重い剣
鋼と鋼の激突する音が夜闇に響く。
火花でも散りそうなほど強く、何度も男の斧と己が剣を打ち合わせながらじりじりと外まで誘導して、ランスは荒い息を吐いた。
両手でも片手でも使える長めの剣は室外の方が有利だ。それに、レジーナとナザロフとの距離も取れたからひとまず戦いに専念できる。
ランスは男と自分の実力がどれほどのものか推測して戦いを組み立てる。スピードや技巧はおそらく自分の方が上、膂力は向こうのほうが上だ。
そして武器の性能は互角。
男の戦斧は東方のウーツ鋼を使ったもので、その身は厚く、剛く、重い。
男の力でそれを振るわれれば、生半可な剣、例えばランスがこの島で購った剣、ならば一撃で折れていたに違いない。
だが、今ランスが手にした剣はそれを易々と受け止めていなすことが出来た。
それはアレックスが命の次に大切にしている、リヒャルトの形見の剣だから。
戦いに集中しながらも、脳裏にこれを貸してくれた時のアレックスとのやりとりが蘇る。
「これを持って行け。あの男と戦うなら、今使ってるなまくらより、この剣の方がいいだろ」
「それはそうだが……」
「これはサーベルクの名工に依頼し、最高品質の白鋼で作らせた物だ。粘り強く、歪まず、切れ味は鋭い。お前なら使いこなせるだろう」
「だが、命の次に大切な形見じゃなかったのか? あの男と相手ならば、この剣をこの状態で返すことは不可能だ。下手をすれば曲がるなり折れるなりしてしまう。それでも貸してくれるのか?」
「……大切だとも。だが、お前の命には代えられないだろう。それに、リヒャルト……この剣の持ち主はあの男に殺された。だが、あの男と戦った時はすでに重い傷を負っていて、この剣が振れる状態じゃなかった。この剣で戦う余力もなく、あの男と戦う前に俺にこれを返して、短剣で戦って死んだ。だからこの剣も主人の仇を討てれば喜ぶだろう」
悲嘆に満ちた顔で押し付けられた剣は前に預かった時よりもずっと重かった。
あたかも、リヒャルトとエリアスの無念が籠っているように。
ランス……否、ケインは剣を突き出し、手を捻って相手の斧の勢いを殺すとぐっと踏み込んで剣の鍔で相手を殴りつける。
「くそっ!」
苛立たしげに男は、殴られた口元を拭って唾を吐いた。
「前に戦った時も思ったが、嫌な剣筋をしてやがる。無くした目が疼いてしかたねぇ」
「そいつはどうも」
「テメェとは戦いたくねぇな。労力の割に実が無さすぎる。姫と一緒にノーザンバラに来るか? それならお互い面倒がない。メルシアを裏切ってでも姫といたかったんだろ? 姫もお前と一緒に祖国に帰る願いが叶って喜ぶだろうさ」
「……お断……っ! と、返事も終わらないうちに。端っから答えを聞くつもりもなかっただろ」
男の不意打ちは予想できていたから、最低限の歩幅で避けて、ケインは肩をすくめた。
「あーあ、油断した隙に殺れると思ったんだがな」
「油断するものか。お前が卑怯で狡猾なのは知っている」
「言ってくれる!!」
嵐を彷彿とする風切り音と共に男が斧を横薙ぎにする。バックステップでかわして剣を打ち下ろすと、今度は男がそれを易々と避けて斧を振りかぶった。
「そらよ!」
咆哮と共に落ちてくる刃を剣で受け止めると、凄まじい衝撃と、刃こぼれしたと分かる金属音が上がる。体重に押されるままに押されて、男がさらに体重をかけようとした瞬間、ケインはほんの少し力を抜いて、相手の斧をいなして膝をつき、砂塵を掴んで、相手の顔にぶつけた。
「ぬぁっ!」
相手が目を擦る隙に体勢を立て直して攻撃を仕掛けた。だがそれを読んでいたのか、ナザロフは攻撃を躱し、斧の柄でケインの腹を突いてきた。
「実に、実に、野良犬らしい薄汚さだ。目潰しをかけて、片目の男の死角側から攻撃を仕掛けるところなんざ感心する!」
胃液を吐き、しゃがみ込むとみせかけたケインはそのまま足払いを仕掛ける。
「そういうとこだ!」
言葉を交わす労力は無駄だ。ケインは相手の隙を作るべく猛攻を仕掛けた。鼓動が跳ね上がって、興奮で瞳孔が開く。
この男は父を殺して、義父を犯して性奴隷に堕とした仇だ。
当然、恨みや憎しみを強く抱いているが、それとは別に強者との戦いを悦ぶ狂犬じみた本能も感じる。
どれほど仕掛けてもそれに対抗して反撃してくる。一撃一撃で命を取られる恐怖と相手を屠る期待感に打ち震える。
歓喜と共に加えた大振りの一撃、頭を割るかと思われたそれは避けられ、ケインはたたらを踏んだ。
体勢を整えながら振り返ると男の斧が一閃する。かろうじて躱せたのは男の動きも鈍っているから。
これ以上長引かせるのはよくないと、ケインは男から距離を取り、投擲用のナイフを隠しから取り出して投げた。
「うぜぇ!! 便所蝿かよ!」
掠ったのはたったの一本。後の半分は避けられ、残り半分叩き落とされたが、十分だ。
相手の間合いに入り、身を守りながら、ケインは待った。一撃で腕が吹き飛びそうなほどに重かった相手の一撃がだんだん軽くなって、それが効いたと確信する。
「なん……だ?」
男は片手で振り回していた斧を両手で握り直した。そうしないとそれを支えておけないのだと、ケインは知っている。
「おや、どうした? お疲れか?」
「俺を卑怯だと言ったが、てめえが唾棄すべき卑怯者だ! さっきのナイフ、毒が塗ってあっただろ!」
「毒殺を狙うような無粋な真似はしないさ。ただ、そうだな……ほんの少し、筋肉の力を削いだだけだ」
「……っ! 戦士の風上にもおけねえ、蛆虫が……」
「俺だって、強者との戦いを愉しいと思う気持ちはあるんだ。が、あんたは俺にとって害獣みたいなものだ。害獣退治に手段は問わないだろ」
「豊かな大地を食い散らかすメルシア人こそ害獣だろうが!」
身体に痺れが回っているとは思えない、素早くがむしゃらな攻撃がケインを襲う。
最後の猛攻と思っても、それを受け続けるには残りの体力と気力を根こそぎ奮い立たせる必要があった。
相手の隙ができるまでと耐え忍んでいたが、手負いの獣のごとき斧は予想を上回る動きをして、ケインの瞼を掠めた。
目の上に熱い痛みが走り、滴った血が瞳を灼く。
だが、ケインは怯まずに、横に体を回り込ませて、全力を込めて、男の腕に父の剣を振り落とした。
「はっ?! あああ!!……! チクショウ…!!」
さらに一撃喰らわそうとしたケインを突き飛ばした男が間合いから離れ、落とした腕を掴んで傷口で押さえ、踵を返して逃げ出した。
「待て!」
呼笛を吹いて撤退の合図をしながらよろよろと走り去る男を追おうとしたケインだったが、足が突然、力を失う。
相手が逃げた事で、限界を迎えていた体力が尽き、気力の糸が切れたのだ。
「くそったれ」
情けなさにケインは歯噛みをし、地面に剣を突き立てそれに体を預けて、なんとか立ち上がると俯いた。
地面に滴り落ちたのは血か汗か、それとも涙か自分でも判別がつかなかった。
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次回更新は7日水曜の予定です。




