ドブみたいな味の酒
現代日本と法律が違います。ご了承ください。日本では飲酒は20歳を越えてから。
冬のフィリー山脈は誰も寄せ付けない。そう謳われているだけあって、山の民たるシュミットメイヤーに伝わった記録と夏の下見を経て辿る道だとしても、想定以上に厳しい道行だった。
糧食は減り、些細なことで小さな争いが起きる。
今揉め事を起こせば命に関わるから、大事にはならなかったが、余所者とされた少年は特にその標的になる事が多かった。
行程の半分を越えた辺りで、雪こそ止んだものの強風によって雪が吹き上がり、白く視界を遮った。
行軍を止めた一行は苦労しながら特殊加工した動物の革で作られたツェルトを張り、その中に潜り込み、簡単な食事を作って薄い毛布にくるまった。
「大丈夫か?」
隅の一番寒い位置で膝を抱えていた少年に髭面の男が声をかけてきた。誰も彼もが薄汚れた髭面になっていて薄汚かったが、赤毛の集団の中で輝く金髪は目立っていた。
「冷えるだろう。これを持ってきた」
頷いた少年に突き出されたのはうっすらと湯気をたてるスープと小さなパンだ。
「……他の人間に分けてください」
「まともに食べなければ、この山越えで死ぬぞ。お前が食べてなかったから持ってきただけだ。この行軍の最年少でまだ身体もできていない伸び盛りだ。髭だって生えてなくてツルツルだ。他の奴に糧食を譲る必要がどこにあった? それにお前ならあの程度、捻り潰せただろう」
どうやら彼は、自分が食事の配給で揉めて糧食を食べなかったのを見ていたらしい。
器を口元につけられて少年はそれを飲み込んだ。
喉をくだったスープは臭くて薄い塩味のぬるま湯といったところで、お世辞でも美味しいとは言えない代物だったが空腹には染みた。
「空腹は最高の調味料、と言うのは本当かも」
聞かせるでもなく呟くと、男は肩をすくめた。
「仕方ないだろう。靴のスープだ」
「靴??」
「牛革だから煮込めば食える。安心しろ。予備の新品だし俺の私物だからな。俺がどうしようと自由だ。さすがに残り少ない食料に手をつけられないだろう」
「……」
「復讐もなさずにここで死ぬか?」
小声で諭された声に首を振ると、昔のように髪の毛をぐしゃぐしゃと撫でられた。
「パンも食え。それと秘蔵の酒も持ってきている」
少年が保存性重視の軍糧パンを食べ始めると、男は懐から毛皮の巻かれた金属の薄い水筒を取り出し、蓋を外してそれを煽る。
まずいスープを片手にパンを食べ切ると、男から水筒を手渡され、少年はさきほど男がしていたように一口あおった。
「がっ! げふっ!」
強い酒精が喉を焼いて胸に落ち、鼻の中を風邪をこじらせた時に与えられる薬草のごった煮を煮詰めて焦がしたような匂いが駆け抜ける。
咳き込んだ少年に男が悪戯が成功した子供の笑みを見せた。
「フィリーベルグの下町で2ターラで売ってたヤツだ。中々の味だろ。不味さで目が覚めるし、飲み慣れるとクセになる」
「毒苺の方が味ははるかにマシでしたよ……アレもこれぐらい酷い味だったらよかったのに」
そうしたらすぐにユリアも吐き出せただろうに、とツェルトの端に視線を流す。
「そうだな」
男は少年の手から水筒を引ったくると喉を鳴らしてそれを飲み込んだ。
「だが、こんな汚泥を啜ってでも俺達は復讐を遂げるんだろう? 自分に与えられる分は必ず食え。糧食は平等だ」
「……もう一口ください」
「仕方ないな。少しはあったまったか?」
「我慢できる寒さになりました……」
「じゃあ、行軍再開まで、しばらくこれを貸しておいてやろう。体を温めろ。他の誰を犠牲にしてもお前は生き延びろ」
ばさり、と何か毛皮のような物を頭からかけられた。
「……?? これ!!」
首元までその滑らかな毛皮の裏地を滑らせて肩にかけると暖かいのに震えが走る。これが何か、思い当たる節があるからだ。
「暖かいだろう。黒なら返り血も目立たないし、保温性も抜群だと思って持ってきた」
自慢げに言われた言葉に、それが自分の予想と違わないと納得する。
遠目から見た時もやたらと良い光沢のマントだと思ったのだ。裏打ちの黒貂といい、間違いなく王家に代々伝わる黒いマントだ。
声も出せず、唇だけを動かす。
呆然とした少年に、先ほどと同じ悪童の顔を見せた男は少年の額を指先で弾いた。
「そうそう。そういう顔してろ。俺は他の人間に声をかけてくる。少し休め」
頷いて少年はマントを体の前で合わせ、その温もりに包まった。
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