隔絶
時系列は41話罪と罰の続きになります。
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少年は重い瞼を開けた。
体は鉛のようで指一本持ち上がらない。何があったのか思い出せなくて、眼球をキョロキョロと動かすと、傍に控えていた侍従が飛び上がるように立ち上がった。
彼はヴィルヘルム付の侍従で、元はエリアス付きの一人だった気がする。
目を覚ました時に見た顔が、自分につけられた使用人ではなかった事にほんの少し安堵した。
「…………」
声を出そうにも喉が枯れ果てていた。かさついた唇を動かすと心得たように背中の下に枕を入れられ、水を飲ませてくれる。
「ユ……リア……は?」
小さく尋ねたが侍従はそれに何も答えず、沈鬱な表情で首を振った。
「今、陛下をお呼びして参ります。詳しくは陛下にお尋ねください」
それを待っている間に浅い眠りに落ち、再び目を開けると、ヴィルヘルムがかたわらの硬い椅子に腰掛け、眉間に皺を寄せて書類を読んでいた。
久しぶりに会った彼は以前会った時に比べて頬がこけ、目の下に隈が張り付いてひどくやつれていたが、瞳だけは鋭い光を佩いたままだ。
「体調はどうだ?」
視線に気がつき書類を置いたヴィルヘルムは、ケインの額の上の濡れた手巾を冷たいものに変えてくれた。
「…………」
その口調も気遣いもいつもと変わらず、いたわりに満ちていたが、今となっては何もかもが白々しかった。
嫌悪を覚えて、無言のまま目を逸らしたが、それを体調の悪さの肯定と受け取ったようでヴィルヘルムは穏やかに続けた。
「毒の影響だ。お前は丸2日、昏倒していた。危ないところだったが、意識を取り戻したのなら大丈夫と侍医は言っていた。薬湯を飲んで毒を出しきればすぐに治るだろう」
「ユリアは……」
ケインにとって自分の体調よりもユリアの方が大切だったから、先ほど侍従にした質問を繰り返す。
「侍女がお前達二人を見つけた時にはすでに事切れていた」
少年は天井を睨み上げ、唇を噛み締めた。
罪悪感が身を苛む。侍女がついていたらすぐに対処できて助かったろうか。持ち回りになった侍女の誰も彼もがその務めをサボったり嫌がらせをしてきたから、遠ざけたのは自分だ。
涙は出なかった。
腹の奥底にどろどろと、蠢く溶岩のような憤怒が渦巻いて、涙を渇かし尽くしているかのようだった。
「何故、毒見を通さずに食べ物を食べた」
厳しい顔でなされた強い非難に顔が歪む。
「……しま、した……。王妃殿下がつんだ……んです。ふたりで、その場で食べて……持って帰るように……言われたんだ……」
「食べ残した皿と苺の木の中に偽苺が混ざっていた。手入れを怠った庭師は処した」
事故、あるいは庭師の犯行として片付けるつもりだと理解してケインは枯れた喉で必死に訴えた。
「ちが……う、庭師じゃ……ない。彼は義父上と約束した……んだ。僕も毎回、確認してて……毒を……もった……あのおんな……」
悔しさに血を吐きそうだ。体を起こして、伏すようにベッドの上を躄ってヴィルヘルムの腕を掴んだ。
「にわし、じゃない。あのおん…な、あいつがぼくたちに……毒を……」
「これは、事故だ。既にそう結論づけられてしまった」
ばっさりと切り捨てられて、ケインは確信した。彼は自分達を裏切って妻であるイリーナを庇っていると。
「……あのおんなのせいか……いや、まさ、か……あなたのせい……ユリアを……疎んで……? 王位は……そんなに」
感情が昂ぶって普段なら心の底に留め置ける疑いが、乾いた喉から溢れ出る。
「落ち着け! 俺はそんな物欲していないのはお前だって知っているだろう! それに、殺す気なら、今殺せた、別に待つ必要はない」
ケインは意見を聞いて冷静に結論を出せるだけの資質を持っている。
だが、ここしばらくの辛い生活と王の庭で獣に襲われた事、苺の庭での彼の妻の裏切りによって猜疑の芽が埋め込まれたケインはその資質を活かすことが出来なかった。
「しんじ……られる…か。まさか、義父上もおまえが……ころし……たのか」
腹の底に溜まった昏い怒りが憎悪と疑いと共に噴き出し止められなくなった。
ヴィルヘルムをなじると傷心と憐憫とが入り混じった顔で言い返される。
「そんなわけないだろう! 毒のせいで変な妄想に囚われているんだ。まず体を治せ。話はそれからだ」
ばしん、と書類を叩き立ち去った男の後ろ姿はひどく遠くて、ケインは唇を噛み締めた。
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