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憧憬の王城  作者: 真名あきら
本編
12/31

第十一話

「つまり、あの連中の毛皮って、体毛なんだな?」

「今まで、気付いて無かったとは驚きだ」

アデイールが呆れたように誠吾を見やる。あまりにも明らかな差に、まさか誠吾が本当に判っていないとは思っていなかったのだろう。

「大臣でも一族とそうでない連中は、明らかに待遇が違うのか」

「そうだな。俺はあんまりそういうのは好きじゃないんだが、やはり、一族の特権意識は強い」

それは、ジャスティの反り返った胸を見れば明らかだ。

「叔父の家は、一族の血が濃い。生まれるのもほぼ全員が一族だ」

「そうでない場合もあるのか?」

「ああ。大体、半分くらいだな。俺の兄も一族じゃ無い」

「兄?」

アデイールに兄がいるとは初めて聞く。

「お兄さんがいるなんて聞いてないぞ」

「街にいるんだ。街の女と所帯を持っている。そのうち紹介しようとは思っていたんだ」

非難がましく云ってから、誠吾ははっと気付いた。セスリムであることを拒否していた自分では、紹介したくとも出来なかったのに違いない。

「王の血でもそうなんだな」

誠吾は、話の論点を摩り替えた。ずるい大人の手口ではあるが、アデイールにこれ以上の罪悪感を持って欲しくは無い。

「叔父さんの一族が王になると云う話は無かったのか?」

一族としての血を濃く引くのなら、そうあって可笑しくなかった。

「何度かあったが、そのたびに別の王候補が現れた。今回こそ、ディオルが王になると誰もが思っていたんだが」

ディオルというのは、ジャスティの息子だ。親に似ていないすっきりとした美貌の主で、番いの娘も可憐な容姿をしていたと誠吾は思い出す。

「ところが、俺が現れた。そりゃ、恨まれているだろうな」

誠吾はクスリと笑ったが、アデイールは真剣な顔で、誠吾を抱きしめてきた。

「あの叔父のことだ、何を仕掛けてくるか判らない。決して一人では出歩かないように。俺がいないときには、必ず、サディを連れて行け」

そう言い聞かせるようにアデイールは誠吾の耳元で囁くと、名残おしげに身体を離した。

「これ以上、ここにいると獣になりそうだ。部屋へ戻る」

その言葉に、誠吾は思わず赤くなる。どうしてこちらの連中は、こうストレートに云うんだ?

「まだ、あのキスで充分だ」

きびすを返して、部屋を出て行こうとするアデイールの前に、誠吾が廻り込んだ。

そのまま、誘うように瞳を閉じると、アデイールが、少しだけ巧みになった大人のキスを仕掛けてくる。

「早くきちんとした奴を覚えろよ」

唇を離した誠吾が、吐息と共に囁いた。



「トゥルース様から、セイ様にお手紙があります」

「はぁ?」

誠吾は思わず間抜けな声を上げてしまった。トゥルースというのはジャスティの妻だ。何の用だ? 一体。

レドウィルが差し出したそれを、恐々と受け取る。

「お茶会のお誘いの様ですが、どうなさいますか?」

「まるで、上流のご婦人みたいだな」

「まるで、ではなく、そうです。セイ様もそろそろそういう事もこなしていただかなければ」

いや、レドウィルに云われなくとも、判っているのだ。ただ、上流のお茶会に招かれる三十半ばのオッサンの図に少々、戸惑いを覚えるのは仕方が無いと思って欲しい。

しかし、トゥルース―真実に、ジャスティ―正義とは冗談のような名前の夫婦だ。

もちろん、それはあくまで異世界人の誠吾の感覚であって、この世界の人々には普通の名かもしれない。

「どうなさいますか?」

「どうって。断るわけにはいかないだろう」

それが立場的にまずいことくらいは、いくら上流に疎い誠吾でも判る。というか、現代社会に置き換えてみれば、社長の親族が誘ってくれた夕食会をすっぽかすようなものだろう。

「しかし、トゥルース様は…」

「何かあるのか?」

ずるがしこそうな目をしたジャスティの後ろに控えた女の、抜け目無さそうな瞳を思い出すと、げんなりとはするが、すぐに実力行使に出る訳でも無い筈だ。

「いえ、ただあの方には気を付けられた方が」

レドウィルの言葉は、どうにも歯切れが悪い。つまりはそれだけ色々な噂が飛び交っているということだろう。

「サディを連れて行くよ。それでいいだろう?」

このままでは、レドウィルはいつまでも返事をしてくれそうに無い。仕方なく、誠吾は一番納得してくれそうな妥協案を提案した。

「分かりました。承知したとお伝えします」

サディの名を出した誠吾に、レドウィルはようやくうなずいてくれた。

どうも、この間の山賊の件が響いているようだ。あれ以来、レドウィルの目は非常に厳しい。

多分、放って置くと、とんでもない無茶をやらかすと考えているのかもしれない。



「まぁ。ようこそいらっしゃいました、セスリム」

「お招きにあずかり、光栄です」

満面の笑みで迎えられた誠吾は、多少引きつりながらではあるが、如才無い挨拶を返した。引きつったのは、迎えたトゥルースより、後ろにずらりと控えた侍女たちの人数に、だ。

