現場猫
エリアス=ウィステリア=アレックス(アレク)です。
落とし格子のある立派な門はどんな敵も寄せ付けない。だが運用がしっかりしていなければ無意味だ。
数年前まで海賊討伐の最前線だったこの島も海軍と私掠船団の活躍で治安はマシになって平時の門番は最低限しか配置されなくなった。
総督は元々文官の出身で軍備、防衛といった事に明るくない。
エリアスの仇とばかり海賊討伐に張り切っていたのはウィステリアに出会うまで。
アレックスが私掠船団を統べるようになってからは、彼らにこの辺りの治安をほぼ任せ、海軍への予算配分を減らし、砦への配備を手薄にした。
砦に攻めてくる前に私掠船団がなんとかするから、砦の警備は最低限でいいだろうという目論見だ。
もちろん夜は門を閉めていたから普通にしていれば海賊の侵入を許すはずがないのだが、海軍に助けを求めに行った男は一人で閉められないし昼は開いているし急いでいるからと格子を閉めなかった。
というわけで、海賊たちは易々と城館への侵入を果たしたのである。
館を打ち壊し、部屋の貴重品を略奪し、隠れていた使用人達を捕獲して、レジーナとガイヤールの元に近づいていた。
「総督はドアの横に隠れて、入って来たら椅子でたたいて」
「銃で撃った方が良くないか?」
「音で他の人に気づかれるし、当たらないからダメ」
全てランスからの受け売りなのだが、何度も命を狙われているからどういう手段を使えば生き残りやすいのかは理解している。
荒っぽい足音が聞こえる中、全く頼りにならなそうな総督と共に何が一番マシか考えをまとめてレジーナは覚悟を決めた。
汗がじっとりと滲み出る手足が震えて激しい心臓の音が耳元でがなり立てるように鳴る。気持ちを奮い立たせてその足音が近づくのを待った。
海賊が入ってきた瞬間、総督が椅子を振りかぶって男の頭に振り下ろした。男が倒れた瞬間にレジーナは総督の腕を引いた。
「にげるよ!」
「どうして?!」
「話は後! 走って! 外に!」
階段を駆け下りて、一階の廊下を走る。海賊達の声が聞こえて、外に行くことは不可能だと悟り、手近な部屋のクローゼットに飛び込んだ。
「すまない……私が不甲斐ないばかりに」
「気にしないで。それより、しー、だよ」
ランスが隠れ方を教えてくれたし、刺客に襲われることは慣れている。
ガイヤールの事は心配だが、いつも通りにすれば隠れ切れるのではないか、そう考えたレジーナの甘い見込みはあっさりと崩れ去った。
ドアの開く音が聞こえ、クローゼットの扉が乱暴に開かれ、そこに吊られたドレスを毛むくじゃらの腕が押しのけた。
「みぃつけたー」
足首を掴まれ、引っ張られたレジーナは悲鳴を上げる。
「やめろ!」
黙って隠れていればいいのに、総督はそれを良しとしなかった。震えながらレジーナを抱きしめて庇った総督と二人、クローゼットから引き出された。
「総督、離して」
「い、いや……君を守らないと」
「私は平気。何も言わずにチャンスを見て。合図したら逃げて」
早口で小声のメルシア語でそういうと、レジーナは立ち上がって男を見上げ、巨躯と眼帯をした顔から、それが船で見た男だと確認して、ノーザンバラ語で男に話しかけた。
『前に定期船で、ママと話していたおじさんですよね。私はレジーナです。あなたについてノーザンバラにいきます。だから、ここの人達を見逃してください』
『どこのガキかと思ったらイリーナ姫の娘か。汚ねえ血が混じったメスガキだと思っていたが、人として最低限の知識は身に付けてるようだな』
『それで、ここの屋敷の人を見逃してくれるんですか?』
『売れるやつだけ売り飛ばして、金にならない奴は殺す。お前は問答無用で連れて帰る。いいか、混血。交渉できるのは、それだけの力を持つ奴だけだ。お前は道具としての価値はあるが、交渉するには色々足りない」
『わかりました……あなたに従います』
男の威圧感に震えが走る。だが、イリーナはその恐怖に負けなかった。男の目を見て、アレックスのように、にこりと笑いながら近づいて、隠し持ったナイフを男の腿に突き立てた。
それはランスが普段マントや服に仕込んでいる投げナイフで子供でも扱えるサイズだったから、護身用にと一本渡されていたものだ。
「っ!!! この!! クソガキがっ!!」
子供だから油断したのだろう。致命傷を与えるような場所は刺せないが、足を刺せば追ってくるスピードが遅くなる。
「総督!」
声をかけて、身を翻し、全力で走る。外に出て庭に逃げ込めれば、まだ隠れられるだろう。
『混ざりモノのスベタの分際で舐めやがって!』
だが、男は刺された足を気にした様子もなくレジーナを追いかけた。
庭に着く寸前に追いついた男は、レジーナのシャツの襟首を掴んでひっぱり、乱雑に持ち上げた。
首が締まり、息ができない。
レジーナは首元を引っかきながらもがくが、意識が薄れ、幕が下りるかのように黒い靄が視界に掛かっていく。
もう助からないと、諦めを抱いた時に唐突にレジーナは投げ出された。
受け身をとって咳き込みながらうずくまり、なんとか顔を上げるとそこには息を切らしながらも剣を構えるランスがいた。
「遅くなって、申し訳、ありません……」
「ランス……!」
「はっ……! ご主人様のピンチに間に合って良かったなあ! 薄汚れた野良犬め! くそ! 本当にお前は俺を苛立たせる!」
「おしゃべりは充分だ。あんたの口は臭すぎて、これ以上開かれると鼻が曲がる。さあ、決着をつけよう」
男は哄笑し、斧を構える。レジーナは男に気がつかれないようにそっと二人から距離を取った。
いつもお読みいただきありがとうございます。
49話公開しました。ストックが尽きましたので、毎週水曜に1話公開とさせていただきます。
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書くペース上げられそうでしたら、もう少し更新頻度上げたいと思います。
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