シュミットメイヤー
1/21 編集時にうっかり消してしまったと思しき部分を修正しました。内容に変更はありません。
久しぶりに足を踏み入れた領主の城は砦も兼ねており、重く重厚ではあるが飾り気なくそっけない印象の建物だ。
横にある小さなエントランスから場内に入って階段に足を掛けて、少年は動きを止めた。
そこには昔メインエントランスに掛けられていた歴代辺境伯の肖像が掛けられていた。
現在、フィリーベルグは王家の直轄地となっている。そのため、正面の目立つところに飾られていた肖像画はこちらに移動されたのだろう。
その中にリヒャルトの肖像を見つけて物悲しくなる。
「どうかしたか?」
「いえ。失礼しました」
促されて足を進め、執務室に通される。
礼を取る前に書類の柱に机の縁を囲われた男が立ち上がって少年の前に立った。
八歳の時に会ったきりだったが、少年は男が自分の叔父ベネディクトだと認識できた。
厚い筋肉に覆われた立派な身体はいかにも戦士といった風体で、鋭い刃のような体型だった父には似てない。
が、強面の顔立ちと、一族に強く出る葡萄酒のような深い色の赤毛と琥珀眼は父と兄弟だとよく分かる顔をしていた。
ここに自分を連れて来た騎士にもよく似ている。
男は記憶を探るかのように首をひねりながら、少年の前に手を出した。
「陛下からの手紙は?」
「こちらになります」
立ったまま読み始めた男の顔が青ざめ、赤く染まり、手紙の端がぐしゃりと潰れる。
そしてその書簡を、先程副団長と呼ばれていた男に押し付けるように渡し、読むように促した。
「ケインを養子にという申し出の時から、王家は無茶ばかりこちらに押し付けてくる。なあ、そう思わないか? ケイン」
「なんの、事ですか? 俺は……」
「俺の目は節穴だと侮るか? 甥の顔の判別ぐらいはつく。顔は義姉上の昔にそっくりだし、体型は兄上だ」
「え?! いや、どういう事だ? 父上」
渡された手紙を読んだらしい青年も混乱したように少年と手紙を見返した。
「職務中は父と呼ぶなと言っているだろう」
「はいはい、失礼しました。閣下。で、この手紙の内容はどういう事だ? このガキがケインだって? 死んだって書いてあるが?」
「……死んだと言うことにされました」
「お前のやらかした事の責任を一族郎党で取って自殺しろ、という事か?」
投げやりに言う若い男の、先程までは穏やかだった視線が少年に刺々しく刺さる。身を縮めた少年に対してベネディクトは冷静だった。
「王が死ねと言えば死ぬのがシュミットメイヤーの生き様だ。だが我々も人間だからな。ここまで虚仮にされて諾々と駒にされる気持ちにはならん。冬場の無茶な出征と、騎士の行いに悖るような奇襲だ。従えるようなものでもないだろう?」
「……ですが、必要なのです」
言い返すと、叔父の目がぎらりと光り、眉間に皺が寄って眉毛が持ち上がる。
「そもそもお前が一番憤って然るべきだ」
それに首を傾げると、男はそんなことも分からないのかと言いたげに続ける。
「近すぎて認識出来ないのかもしれないが、我々は後継を奪われ、兄上は咎もないのに中央の都合で長年の地位を奪われている。さらには無茶な外遊の護衛などというつまらぬ仕事で命を落とし、死して殿下を護れなかったと後ろ指を指された。これだけでも我々にとって耐えがたい屈辱なのは分かるな。兄上は私などよりよほど強かった」
少年は逡巡したものの小さく頷いた。
義父が立てた外遊が無謀だったとは思っていなかったし、父は護衛の仕事をつまらないとは思っていなかった。むしろ喜びを持って仕えていたように思う。だが、リヒャルトはエリアスを護れずに死に、その名誉は地に落ちて泥に塗れたのは事実だ。
「お前が嵌められて追い詰められ、王に刃を向ける羽目になった件、お前は自らの罪と考えているだろうが、悪辣な帝国と王の惰弱と怠惰の皺寄せだ。それを子供に押し付ける性根は唾棄するに値する。そのような王に従えると思うのか? お前はそれでいいのか? 国同士の争いのせいで失いかけ奇跡的に助かった命を、お前を虐げた王家のために使うのか。新たな名前を得た。父祖も眠る故郷に戻ってきた。茨の道を歩む必要がどこにある? 無謀な復讐など考えず、この辺境で幸せに暮らすべきではないか?」
叔父の提案はあの時食べた毒の苺のように甘かった。心の裡がほんの一瞬ぐらりと揺れる。
それに抗うように目を瞑り、首を振る。
「巻き込む事は申し訳ないと思っています。けれども俺はノーザンバラ帝国に復讐しないといけない」
「その無謀な計画のせいで何人死ぬと思う? 百や二百では効かんはずだ。エリアス殿下の子供二人の命の対価としてふさわしいのか?」
「釣り合わないでしょうね。でも、それでも成し遂げないといけないんだ。どうか力を貸してください」
少年は床に臥して頭を擦り付けた。彼らを動かせなければ、この計画は終わりだ。
「……誇り高いシュミットメイヤーの子がそのようなみっともない真似をするな」
「あなた方を動かせるなら土下座ぐらいします。理なんてないのは分かっている! そうだ、小蝿のように鬱陶しい隣国を併合するということならどうですか? ヴィル……ヘルム陛下ならそれは可能だ。彼の用兵は知っているでしょう。相手を潰してしまえば、延々と隣国との小競り合いをする必要がなくなる。どのみち相手から仕掛けてくるんだ。毎回十人づつに死者を抑えても、十回繰り返せば百人だ。それなら一回で済ませてしまった方がいい」
床を見つめたまま言うと、大きなため息が聞こえる。
「乱暴な理論だが、家臣達を納得させることは出来るだろう。奴等は隣国を潰したくて仕方がないからな……。それと、王に諾々と従うのはこれが最後だ。臣下としては従うが、騎士としては許容できん。それと、お前は王から預かった騎士見習いということにさせてもらう。いいな」
「もとより俺は死んだ身です。今更シュミットメイヤーを名乗る気はありません。ご随意に」
一族とは見なさないと告げられて心がほんの少し軋んだが、死んだというのはそう言う事だ。
少年は顔を上げて、男を見上げ、再び平伏した。
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