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憧憬の王城  作者: 真名あきら
本編
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第十話

「ありがとう」

「いや、セイ。大丈夫か?」

一瞬、サディのことを聞かれたのかと思ったが、すぐに勘違いに気付く。アデイールが問い掛けたのは、レダのことだ。レダなら、何度か乗ったことがある。

「大丈夫って?」

「俺のレダは大きいし、セイで乗れるのかと」

「大丈夫だよ。サラブレッドに比べれば、ずっと低いし、揺れないし」

「さら、ぶれっと?」

聞きなれない単語に、アデイールが奇妙な顔をした。

「ああ。馬の種類だよ。もっと大きいんだ。このくらいかな」

ここの馬はレダよりは小さい。ポニーのようなものしかいないのだ。誠吾の示した大きさに、アデイールは目を丸くする。

「じゃ、借りるぞ」

今日の誠吾の格好は、皮の上着と、男性用の下衣だ。女性用と違って、幾分短く、ひらひらした感じは無い。

弓を片手にもち、レダを引いて広場へ出ようとした誠吾を、アデイールの腕が押し留めた。

「アデイール?」

「セイ」

真剣な表情で、誠吾を見つめるアデイールは、何処か切羽詰ったような感じがある。

「セイ。本当は貴方を誰にも見せたくない。今日は特に一族が多い。番いの無い者もたくさんいる」

「あのな、アデイール」

そんなことを云われても、ここで行かなかったら、後で何を云われるか判ったものでは無かった。自分は何を云われてもいいが、アデイールをそんな中傷に晒したくは無い。

「アデイール。ちょっとこっち向け」

すがりつくような瞳を向けてくるアデイールに、誠吾は覚悟を決めた。

愛情ではないが、アデイールを傷付けたくない想いは、確かにある。

誠吾はアデイールの唇に押し付けるように、唇を押し当てた。


「セイ?」

戸惑うように此方を見るアデイールに、誠吾はもう一度、唇を押し当てる。今度はしっかりとアデイールも応えてきた。

薄く開いた誠吾の口腔に、アデイールの舌が忍び込む。主導権を取ろうとするのが生意気で、誠吾は逆に、アデイールの舌をしっかりと捕らえて翻弄してやった。

身体は大きいかもしれないが、所詮は子供だ。この国では大人扱いかもしれないが、日本ならば、せいぜい高校生くらいだろう。誠吾にだって、大人の男としてのプライドがある。断じて、三十男が主導権を奪われるなんてみっともない真似をする訳にはいかない。

唇を離したとき、アデイールは潤んだ目で誠吾を見つめてきた。

「大丈夫だ。俺がこんなことするのは、お前だけだ」

それがたまらなく可愛くて、誠吾はまっすぐにアデイールの瞳を覗き込む。途端にアデイールの瞳が輝いた。久しぶりに見る晴れやかな笑いは、大輪の花のような鮮やかさだ。

アデイールの腕がしっかりと誠吾を抱きしめてくる。その息苦しいくらいの抱擁も、苦にならないくらいだ。こんな笑顔をアデイールにさせることが出来るのなら、覚悟くらいきめてやろう。

