断末魔(処刑シーン注意)
ナザロフ視点。処刑されるシーン注意。ざまぁにあたるかとは思います。
処刑場の熱気を盛り上げるように小太鼓が打ち鳴らされている。
その音は、故郷でよく聴いた雹が屋根を叩く時に聴こえる音のようだとナザロフは思った。
ナザロフは縄打たれて、部下達と一列になって朝の7刻から沿道に引っ立てられた。広場に着いたのは中天に日がかかる頃。
獄舎から処刑場までのたいしたことのない距離を石打たせる為にわざと遠回りで歩かさせたのだろう。
意識を刈られるほどではなかったが、自分も部下達も絶え間なく石や腐った食物を投げつけられ、痛みと屈辱で惨めなありさまになっていた。
目抜き通りと思しき商店街には露店や出店が立ち並び、小腹を満たせ食べ歩き出来る食べ物や、酒や菓子を売っていて、祭の様相を帯びている。
いや、実際のところ、この辺りには娯楽など、酒と煙草と賭博と娼館程度しかなく、それとて金がなければ通う事ができない。
そんな中の公開処刑はどの地域においても面白みのない生活に与えられた最高の娯楽だった。
ましてそれが庇いようのないほど凶悪な海賊であれば、皆熱狂するのも無理からぬ事だ。
ナザロフはこの状況から逃げ出す可能性を探っていたが、その手段も見いだせず、処刑を待つのみとなった。
部下が機械的に処刑され、ついにナザロフの番になる。
ナザロフは戦士だ。誇り高く戦場で死ぬか、斬首で死ぬ事は想定していたが、悪党として絞首刑に処せられる最期は考えてもいなかった。
だが、死は死であって死に方など関係ないと諦観と共に処刑台に上がる。
一段高くなったそこから下を望むと処刑台の右手で総督と思しき男と並んで正装をして椅子に腰掛けたエリアスの姿があった。ただ静かに自分を見つめる目には既になんの感情もないのが腹立たしい。
そして、一般人の侵入を防ぐ柵の一番前に青ざめた顔のイリーナを見つけた。
「ニコライ・ナザロフ。汝は徒党を組み、海賊として定期船に対して略奪行為を行い、乗客乗員の全ての生命と富を奪った。また十年前にメルシア王国の王太子の乗る船を同じように略奪し王太子殿下を含むメルシア王国の要人たちを殺害した罪についても詳らかになっている。その罪を以て絞首刑に処し、その死体をメルシア連合王国にて晒刑とする」
役人が刑罰を読み上げる間、ナザロフはイリーナの姿を食い入るように見つめた。自分が犯したという罪を聞いても時間の無駄だ。捕まった事に下手を打ったと反省しているが、自らのなしたことに罪悪感など毛程も持っていなかった。
隣にいたあの男がなにかを話しかけ、イリーナは微笑みを浮かべる。
男がイリーナを後ろから守るように抱きしめて、つむじに口づけている。処刑場でいちゃつき始めるなど阿呆の所業だが、無償の愛だの真実の愛だと折に触れて言っていたから、愛を確かめあうのに場所も問わないのだろう。
あの様子なら自分が死んだ後、男と上手いことやるに違いない。故郷に帰ることは難しいだろうが、ノーザンバラの王宮で色々な謀略に巻き込まれて過ごすよりも、この地で静かにつましく生きていくことの方が向いているかもしれない。
彼女には幸せになって欲しいと思う。
そう祈りながらイリーナを見つめていると、後ろの男が口を開いた。
『……ロフ、唇くらい読めるよな』
どうやら自分にだけ分かる様に話しかけているらしく、イリーナはその様子に気がついた様子もない。
視線が男に移ったことに気がついたらしい。男の唇が嘲笑うように歪んで、使えないはずのノーザンバラ語で言葉を刻む。
それを読み切った瞬間、ナザロフの身の毛がよだった。
『安心しろ。すぐに、この売女も、苦しめてから地獄に、送ってやる』
やはり、直感は正しかった。男はイリーナのことなど愛していない。
ただ、何か理由があってそのふりをしているだけだ。
なんとしても彼女を男から引き離したかった。
ナザロフは拘束された身体を振り回し、処刑人の手から二人の方へ跳ぶべく足に力を込める。
「取り押さえて、執行しろ!!」
神経質そうな男の声が耳に入り、首に縄がかけられて上に引かれる。
それは苦痛を長引かせる処刑方法で、群衆が快哉の叫びを上げている。
苦しさと共にじわじわと落ちる意識の中、ナザロフはその男から離れろという願いを込めてイリーナを見つめた。
すると男がイリーナの目を掌で覆った。
だから、聞こえるように大声で男から逃げるようにと叫んだ。
だが、もはやそれはそれは断末魔にしか聞こえなかったし、聞こえていても群衆の歓声でかき消されて届かなかっただろう。
奇しくもその意を汲めたのは、正面最前列に陣取り、男の唇を読んだランスだけだった。そしてもちろん彼はイリーナを逃すつもりなどなかったのである。
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来週水曜更新予定です。




