死産
タイトル通りの内容です。苦手な方は苦手かと思いますので、お含みおきの上お読みください。
王の葬儀から二ヶ月ほど経ったその日、義母の私室は騒然としていた。
陣痛が始まった義母の部屋にケインとユリアは駆けつけたが産婆に追い出され、隣のユリアの部屋で新しい命の誕生を待っていた。
「なんだろう……」
廊下を走り回る音、怒号にも近い声が切れ切れに聞こえ、慶事である事を感じない。
不安にユリアと顔を見合わせ、扉を薄く開けると黒いジャケットに黒い皮の鞄を持った男が部屋の前を走って行くところだった。
「お医者様…?」
出産は産婆の領分で、医者が呼ばれる時は母体か赤子に問題があった時だ。
「行こう!」
矢も盾もたまらず、震える手でやはり震えるユリアの手を取ってオディリアの部屋に行くと、そこには混乱と悲嘆に満ちていた。
「お戻りください!」
控えていた侍女が二人を追い出そうとするのをするりと躱して義母のいる寝所に向かった。
扉は開かれたままだったが、血の匂いを感じてケインは一歩踏みとどまってユリアを後ろに庇った。
「かあさま……!!」
「ユ………」
かすかな応えにユリアがケインの後ろから飛び出して母の傍らに走り、出産ための特殊な椅子にぐったりと身体を預けたその手を握りしめた。
「かあさま、大丈夫?」
「生まれてすぐ少し泣いたきり、泣く声が聞こえないの……!」
オディリアの手が縋り付くように動いてユリアの隣に控えたケインの腕を掴んだ。
おろしたままの髪が乱れ、掴んだ腕に力が入る。
「エリアスの子は……どうなったの?」
仕える者は自分を慮って言わない、ユリアには聞けない、ケインならば戦場に立ったこともあるから聞くことができると思ったのだろう。血走った目で尋ねられ、部屋の奥の医師へと視線を走らせて、ケインは唇を噛み締めた。
治療のための寝台でうつ伏せにされ、背をこすられている嬰児は蒼白で生きている気配を感じない。だがその事実を口に出すのは躊躇われた。
「奥様! 動かないでください! お身体に触ります!」
ケインの様子で何か察したのか、産婆が止めるのも聞かず、オディリアが椅子から身を起こしてよろりと立ち上がった。
覚束ない足取りで医師の方へ向かうオディリアに医師は沈鬱に首を振る。
「産婆が、臍の緒が首に巻き付いていたと……手を尽くしましたが……」
「嘘よ……! 私は泣き声を聞いたわ!」
取り縋るオディリアを遠慮しがちに押し返した医師は、痛ましげに赤子を布にくるんでオディリアに抱かせた。
「美しい息子さんでしたから、神が手元に留めおきたかったのかもしれませんね……お悔やみ申し上げます」
「そんな……」
オディリアは膝から崩れ落ち、動かぬ赤子を抱きしめて慟哭した。
義父の死に向かい合った時、背を伸ばして威厳を保っていたのは強がりで、新しい命の誕生に縋っていたのだ、と、義母の取り乱し様を見てケインは察する。
「かあさま……」
慰めの言葉もなくユリアと二人でそっと義母に寄り添い、共に涙を流す。
オディリアは生の欠片でも残っていないか、確かめ探すかのように白く冷たい嬰児の顔を触って見つめ、その顔が強張った。
「首が絞められてる! 誰かがこの子を殺したのよ! ねえ!」
「絡まっていた臍の緒の痕です。出産の後で王子妃殿下もおつかれでしょう。一度お休みになった方がいい。誰か、殿下をベッドにお連れしろ!」
「まさか、あなたが殺したの! エリアスの忘れ形見を!」
オディリアは嬰児の骸をユリアに押しつけ、医師に掴みかかった。
「義母上! 落ち着いてください!」
ケインはオディリアの胴に抱きついて錯乱するオディリアを抑える。貴婦人然とした彼女にこんな力があるのかと、場違いながら驚いていると、硬い顔のヴィルヘルムが部屋に飛び込んで来た。
「リア!」
「ヴィル、もしかしてあなたが、殺させたの!? エリアスの子が邪魔よね!」
「そんな真似をするものか! 兄貴とリアの子だぞ! 俺にとっても大切な甥姪だ!」
ヴィルヘルムに食ってかかるオディリアの首をケインは手刀で落として、崩れ落ちるその身体をなんとか支えた。
「義母上も、突然のことで受け入れられなかったんでしょう。お休みになられれば落ち着くと思います」
「俺がベッドに連れて行こう」
軽々とオディリアを抱き上げたヴィルヘルムは寝台に丁寧に寝かせて、暖かな上掛けをかける。
冷たい骸をユリアから受け取ると、ヴィルヘルムは痛ましげに冷たい頬に触れた。
「二人とも部屋に戻りなさい。リアのことは任せて。それと、この子の死因はちゃんと調べるから」
ケインはヴィルヘルムに会釈をして、震えて固まったままのユリアの手を取って部屋を出た。
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