背中を宥めるように叩くと、アデイールの腕が名残惜しげに外された。


「じゃ、行ってくる」

「ああ。セイ」

レダを引いて、誠吾は広場へ向かう。サディの視線が背中に痛かったが、とりあえずは無視を決め込んだ。



          ◆◆◆



広場へ出ると、大勢の歓声が耳に痛い。

その中で、奥にいる一族の連中の視線は、まさしく射る様なという表現が相応しいくらいだ。

誠吾はレダにまたがると、弓を手にする。

指に挟んだ矢は三本。誠吾が何とか当てられる最大の本数だ。


弓の披露をしろと云われて、誠吾が考えたのは流鏑馬である。

一番派手に目立ち、尚且つ、スピード感があった。多少中心を外しても、格好が付くし、威力を見せ付けるだけなら最高の舞台だ。


一本目をつがえて、誠吾はレダの腹を蹴る。

腰を浮かして、内股でレダを挟み込んで身体を支えた。腰を下ろすと、レダの揺れで狙いが定まらない。

いわゆる、和鞍と云う、戦闘時の武士が両手で刀を使うために乗るときのやり方だ。

コレだけは、田舎のじじい連中に厳しく仕込まれた。

狙いを付け、矢を放つ。

その行方は見なかった。

一本目には自信がある。

例え、外れたとしても、それに気を取られている余裕は無かった。

二本目をつがえ、放つ。

どよめきが上がったところを見ると、見事に当たったらしい。

三本目も放った。

これは目で追う余裕がある。

見事に中心を射抜いたのを確認して、誠吾はレダに腰を下ろし、今日の来賓席らしい場へとレダを進めた。

誠吾がするりとレダから降りると、そこにはレダを受け取るアデイールと、サディが立っている。どうやら、サディは言葉にした通りに、誠吾を護るつもりでいるようだ。

大臣たちは、みな一様に緊張している。

いつもなら、近所の商店街のオヤジのように気さくに声を掛けてくれる、王子の養育係のスラトスまでが、押し黙ったままなのは、多分に一族の連中に気兼ねしている所為だろう。

「今度のセスリムは、随分と活発な方なのだな」

一番体格のいい、男が口を開いた。多分に嫌味な口調だ。

まぁ、王子のセスリムと云うので、結構想像たくましく巡らしていたのかもしれない。

こんな平凡な容姿の男で、しかも王子の倍の年齢のオヤジでは、納得出来ないのだろう。

しかも、誠吾はおとなしやかな性格でも無く、どっちかと云えば、王子と共に仕事をこなしていくタイプだ。

自分たちの中から、王になれないのなら、王子を傀儡にすることくらいは考えていただろう連中には、誠吾のようなタイプのセスリムでは、さぞ都合が悪かろう。

「そうですか。男なので、私は」

「いやいや、可愛らしい容姿には似合わない方だと思っただけですよ」

男が誠吾の肩に廻してくる手が、妙にいやらしい動きで、誠吾はするりと腕を外した。

「ああ、そうなんですか。安芸誠吾と申します。よろしくお願いいたします。そちらは、アデイールの?」

「アキ、セイ、ド?」

ムカついた誠吾は、発音できないことを承知の上で、態と自分のフルネームを口にする。

「誠吾。ああ、発音出来ないのでしたね。セイで結構です」

いかにも意外そうな響きを篭めて云ってやった。慇懃無礼は、中間管理職で、航空会社やホテルの嵩にきた物言いに対抗してきた誠吾の、もっとも得意とするところである。

語彙も増えた最近では、やっと誠吾本来のしゃべり方になりつつあった。

男は思わず、むっとした顔をしたものの、それで失礼なと怒って帰る訳にはいかない。

それは後ろにずらりと並んだ連中も同様だ。

「セイ、私はアデイールの叔父に当たる。ジャスティだ。これは私の一族の者たちだ」

いかにもずるがしこそうな隙の無い瞳の相手の名前のあまりにも似合わない響きに、誠吾は危うく噴出しそうになる。

寄りによって『正義―ジャスティ』とはお笑い草だ。

誠吾は笑いそうになる口元を引き締め、握手を交わす。妻と息子。それに息子の番いの相手。遠縁だと云う青年と、一族の束ねと云う老人。

どれも油断できそうに無い連中の中で、世話になっている遠縁の青年だけが、おどおどと落ち着きが無さそうだ。

何とは無しに、この青年の立場が判った気がして、誠吾は気の毒にとため息を付いた。だが、それにしたところで、今の誠吾に何が出来る訳では無い。

仕方なく、誠吾は相手の男に習って、その青年を軽く無視し続ける形になった。ここで同情して、話しかけたりすれば、多分、家に帰ってあの青年が何を云われるか判ったものでは無い。

それはアデイールや、サディも同様だ。

表面だけにこやかに話し、会食へとなだれ込む。

城の広間に大きなテーブルが持ち込まれ、それを囲むように、一族が顔を出した。

広場でいつも共に剣の修練をしていた、近衛の兵士たちも多い。

改めて、誠吾はそこに集う一族の連中を見廻した。

全員が何らかの形で毛皮を身につけ、それは必ず、髪の色と同色のものである。

そして、使用人たちや、大臣でもここに集っていないものは、普通の着物を身につけている。そこで、誠吾は初めて、自分が大きな見逃しをしていることに気が付いたのだ。

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