領都フィリーベルグ
フィリーベルグは領地名で領都名です。
小麦畑を抜けて北西方向へ向かう。
収穫を待つ黄金の穂波は、石積みの柵が連なり牧草が青々としげるなだらかな丘陵へと変わった。
さらに進むと端々に紫色の灌木の生えたハイデと呼ばれる荒地が牧草地を侵食するように広がり始める。
そんな景色の移ろいを見ながら王都からおおよそ十日ほど馬を駆り、少年はフィリー山脈にほど近い城砦都市であるフィリーベルグの領都に到着した。
灰色のライムストーンで作られた高い壁に囲まれた街は入るための門が四ヶ所しかない。
その中の南側の門の前で少年は馬を降りて行商人や近隣の住民が並ぶ列の最後尾につき門番の審査を待った。
「次! あぁ? ガキが一人だと? 親はどうした」
少年は同じ年の子供よりは成長もいいが、旅慣れたこの列の中では明らかにあどけない。
横柄な言葉遣いの男に懐から通行手形を取り出し、鼻先に突きつける。
「これで満足か? 代官閣下に会いにきた。王から手紙を預かっている。取次を」
各外郭門から城へ狼煙と旗で連絡が取れるから、そう告げると門番は鼻先でせせら笑った。
「しょんべんくさいガキが、王の使者なわけないだろう。つまらんウソをつくな」
「この馬はフィリーベルグのら元領主が王宮に預けていた馬だ。陛下がシュミットメイヤー家に返すようにとおっしゃられたから連れてきた。俺に一番この馬が懐いていたし、乗せるなら子供の方が軽くていいから、俺に命が下ったんだ」
子供が使者でもおかしくない理由をつけて、とんとんと馬の首をたたいてやると黒馬は少年に鼻面を擦り付ける。
「ははーん。お前、孤児でどこぞの農場からかっぱらった馬を売りに来たのか。だから何としても中に入りたいんだろう」
「違う!」
決めつけてきた男を睨んだ少年は路銀を見せた。
「金には困ってない! 代官への使いだと言っている! 連絡を取れとは言わない。直接城に行くからここを通せ!」
「はっ! イキがりやがって。これもおおかた盗んだ金だろ」
下卑たニヤニヤ笑いで男が少年の路銀の入った袋に手を伸ばす。
が、一瞬早く少年は袋の口を閉め、腰にそれを戻して男の手を捻り上げ、投げ飛ばした。
「薄汚い手でそれを触るな」
「は? ぁあああ?!」
茫然と天を見上げた男が怒声を上げながら立ち上がると、呼び子を吹いて剣を突きつけて来た。
「門番として危険な人間を都に入れるわけにはいけねえな! 牢屋のくさい飯をご馳走するぜ。耐えられるか? ママのおっぱいしゃぶってるガキンチョによぉ」
「門番? 追い剥ぎやタカリの類の間違いだろ」
こちらはさすがに剣は抜けない。少年は徒手で相手と向き合った。
「おいおい、ただのガキだろ? さっさと入れてやれよ」
「後ろが詰まってるんだ!さっさと済ませろ!」
黄昏時、誰もが夜の帳が下りる前に街へ入りたい所に揉め事だ。苛立たしげな罵声を浴びながら相手と対峙すると、男が剣を振りかぶって突進して来る。
それを軽くいなして、先程一枚出しておいたコインを拳の中に収め、腰を入れて相手の腹を殴りつけると、男は腹を抱えて汚穢を撒き散らす。
「くそっ……ガ……」
門番がそのまま地に臥したのを確認し、少年はさして汚れもしなかった服を埃でも落とすかのようにわざとらしく払った。
「通って構わないか?」
「良いわけないだろ!!!」
駆けつけて来た兵士達に槍を突きつけられて少年は両手のひらを見せて害意がないことを示した。
「このゲス野郎が勝手に疑って勝手に因縁をつけて来たんだ。俺は通行手形も見せたし、陛下からリヒャルト・シュミットメイヤー卿の馬を届けに来たと来訪の理由も話した」
もう一度手形を突きつけ、黒馬の手綱を引いて見せると、困惑したように顔を見合わせた門番達は少年を門内の詰所に留め置き屋上に上がっていった。
そのまま待つことしばし、城から騎士がやって来た。
大柄の赤毛の若い男で、父にも似ている。
会ったことはないが、おそらく親戚なのだろう。
少年は膝をつき、礼をとった。
「副団長、この少年が陛下の使いであると強弁し、門番の一人を昏倒させました」
「その方、陛下の使いだというのは本当か?」
「代官宛の書簡を預かっております。宛名と封緘をご確認ください」
封筒を差し出すと、男は懐から出した別の封筒とそれをためつすがめつして、少年へと戻した。
「半信半疑だったが、間違いなく本物のようだな。うちの門番が失礼をした。城へ案内しよう」
門番になにやら合図したらしく、無礼を働いた男は引っ立てられていく。
少年はシュヴァルツに乗って、男と共に城へと向かった。
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