断章 後始末(ヴィルヘルム視点)
21話帰らぬ理由、少しだけ修正入っています。
ケインの首に手刀を当てて意識を落としたヴィルヘルムは彼を、王の庭のコテージの寝台へ運んだ。
硬く結ばれた瞼は時折痙攣し、目の下には眠れていないのが明らかな黒い隈、半年ほど前までは子供の丸みの残っていた頬は不自然にこけ、苦悶に歪む唇だけが赤い。
つい先頃まで健康で幸せそうな子供に見えていた少年は、成長期であるはずなのに痩せてひょろりとして不幸そうにみえた。
いや、不幸そうではない。まぎれもなく不幸なのだ。
この短期間で、実父と養父を亡くし、自らとヴィルヘルムの妻が原因で最愛の少女を亡くした。
自分の至らなさに胸が軋んだ。
イリーナやノーザンバラに対する憎悪や復讐心はもちろんだが、自らに対する憤怒が身を苛んだ。
だが、今はそれに浸る時間はない。交代の時間になれば護衛の有様が白日に晒される。
自分の師匠でもあるケインの父は少年を天賦の才がある、成人すれば大陸一の腕を持てると話していたが、親の欲目ではなかったようだ。油断していたにしても手練れである護衛を短剣一本で二人、騒ぐ間も与えずに屠ることなどそうそう出来ない。
ヴィルヘルムはケインの髪を切って袋に入れ、コテージから墓所に向かった。
ユリアの遺骸からその片足を切り落として持つと、絞め落とした鶏と狼犬を連れて部屋に戻る。ノーザンバラから友好の証として送られた狼犬はよく躾けられていて、静かに服従してくれた。
部屋に戻って床の上に鶏の血を振り撒くと死骸を犬に与えた。
狼と掛け合わせて作られたこの犬は、人を食い殺す事も出来る犬種だ。
鶏程度なら軽食にもならないのだろう、口の周りを血まみれにして鶏を丸ごと咀嚼した犬が羽根を何枚か吐き出した。
それらを片付けたヴィルヘルムは血だまりに赤毛を振りまいた。
そして、ケインの叔父で辺境地域の代官をしているベネディクトに事の経緯とこれからについて書いた書状をしたため、旅の装備一式と共に隠し通路に放り込んだところで、廊下が騒がしくなって、扉が叩かれる。
「陛下! ご無事ですか?」
ヴィルヘルムは子供の足を狼犬に投げ与え、眉を顰めて、それを食べ始める様を確認する。
そして犬がそれを食べ切る前に部屋に入るように告げた。
「大事ない。ケインが我が命を狙って忍び込んだだけだ。返り討ちにし、犬の餌にした」
凄惨な部屋の有様に、メルシアの精鋭であるはずの近衛の騎士は息を呑んだ。
「その足は……ケイン殿下の物ですか?」
「他の誰かだとでも?」
「……! いえ! ただ、なぜ犬に食わせたのかと」
王である男の迫力に近衛は頭を下げ、言い訳をするように尋ねた。
「犬の子、と蔑んで来たのだろう? ならば犬の腹に還すべきかと思っただけだ」
ほんの少し唇に笑みを刷いてそう告げるだけで、近衛たちの身体が強張るのが分かる。
「部屋が汚れた。清掃が済むまでコテージで寝るから片付けておけ。報告は全て明日で良い。コテージには誰も近づけるな。俺の安眠の邪魔はするなよ」
「御意」
高圧的に言い捨てて部屋を出たヴィルヘルムはコテージへと足を向ける。
足早に歩いていると、騒ぎを聞きつけたのかこちらへと向かうイリーナと鉢合わせた。
こちらを見て震えるイリーナに首を傾げ、自分が返り血にまみれている事に気がついた。
「ああ、これか? お前の望み通り、邪魔な子を殺したんだ。嬉しいだろう? 時が来たら子供を儲けよう。国を継ぐのに必要だからな」
血みどろの自分におびえた様子を見せたことにほんの少し溜飲が下がる。
だが、子供を儲けると言った瞬間に喜びを浮かべた女を見て、高揚した気持ちが根こそぎ悪心に置き換わった。
「嬉しい! もう貴方の王位を脅かす者はいないわ。私と貴方の子供が産まれたらノーザンバラとこの国の関係も盤石になり、お父様も喜びます」
イリーナの言葉に気持ちが逆撫でされ悪心が強まったが、それを表に出さずにヴィルヘルムは彼女の手を取ってその甲に慇懃に口付けた。
「我が妻よ。お前には俺の役に立ってもらいたい。ノーザンバラとこの国を繋いで助けてくれるな?」
「もちろんです。私の気持ちが通じたのね!」
無邪気に喜んでいるこの女が薄ら恐ろしい。だが、彼女を御して操らなければ、ノーザンバラという巨大な帝国を瓦解させる事は出来ないのだ。
「ああ、お前の献身に期待している。今日は少し疲れているから一人で寝るが、近いうちに必ず訪れよう」
悪態をつく時さえ上品に微笑んでいた兄を思い出しながら、ヴィルヘルムはなるべく優しげな顔を作って、イリーナを部屋にエスコートすると、コテージに戻った。
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年内もう1話更新したく、鋭意努力中です。




