嫌な予感
遠くから砲撃音が聞こえた気がしてランスは眉間に皺を寄せた。
「今、砲撃音が聞こえなかったか?」
「……? 言われてみればそんな気もしますが、遠雷じゃありませんか?」
「聞こえた方向的に総督府の方かもしれない」
「ああ、でもそれなら砦からの応戦がありますからね」
リベルタ統治領に配備された海軍の旗艦艦長が自信に満ちた様子で答えるのでランスは頷いたが、胸のモヤつきを抑えることが出来なかった。
再びかすかな砲撃音に耳を引っ掻かれてランスは艦長に迫る。
「総督府まで戻った方がいい」
「今からですか? この辺りは操船が難しいんですよ。夜動かしたくない」
隠し港の側に船を隠し、ここに来た船を拿捕する計画だが、この辺りの海域はそう知っていても一瞬のミスで座礁するとても難しい海域だから、艦長の言葉ももっともだ。
だが、引いてはいけないと胸がざわめく。
「……では、ここを任せるから、ボートを貸してくれ」
「ボート…?! ここから漕いでいくのか?」
「まさか。陸から行くに決まってる」
「……分かった。水兵をつけよう。本当に襲われているようなら伝令に誰かよこしくれ。そうしたら何としても船を戻す」
「そうしてくれ」
艦長の指図でボートが降ろされ、号令と共に櫂が漕がれる。隠し港の中に乗り込んでボートを係留すると、海兵の一人が薄気味悪そうに港の片隅に吊るされて晒された何かを指差した。
「あれはなんだ?」
ランスはチラリとそれに目をやって首を振る。
「裏切り者の末路だ。それより急いでくれ。馬に乗れる奴はいるか?」
「二人は乗れる。後は無理だ」
「乗れない奴はここで番をしてくれ。私掠船団の船は分かるか?」
「全部はわからんが、フェア・オフィーリア号を知らない奴はいないだろ」
私掠船団の美しい大型船はこの辺りで生活する者の間で有名らしい。ランスは懐に入れた手帳に殴り書きで伝言を書いて、残ることになった四人のうちの一人に破り取った紙を渡した。
「私掠船団の船が帰ってきたらアレックスにこれを渡してくれ」
洞窟に繋がれた三頭の馬に鞍をつけるとアレックスは馬に跨った。
「道が分かるところまではスピードを合わせるが、それ以上は先行させてもらう」
一人で行った方が早いが、人手が必要になることもあるだろう。ランスは馬の腹に軽く鉸具を当てて、馬の足を歩ませる。
カンテラを片手に先を示しながらしばらく道を駆けて、ランスは馬を降りて手綱を握った。
「待たせた」
少し遅れてやってきた二人にも指示して、馬と共に薮を抜ける。刺す虫がいる為、馬の尾が不快げに揺れている。
「これは知らなかったら分からんな……」
感心しきりの海兵と共に悪路をしばらく歩いて海岸に出ると、ランスは再び馬に跨った。
「ここをまっすぐ行けば飾り窓通りに出る。そこからエリアス島への行き方は分かるな? 時間が時間だ。気をつけて行け」
言い捨ててここまでの遅れを取り返すべく、馬を全力で走らせた。
お読みいただきありがとうございます。ブクマ評価お待ちしています。




