悪魔の囁き
「いや、それは…!」
躊躇を見せたニキータに少年は首を傾げて下から顔を覗き込む。
「親は殺しづらい?」
少年は使用人で、男は主君だ。
普段はこちらに対する横柄な態度を崩さない男は、少年の揺さぶりに怯え、助けでも求めるかのように眼球を忙しなく動かし、手足を震わせる。
「それともリスクが高いから?皇族の大逆罪は母親の家系共々、焚刑でしたか」
もう一つ可能性を重ねると、男は目を伏せた。
こちらが本命かと察し、肝の据わらない男だと内心で侮蔑しながら少年は男を追い詰めた。
「だけど、貴方には今しかチャンスがないんですよ。殿下」
「どういう……ことだ?」
少年は細めに整えた眉をわざとらしく下げ、さも申し訳なさそうな声を作る。
「実は、先程連絡が来たのですが、冷害で秋に収穫予定の作物の出来が良くないそうです。今年の秋以降は同じように作物を分けることができないそうです」
ニキータは震え上がり、両手で己の頬を挟んで叫び声を上げた。
「それは困る! だめだ、だめだ!!」
メルシアから供与される食物がなければ、今の地位はあっという間に地に堕ちる。それを分かっているからこその叫びだ。
「ですから、今しかないんですよ。殿下」
少年は頬に置かれたニキータの手に己のそれを重ねて、上からぎゅっと握りしめた。
「私が手助けをします。皇位につく為に我々は援助を惜しみません。皇帝や、第一皇子ではなく、なぜ貴方を選んだかお分かりですか?」
「都合がいいからだろう?」
自嘲的に返してくるニキータに、少年は首を振ってまるで信頼を寄せているかの様なまっすぐさで、男を見つめて首を振った。
「当時は些細な行き違いもありましたが、王が貴方と友好を結べると思ったのは、ジークムンド陛下への弔意を示しに来てくださったからです」
「それはまあ人として当然……」
そこが軽薄とされる所以なのだが、ニキータは少年の言葉に易々と乗ってきた。
「我々としては貴方しかいないと思っている。だから、ぜひお力添えください。我々は何もかも提供する事は出来ますが、皇位を取るという貴方の意思があっての事です。貴方が望まないのであれば、我々はお手伝いのしようがない」
「望んでいるさ! 望んでいるに決まっている……!! だが、その……手段は重要だろう?!」
「そのお綺麗で育ちのいいところは貴方の美徳ですけど、貴方と敵対する皇子達はもはや手段を選んでいませんよ?」
少年は手を握る指にきゅっと力を込めて、目を細めた。
「ねえ、殿下、今まで燻っていた貴方を遇して手助けし、力を持たせたのは誰ですか? 味方が誰で、障害が誰か、先を越される前に、よく考えてお返事をくださいね」
掴んでいた手を離し、手の甲同士を触れ合わせながら一歩下がり、恭しく礼を取る。
「では、下がらせていただきます。お心が決まりましたらお呼びください」
部屋を辞そうとした少年の腕を男が掴む。
「私が皇位を取ったら、何を望む?!」
「さあ? 特にはないと思いますけど。王は欲しい物があれば、自ら取る人ですから」
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そろそろ過去編も終わる予定です。よろしくお付き合いください。




