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憧憬の王城  作者: 真名あきら
本編
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第十四話

が、タイミングとは悪いもので、穀物庫への階段を下りようと足を踏み出したところで、最も会いたくない相手とばったりと会ってしまう。

階段を走って上がってきたのは、青い瞳に冷たい光を宿す銀髪の男・サディユースだ。

「セスリム・セイ。どちらかへお出かけですか?」

すっかり元へと戻ってしまった口調は、妙に抑えたような調子が否めない。

それも、自分が受けなければいけないのだと、どんな誹りも甘んじるつもりだった。

「穀物庫へ行く」

「お供いたします」

平静な調子を保ってそう続けた誠吾の後ろに、サディユースは従う。

これと似たようなことが以前にあったことを、ふいに誠吾は思い出した。あれは確か、前の新月の夜だ。

あの頃、誠吾には、いろいろなことが解かっていなかったのだ。自分の身が危険にさらされていることさえも。

そんなとき、サディはいつも誠吾を護っていてくれた。冷たい青い瞳にはどんな色があったのだろう。

穀物庫で使用人といくつか会話をした。新しい使用人が数日後に麓の村から来るらしい。

肉が足りないというので、近く狩りに行かねばならないかもしれない。

簡単な打ち合わせをして、誠吾は穀物庫を後にした。

階段を上る誠吾の後ろを、サディが無言で付いてくる。痛いほどの視線は感じたが、誠吾に出来ることは、平然としたフリをすることだけだ。


「ありがとう、サディ」

自分の部屋の扉を見たときには、息を付きたい程、ほっとしてしまう。

そのまま、逃げるように扉を開けようとした誠吾の腕は、サディに簡単に捕らえられた。

「ひとつだけ。聞かせてください」

真摯な瞳が射抜くように、誠吾を見つめる。

「な、何だ?」

視線に後ろめたさを感じてしまうのは、どうしようもなかった。

「後悔はしていませんか?」

じっと誠吾を見るサディユースの目は、いつもの冷たい静かさをたたえた瞳では無い。澄んだ水のような青い瞳は、これまで見たことの無い熱さを持っていた。

多分、この男は、いつもこんな瞳で自分をみていたのかと、誠吾は己の配慮の無さに、舌打ちしたい気分だった。

「後悔はしていない。アデイールのそばにいる為に選んだんだ」

だからこそ、嘘や誤魔化しはしない。愛してはいないが、そばで支えたい。その自分の気持ちが間違っているとは、誠吾は思わなかった。

今のアデイールに、誠吾が必要なのは確かだったから。

「ええ。解かっていますよ。貴方なら、きっとそう云うと思っていました。未練ですよ。笑ってください」

サディユースは、苦笑いを浮かべて、誠吾の腕を解放した。言葉で聞くことが、サディなりの納得の形だったのかもしれない。

誠吾が扉に身体を滑り込ませる直前の、サディの言葉は、だから、フラれた男の精一杯の嫌味だ。

「第一、セイの躯中から王子の匂いがしますからね。昨夜がどんなに熱かったかなんて聞くまでも無い」

匂い――――と云われた瞬間に、以前のアデイールの言葉を思い出す。

『鼻の利く奴は既に疑ってる』。そう云ったアデイールの言葉は、まさに、そのまんまだった訳だ。

誠吾は、頭を抱えて、その場に座り込んでしまう。

アデイールたちが獣だと云うのは、解かっているつもりでいたが、あくまでつもりでしかなかったらしい。

つまりは、連中は知っていた訳だ。誠吾の身体からアデイールの匂いがしないと。

それならばと番いのいない一族が張り切るのも解かる。

自分は王子のものでは無いと看板ぶら下げて歩いていたようなものだ。

アデイールだとて、嫌味のひとつやふたつは云われただろう。それでも、なお、自分の気持ちを優先してくれたアデイールを思うと、誠吾は胸が締め付けられた。



「セイ」

昨日とは違う、人間の姿をした男が、誠吾に圧し掛かる。

その重みを、誠吾はここちよく受けとめた。

「アデイール。こんな年上の男の何処が良かったんだ? お前なら、もっとお似合いの綺麗な女がいくらでもいただろう?」

なのに、本気で、こんなオヤジを抱きたがっている。

「セイをはじめて森で見たときから。その黒い瞳に惹かれてた」

「一目惚れか? 子供だな。思い込みかもしれないぞ」

「俺は、ドラテアに番いが現れたと云われたとき、嬉しかった。やっと俺を愛してくれる人が現れたんだと。でも、それが男だって云われて、正直沈んだよ」

まぁ、当たり前だと誠吾は思った。貴方の唯一の相手は男です。と云われて喜べる男はゲイでもなければ滅多にいないだろう。

「でも、セイを見たとき、この人だと思った。黒い瞳が怯えたように俺たちを見たとき、この人を護りたいと」

アデイールの金の瞳に映っている誠吾の姿は、何処から見ても冴えないオヤジだ。綺麗でもなければ、色気も何も無い。妻と息子に逃げられた只の中年男。

「セイ」

