良く飲んでいただろう?」

「セ、ス…リム…の」

セスリムのお茶が何だと云うのだろう。誠吾はがんがんと痛む頭を抱えて必死で考える。セスリムのお茶? アレに何か入っていたのだろうか? だが、飲んだのはアデイールも同じだ。

「あれ、が、何…?」

「毒草が混じっていたんだ。セイは疲労もあったから、てきめんに効いたらしい」

「毒?」

聞いた瞬間に思い出したのは、話し終えた途端に倒れたソラリエの姿だ。

身体を起こそうとして、そのまま全身を支配するだるさと、頭の痛みにベッドへ沈み込む。

「アデ、イール。ソ…ラリエさ、まが、危な…い」

「ソラリエ? セイはあの女に会ったのか?」

「そう、だ。アレは、ソラリエ、さま…用のお茶、なんだ。狙われたのは、俺、じゃない…ソラ、リエさまだ」

誠吾は苦しい息の下から吐き出すように云うと、アデイールの腕に倒れこんだ。

「大丈夫だ。セイ、お前をそんな目に合わせた相手を俺は許さない」

「ソラリエ、さまの所為じゃない…。ソラリエ様が、いたから…お前が、いるんだ」

「ああ。分かったよ、セイ」

アデイールは優しく微笑むと、誠吾をベッドへ横たえる。

「サディ! 今すぐにソラリエの宮へ! 護衛の兵士の手配をしろ」

アデイールの鋭い命令が飛ぶ。それに従う気配が扉の外でするのを聞いて、やっと誠吾は安心して眠りに付いた。

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