秘密の道
まずは着替えに付き合えと連れてこられた王の私室は、どこか雑然としていた。
黒貂の毛皮で裏打ちされた黒の天鵞絨のマントを乱雑に椅子に引っ掛けたヴィルヘルムは衣装部屋に移動しながら正装を脱ぎ捨て、生成りのレースアップシャツとトラウザーズを身につけ、防寒用の皮の上衣を纏う。
ケインはヴィルヘルムの後ろについて脱ぎ落とされた服を慌てて拾うと、侍従が用意したと思しきトルソーに上衣とマントをかけ、ドレスシャツとブリーチズを綺麗に畳んで、服についた装身具と共に小机に置いた。
「脱ぎっぱなしはダメです。服が痛みます」
「やってくれるのか。ありがとな。相変わらず素晴らしい気の利きかただ。が、ずいぶん口うるさくなった」
「口うるさくなんて……自分で侍従を下げたなら、自分でやってくださいってことですよ。葬儀用のマントは代々継いでいる物だと聞きました」
「ちょっとなら大丈夫だろう。床の上に置くわけでなし。お前だって早く稽古したいだろ?」
「片づけが先です!」
「顔は似てないのに、リヒャルトに似てきたな」
「……嬉しくない」
ヴィルヘルムの指摘に、喉の奥に物が引っかかった気持ちになって、ケインは俯いた。
エリアスの遺体は酷い有様であっても見つかった。だが、今だに乗っていた人間の半分くらいしか死体が上がっていないという。
口さがなかったり、身内の亡くなった者達はケインに対して責める言葉を口にする。
護れない護衛など無価値だった、逃げたのではないか、自分の息子は死んだのに、なぜ役立たずだった父の息子は生きているのかと。
ケインの中で輝かしい存在だった父は今や恥辱にまみれて煤けていて、父に似ているというのは素直に喜べない。
ため息を落としたヴィルヘルムは木剣を手に取るとケインと手を繋いだ。
「ほら、稽古するんだろう。とっておきを教えてやる。シケた面をするのはよせ」
子供っぽい仕草でケインの腕をひいてヴィルヘルムは本棚の前に立った。
「お前なら一度で覚えられるだろう。見てろ」
ヴィルヘルムは一冊の本を手に取って、本棚の本をずらしては5回ほど違う場所に突き刺すと、どういう仕掛けなのか壁が開いた。
「隠し扉?! これって僕が知っていいものなんですか?!」
「厳密には配偶者と世継ぎに教えるものだ。父上も亡くなった今、知ってるのは俺だけ、いや……兄貴が教えていればリアもだな。さすがにもう一人ぐらい知っておいた方がいいだろ。ユリアか生まれた子が男ならそっちに教える事になるが、二人ともまだ小さすぎる……というか、弟の方は生まれてもいないからな。他の誰にも言うなよ。イリーナには特に」
「いいんですか? なんで僕に」
イリーナ個人の人となりはさておき、ノーザンバラの繋がりからこの機密を教えられないのは理解できる。だが、自分に教える意味が分からない。エリアスの養子とはいえ、山の民、赤犬とも侮蔑される家門で、役立たずと謗られている男の息子なのだ。大体、王配になるとも決まっていない。
「俺はお前を大切な弟分だと思っているし、何かあった時に誰も知らないと困る。ユリアがお前の年だったらユリアにしか教えなかったさ」
困った子供に言い含める口調だったのは気のせいか。それを尋ねることも出来ずに扉を潜ると、先には細い通路が広がっていた。通路の中にかけてあるランタンに火をつけて手に取ると扉が閉まっていく。
「すごい……」
「父上から教わったときは俺もおどろいたよ。どういう構造なのか分からんが、兄貴は柄にもなくはしゃいでいろいろ調べていたらしいから、兄貴なら仕組みも教えてくれたかもな」
ランタンを掲げて、道を照らすとヴィルヘルムは言葉を続けた。
「ついて来い。中であちこちに繋がっているから迷う場合がある。気をつけろ。ああ、道も覚えろよ」
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長くなりそうだったので一度切りました。明日も更新予定です。