アデイールの瞳に映る自分が、段々と大きくなる。それがアデイールが近づいているからだと、唇が重なったときになって誠吾は気付く。

アデイールの舌が、誠吾の口腔に忍び込み、舌を捕らえた。

情熱的な大人のキスは、誠吾がアデイールに教えたものだ。

ゆっくりと誠吾の歯列の裏を舐めてから、名残惜しげに唇が離れる。

「セイ」

繰り返す誠吾の名は、耳元で熱く響いた。



「まったく、若いって。お前は」

ため息を吐くように、誠吾が云ったのは本音だ。もう空は白み掛けている。さっきまで自分を翻弄していた男は、今は隣で誠吾を抱くように眠りについている。

その満足しきった顔を眺めて、誠吾は知らず包み込むような微笑を浮かべていた。

「アデイール」

ゆっくりとアデイールの頬に手を滑らせた、誠吾の腕が何時しか力なく落ちる。さすがに二夜も連続の若い獅子との情交は、もう若くも無い誠吾の体力を奪うには充分すぎたようだった。



     ◆◆◆



「そう、貴方があの子の」

「はい」

数日後に誠吾が訪れたのは、王宮の外れに位置する、まるであずま屋のような離れである。

庭だけは広いが、警備の兵も無いそこは、いい加減ぼろだった誠吾のアパートよりも小さく、誠吾が想像していた先王の妃の屋敷とは、まったく違っていた。

そこに住まう筈の婦人に会いたいと手紙を託そうとした誠吾に、星術師ドラテアは、黙って窓から見えるここを指し示した。

金色の髪と金の瞳はアデイールと同じ色だ。

金の毛皮は首からまるでショールかドレスのように豊かな胸を覆っている。

誠吾を室内へと迎え入れた、アデイールの母・ソラリエは、いまだ若い面差しに寂しげな微笑を浮かべていた。

「あの子は元気?」

「ええ。頑張っています」

「そう。立派な王になろうと必死なのね」

アデイールに良く似た金の瞳が、すがめるように王宮を眺める。

「で? 何をお伺いになりたいの?」

真っ直ぐに誠吾を見つめてくる瞳には、挑むような光があった。獣が子を護るときの瞳だ。

「いえ、何もありません」

それさえ聞ければいいと思って来た。だが、答えはその瞳の中にある。

「あの子のことが可愛くない訳では無いわ。でも、素直に可愛がることも出来なかった。後宮の中で、突き刺さるような敵意からあの子を護るには」

寄りによって世継ぎの王子を産んだのは、現・セスリムの母。王妃の母でありながら、王の側室となった、若くは無い女に、後宮は住み難い場所だっただろう。

「私の役目は終わったと、あそこを引くのが、あの子の為だった」

いつまでも後宮になど居ついては、それこそ謀をもって王に近づいたと噂されても仕方が無い。それこそ、アデイールはその道具と見なされ、命さえ危うくなる。

王の寵が得たくて、子供を生んだわけでは無い。それこそ、自分の娘に軽蔑されてまでしたいことでは無かった。

「でも、あの子にとっては、自分を捨てた母親にしか過ぎないわ。さぞ恨んだことでしょう」

誠吾には何も云えない。誠吾が聞きたいことは全て聞くことが出来たからだ。

「貴方。お子さんは?」

「ひとり。ですが、妻が連れて出て行ってしまいました」

「そう。寂しいこと」

一人しかいない侍女が新しい茶を入れてくれる。暖かなそれはよい香りがした。

「これは?」

「夫だった人が好きだった花よ。セスリムというの」

「セスリム?」

「高地に咲く、とても強く綺麗な花。真っ白でひとひらの花弁が大きな」

ソラリエがテーブルに指で描く花は、カラーに似ていた。

「王にとっての、セスリムはそういう相手。心に咲く、一輪の白い花」

そういう相手に、誠吾は成れるだろうか。アデイールの心を支え、癒す花に。

「あの子をお願い。貴方の子供より、あの子を愛してあげて。ひどい女だと思うでしょうけれど、あの子の母として頼みます。レティを傷つけてまで得た子なの」

誠吾の手をとり、懇願する相手に、誠吾はゆっくりとうなずいた。

多分、自分の息子にも似たようなことをしているだろう誠吾には、ソラリエの気持ちが誰よりも、理解できた。

気が抜けたのだろうか、ソラリエの身体がふらりと傾ぐ。

「奥様!」

「ソラリエ様!」

侍女と誠吾が、同時にソラリエの身体を支えた。

大柄なトレクジェクサの女は、誠吾と同じくらいの背丈だが、横抱きに抱え上げたソラリエの身体は、誠吾が驚くほど軽い。

侍女の先導で、ソラリエを寝室へと運んだ。

横たえると、ソラリエの脈は意外としっかりとしていた。おそらく疲れがあったのだろう。

「すまない。疲れさせてしまったようだ」

侍女に頭を下げると、侍女はうっすらと寂しげに微笑んだ。

「いいえ。きっと、ほっとなさったんだと思います。奥様はいつでもアデイール様とレティメイル様のことを気に掛けておいででしたから」

母親とはそういうものなのだろう。思えば、誠吾の死んだ母も、こんな中年男になった息子をいつまでも子ども扱いだったものだ。思い出して、ちょっと胸が痛んだ。

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