十数名はいるだろう。たかが、お茶会には多すぎる。それとも、それなりの客がいるというのだろうかと、誠吾は考えてうんざりとした。

「剣をお預かりいたします」

侍女の一人が、誠吾の背後に控えたサディに、手を差し出す。が、それにサディはゆっくりと首を振った。

「本日は一族の次期長たるジャスティ様の奥様も、同時に御護りせねばなりませぬ故」

サディの貴公子然とした物腰で、侍女の仕える主人を護る為の帯刀だと云われては、引き下がるを得ない。侍女は素直に腕を引き、頭を下げた。

当然、誠吾やサディだとて、何か仕掛けてくるとは考えてはいない。だが、あまりいい感情をもたれてはいないだろう相手の前で、丸腰でいられる程、無防備な訳でも無い。

広間かと思うような部屋へ入ると、数人の一族の女たちが揃っていた。

皆、それぞれが上品できらびやかな美女たちだ。それが、鵜の目鷹の目で、誠吾の一手一投足を睨んでいる。

誠吾はなるべく上品に見えるような仕草で、長い上着を落とした。すっと横からサディがそれを受け取る。

「あ…」

思わず誰かが声を漏らした。誠吾が着ていたのは、黒のスーツである。しかも、この国に飛ばされた日は、大事な約束があった為、誠吾の持つ中で唯一のブランドスーツだ。

「随分変わった御召し物ですのね?」

「私の国の正装です。ジャスティ様の奥様に失礼があってはと思いまして」

この国の服など、何処をどう飾ったらいいかなど、誠吾にはまったく不明だ。それに、誠吾の服の大半が女物であるらしいことは、山賊の一件のときに明らかになった。かといって、男物を新調しろとも云えず、女物では何が華やかなのか、風習の違うここでは、まったく判らない。

かといって、無難なものを選べば『王子はそんなものしか自分のセスリムに着せていない』などということに成りかねなかった。

選択の余地無く選んだスーツ姿だったのだが、これなら、着慣れているし、みっともない振る舞いをすることも無いだろう。

すくなくとも、裾を踏んで転ぶとか、袖を引っ掛けて茶を倒すことは無い筈だ。

いつものひら付いた服は、誠吾はどうも苦手である。

「セイ様、こちらが先王のセスリム・レティメイル様ですわ」

中央の椅子に座る女が優雅に頭を下げた。瞳こそ金色では無いが、金色の髪はアデイールと同じ色だ。

「はじめまして。セイと申します」

「セイ様。可愛らしいお名前だこと。王子がいつまでも紹介してくださらないから、どんな方かと、城中で噂でしたわ」

邪気のなさそうな、妙にはしゃいだ調子が、周囲の雰囲気と見事にマッチしていないが、その空気さえ読めてはいないようだ。

「がっかりなさったでしょう? こんな冴えない王子より年上の男で」

「まぁ、そんなことありませんわ。王子は少し子供みたいな方ですもの。年上の貴方のような方がセスリムなら安心ですわ」

レティメイルは、誠吾の手をしっかりと握って、じっと誠吾を見つめてくる。まるで子供のような純粋さだが、そうしている相手はしっかりと大人の色香をまとった女だ。誠吾がもう少し若かったら、勘違いをしそうな類の危うさだった。

「セイ様。こちらはディオルの番いのアストレス」

レティメイルのそんな空気の読めなさには、もう慣れているらしいトゥルースは、次々と女たちを紹介する。それに誠吾は、さりげなくレティメイルの手を外して、応じた。

殆どが、一族の番いやら、アデイールの親族やらで、皆、興味深々といった風情を隠しもせず、敵意の視線を向けてくる。だが、最後に紹介された娘だけは、誠吾に満面の笑顔を向けた。

レティメイルの無邪気さとは違う。一種異様な視線を感じて誠吾はその相手を観察する。

地味な感じだが、清楚な美しさをまとった娘だ。

「こちらの方は、サディユース様はよく、ご存知よね?」

もったいぶった調子で、トゥルースがサディに話し掛ける。今まで目線さえ動かすことなく、誠吾を見守っていたサディの眉が、ぴくりと上がった。

「サディ?」

「サディユース様の従兄弟にあたられるのよ。セイ様が来られなければ、アデイール様の婚約者だった方よ」

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