手合わせ
石で組んだ道は曲がりくねっていて何本か枝道がある。
「この道は外廷に繋がっている。それとこっちは宝物庫だ。有事に持ち出せる余裕があれば国宝を持ち出して逃亡できるようになっている。宝物庫の隠し扉の開け方はお前が王配になると決まったら教えてやる」
「高低の感覚が狂いますね…」
「気が付いたか。道が微妙に傾斜がかっているんだ。だから……」
ヴィルヘルムが壁の石を3箇所強く押し込んだ。すると石壁が開いて細い通路が出てくる。
「ここはもう一階、王の庭の建物の中へ続く道だ。他の道もこういう仕掛けがあって知らないと開けられない。そこら辺は追々教えてやる。先祖はこの道を使って、愛人との逢瀬を重ねたそうだ。王の庭は他から見えないから、部屋にいるふりをして、相引きを重ねたとか」
細い道をしばらく歩くと、ほどなくして行き止まりになった。
「ここにランタンをかける。で、そっちの角を爪先で蹴ってみろ」
壁が回転するかのように開いて、ケイン達は物置部屋に出た。
「さ、こっちだ」
ヴィルヘルムに連れられて建物を出る。振り返るとそこにはこじんまりとした農家風のコテージが建っている。
「さっさと始めるぞ。あまり遅くまで起きているのも良くない。歩いてきて身もほぐれただろ。ほら、かかってこい」
庭は焚かれた篝火で稽古出来る程度の明るさがあった。
ケインは基本の通りに構えると、ヴィルヘルムに打ち掛かる。
「様子見か?」
軽くいなされて、逆にヴィルヘルムの木剣が腹に吸い込まれる。
「くっ!」
かろうじて避けたところに大上段からの一撃。木剣を使って止めると手が痺れるかと思うほど重い。
ヴィルヘルムの剣の切り返しはそこからさらに早かった。
さらに一撃、二撃、三撃と素早く上下左右から打ち込まれ、ケインはそれをなんとか受け流した。
剣の速さに慣れて、動きについていけるようになったと思った刹那、ヴィルヘルムから脚が飛んでくる。
「卑怯!! じゃ、ないです……か」
腹にもろに食らって、うずくまったケインにヴィルヘルムは手を差し出した。
「戦場ってのは生き残った方が勝ちだ。ほら! もう一度」
立ち上がってケインは素早く突きを繰り出す。それを跳ね上げられると腰を落とし、剣を薙ぐ。
「いいぞ!」
父の指導でヴィルヘルムと手合わせをした事はあるが、父がエリアスと旅に出てからは機会がなかった。
「父上と一緒の時は、手を抜いて……ましたね!」
上がる息を抑えがら言うと、にやりと笑った男は剣を投げつけてくる。とっさにそれに反応すると足を払われ、投げ飛ばされる。
強かに背中を打って痛みにのたうつと、少し慌てたようにヴィルヘルムはケインを抱き起こした。
「手は抜いてない。正しい戦い方だけで縛って戦ってたんだ。リヒャルトはこういう戦い方にいい顔しないからな。そもそも全く通じないし。リヒャルトは強かった。俺でも三本に一本しか取れなかった。師匠が護れなかったなら、誰にも護れなかった。リヒャルトの事を役立たずと罵るのは、自分の身内が亡くなった事を噛み砕けていないか、何も知らない馬鹿だ。そんな奴らのいう事を真にうけて、実の父の事を蔑んではいけない」
頭を撫でられて、涙が溢れ出た。
ヴィルヘルムの胸に顔を埋めて嗚咽を漏らす。
義父の死は悼めても、亡くなったであろう実父の事は悼むことが出来なかった。
悼んではいけないと思っていた。だが、その思い込みを壊されて胸の奥に閉じ込めていた思いが溢れ出た。
耐えきれなくなって声を上げて泣いた。
ヴィルヘルムに縋りついて、言葉にならない声をあげて体中の水分が枯れるかと思うほど泣いて、ケインは真っ赤になった目でヴィルヘルムを見上げた。
「あ……の、ごめんなさい」
「子供なんだから、好きなだけ泣け」
「子供じゃないです!」
またぐしゃぐしゃと髪の毛を乱暴にかき混ぜられた。
「ぐしゃぐしゃにするのはやめてください! 僕の毛、絡まりやすいんです!」
「ようやくいつもの調子が戻ってきたな。ほら」
二人で並んで地面に座り、腫れた目を擦って水袋を渡されて口をつけて飲み、半分ほど開けたそれを返すと、ヴィルヘルムはそれを飲み干した。
「結構いい時間になったな。そろそろ帰ろう。仕事もしないとヤバい」
うんざりとした口調にケインは首を傾げる。
「葬儀の夜から仕事ですか?」
「今まで大人の王族で手分け出来た物が、集約されて俺に戻って来ているからな。振れるものは部下に振りたいところだが、まだ見極められていないんだ」
考えてみれば、今まで王太子がやっていた仕事をやるにはユリアは幼すぎる。
義母が補佐するにしてもあと二ヶ月ほどで子が産まれるのだ。そろそろ無理は出来ない頃合いだから、任せられる状態ではない。
そして、先程盗み聞きした限り、イリーナには国の運営には関わらせられないと考えているように思える。
なるほどと頷くと愚痴めいた話が続いた。
「兄貴がなまじ仕事が出来ただろ。王族の仕事にされた事が多いのなんの。あいつが口先で騙くらかして王に権利を集めたんだろうし、確かに国の安定を考えれば正しいんだが、何から何までやる事になっていてな。俺は兄貴ほど優秀じゃないから大変だよ……」
普段は自信に溢れて見えるヴィルヘルムの腰の引けた様子に、ケインは思わず男の手を包み込むように握りしめる。
「義父上はヴィルの方が王向きだって言ってました。ヴィルに出来ると思ってたんだと思います。僕もいっぱい勉強して、稽古もたくさんして必ず助けますから」
「それは頼もしいな。期待している。さて、帰ろう。帰りの操作も覚えてもらうぞ」
「もちろんです! また、時間が空いたら稽古してください!」
「ああ。しばらくは無理だろうけどな。早く一息つけたいよ」
ヴィルヘルムは渋々と立ち上がって肩を回した。
再び隠し扉を動かして王の私室に戻り、雑然とした部屋を整理してケインは部屋を辞去した。
この時はこれがケインとして親しく過ごせる最後だとは思ってもみなかった。
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