贖い
フィリーベルグは、身内の結束が強く余所者には排他的な土地柄だ。
実父リヒャルトはフィリーベルグ辺境伯ではあったが、美貌故に危険の多かったエリアスの護衛として先王に特に望まれ、長姉が産まれた頃から王都で暮らしていた。
そのため少年は王都産まれの王都育ちだったが、この地に戻った時は身内として歓待されていた。
だからこそ、身内でないと見なされたこの土地での生活は居心地の良いものではなかった。
よそよそしく接され、ひそひそと噂される。
王宮でされていたようなあからさまな虐めこそなかったから、耐えられない訳ではないが、暖かさを知っているだけにその距離を置いた冷たさが身に染みた。
それでも少年はフィリーベルグと近隣を駆け回り、ヴィルヘルムに預けられた金貨を使い、ベネディクトと相談しながら秘密裏に出征準備を押し進めた。
そして秋も終わり、冬の訪れと共にヴィルヘルムと父が育てた近衛の一団がひっそりとフィリーベルグへとやってきた。
王の出迎えの為に集められた一族と主要な家臣達が城のエントランスホールで跪き、硬い顔でそれを出迎えた。
「陛下におかれましてはご健勝の事お喜び申し上げる」
ベネディクトが、一族を代表して声をかけるとヴィルヘルムは追い払うような仕草で手を振った。
「堅苦しい挨拶は時間の無駄だ。我が使者より、詳細は聞いているな?」
フィリーベルグの人間にとって、王家の人間でありながら、前線で戦闘に参加するヴィルヘルムは長年親しく付き合ってきた友人のような存在だった。
だが、少年が使者として手紙を届けた時にそれは終わったと、彼らは考えているようだった。
「聞いております。貴方が地獄へ付き合えと言うならば付き合いましょう。だが、臣下として対価もなく付き合うのはこれで最後だ。元よりシュミットメイヤーの辺境伯の地位は剥奪されている。国の為と信じ、送り出した我が甥は王宮のゴタゴタに巻き込まれて殺され、遺体すら辱められたそうで」
「その後はどうするんだ?」
じっとりと挟まれた恨み言には取り合わず、ヴィルヘルムはベネディクトに問うた。
「一族郎党で話し合い、与えられた騎士爵を含む爵位全てをお返しすることにいたしました。理由は貴方の面子を考慮して、本家である兄上と甥の不始末を償うためとしましょう。そして、我が家は麾下から抜け、これまで培った武の腕で生きていきたく存じます」
「それは傭兵団として、生業をなすということか?」
フィリー山脈を越えた小国郡では戦争の際に傭兵を雇う事が多かった。常に戦争出来る規模の騎士団を抱えるよりは、王都周りを護る騎士団を維持し、必要に応じて戦力を傭兵で賄う方が国費の負担が小さかったからだ。
「遥か遠くのノーザンバラに爪をかけるのならば、大陸は荒れましょう。腕の良い傭兵団は戦において引く手あまたでしょうからね」
この戦いが終わったら敵に回ると匂わせたベネディクトの言葉にヴィルヘルムはほんのりと苦い笑みを浮かべ、自業自得だなと呟いた後に、答えを返した。
「フィリーベルグを本拠地として譲り渡し、そなたらの望むだけの褒賞を払い、専属として召し抱える。また、他の国がいかな大金を積み上げたとしても必ずそれ以上の金額を払うと約束しよう」
「それはそれは、随分と気前のいい話だ」
皮肉げにベネディクトが肩をすくめると、ヴィルヘルムは首を振った。
「シュミットメイヤーの忠節に砂をかけたのはこちらだ。協力を得られるならば、金など惜しくはない」
「……及第点としましょう。罪滅ぼしか、我々の腕を買っていただいているのかは知りませんが」
「なに、己の愚かさで失わんとする物を金で繋ぎ止めようと足掻いているんだ」
眼光を緩めた呟きは、ひたすらに苦い。それを振り払うかのように、ヴィルヘルムは声を張り上げた。
「聞き及んでいる者もいると思うが、明日早朝より、フィリー山脈を踏破し、キシュケーレシュタイン王国の王都モンテベルグに強襲をかける。厳しい戦いだが、フィリーベルグの精強な戦士達ならば成し遂げると私は確信している。解散!」
翌朝、ヴィルヘルム率いる一軍は冬のフィリー山脈に足を踏み入れた。
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