表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
憧憬の王城  作者: 真名あきら
本編
13/31

第十二話

「え?」

思わず、まじまじと見てしまった娘の視線は、満面の笑みにそぐわない、刺すような光を帯びている。

「ラウラジェスと申します。セイ様」

差し出された手に込められた力は、誠吾に対する憎しみをまんま表しているかのようだ。

「よろしく、ラウラジェス様」

「あら、セイ様。ラウラには様はいらないわ。だって、貴方は王のセスリムですもの」

無邪気な調子で、横合いからレティメイルが口を出す。ラウラは変わらず、満面の笑みをたたえた口元のまま、射殺さんばかりの視線を誠吾に注いでいた。



「どういうことだ?」

いらいらと足音高く、誠吾は城の階段を上がる。

ストレスだらけの茶会が終わったとき、誠吾は引き止めるレティメイルを振り切って、即座に一族のエリアを立ち去った。

「王子には何も?」

早足に近い誠吾の後ろから、コンパスの違いからか、悠々とした足取りで、サディが付いて来る。それもまた、誠吾の苛立ちを煽った。

「兄がいるとは云っていたが。母親のことも、婚約者のことも聞いてないぞ」

「レティメイル様は、王子の母君ではありません」

「は?」

トゥルースは確かに、王のセスリムだと云っていたし、王子と良く似た面差しをしていた。

「王子たちは、レティメイル様の母親・先王の側室のお子様です」

「はぁ?」

誠吾の頭は疑問で一杯だ。王子の母親の子供がセスリムって。

「セスリムって、王の番いじゃ無かったのか?」

城の女主人なら、王の妻と云うことだろう。娘でもいいのだろうか?

「そうですよ。レティメイル様は、王の唯一の正妻です」

「って、娘じゃないのか?」

王子の姉と云うなら、娘だろう。ここでは近親相姦は罪にはならないのだろうか?

「いいえ。先王のクレストス様は非常に艶聞の絶えない方でして、30人近い側室をお持ちでした。ですが、その中で、一族を生んだのは、王子とレティメイル様のお母様のソラリエ様だけです」

じゃあ、何故、王は自分のセスリムの母親となど、関係したのか。

「王は、自分の息子が一族で無いのを、非常に気に病んでおられたらしく、セスリムが決まってからも、一族の娘とは一通り関係を結んでおいでだったようです」

「で? 寄りによって人妻かよ。しかも、自分の妻の母親。悪趣味のきわみだな」

誠吾の胸がちょっとだけ痛んだ。すっかり忘れたと思っていた心の傷。

「何を思っておられたのかは、私たちでは解かりません」

「で、生まれたアデイールに番いがいないとはね。皮肉なもんだ」

多分、王は自分の息子に跡を継がせたかったのだろう。そうまでして手に入れた息子には、番いがいなかった。皮肉な結果だ。

「婚約者だとかいう娘は?」

「あれも、王の差し金です。番いがいなければ、一族の娘と子を作れと」

誠吾は、死んだ相手ではあるが、王に悪態を付きたい気分で一杯だった。子供は親の道具では無いのに。

「本気で怒っておられますね」

「当たり前だ」

レティメイルの無邪気な笑いが、今は寂しさの象徴のように思える。自分の母親と子供を作るためだけに関係した夫を、彼女はどう思っていたのだろうか?

「レティメイル様には、子供はいないのか?」

「娘が三人。いずれも輿入れ先は決まっています」

「有力な一族の男の元へ、だろう」

それは誠吾にも、簡単に想像が付いた。

どうしても一族を存続させたい、先王の呪いのようだ。

「貴方がそういう方だからこそ、王子は貴方を慕うのです。王子は愛情を与えられては来なかった」

娘の夫に、おそらくは強要された側室の座。それで生まれた子供を可愛いと思える訳は無い。王は強要したつもりは無くとも、周囲の状況が拒否を許さなかったに違いなかった。


誠吾は、ふと別れた妻を思い出す。

学生時代は何よりも仲が良かった。お互いの部屋に入り浸って、ずっと過ごすことが楽しかったものだ。周りはみんな恋人として二人を扱ったし、自分たちもそうなるのが当たり前だと信じていた。

そのまま、結婚して、子供が出来たとき、気付いたのだ。

妻に愛情が無いわけでは無い。子供も可愛い。

だが、その愛情が恋愛のそれでは無いと気付いた。

それでも、別れようとしなかったのは、自分の保身に他ならない。

だから、妻が離婚を申し出た時は、ほっとしたものだ。


「好きな人が出来たので、別れてください」


唐突な申し出だったが、腹は立たない。何よりも、そう申し出た妻の凛とした面差しを、誠吾は美しいと感じていた。

そして、この女を輝かせることが出来なかった自分は、結局女を愛してはいなかったのだと。


それぞれの女たちは、子供を作る道具だったのだろうか?

それとも、王にも女たちに対する愛情はあったのだろうか?

誠吾は、考えて陰鬱になる。


「セイ」

沈んでしまった誠吾を元気付けるように、サディの腕が伸びてきた。

ゆっくりと自分の胸に抱きしめる。

包み込む腕の温かさに、落ち込んでいた誠吾は、抱きしめられるまま、頭をサディにもたせ掛ける。

「王子に愛情は無いのでしょう? だったら、俺を選んでくれませんか?」

囁かれた言葉が、誠吾の胸を突いた。また自分は間違いを犯しているのだろうか?

「それとも、貴方が選んだのは、王子ですか?」

「ああ」

誠吾は、真っ直ぐにサディユースを見た。それだけは、うなずける。あの時、誠吾ははっきりとアデイールを選んだのだ。

アデイールが笑うためならば、自分も覚悟を決める。

アデイールが誠吾を必要とする限りは、かたわらにあろうと決めた。

「解かりました。でも、俺は諦めません。貴方がはっきりと王子のものにならない限りは、俺にもチャンスはあると思っています」

射抜くように、サディは誠吾を見つめる。

「勝手にしろ」

部屋へ着いたのをいいことに、誠吾はばたんとサディの鼻先で扉を閉じた。

誠吾にはまったく持って解からない。何故、サディは自分に執着するのだろう。アデイールは何となく解かる。与えられなかった愛情を、求める先が、やっと現れたのだ。執着しない方がどうかしている。まだ、子供なのだ。

だが、サディは番いが無いとは云え、あれだけの男ぶりだ。当然、モテるだろうし、既に成熟した男だ。誠吾のような年上の男に関わる意味が無い。

それとも、サディにも満たされない何かがあるのだろうか?

だが、誠吾にはサディを甘やかす気は無かったし、今は、アデイールだけで手が足りないくらいだ。考えることはいくらでもあった。


誠吾がここへ来て、二ヶ月近い。次の新月が近づきつつあった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