総督 危機感の欠如
砲撃音が鳴り響いて、レジーナは飛び起きた。
悪い予感がして、アレックスのところから着ていた男子の服を身につけて、髪を雑に括った。
何かあった時に早く逃げるため、着替えはランスに叩き込まれていた。男子の服ならさらに手早い。
控えの部屋で仮眠を取っていたメイドを叩き起こし彼女を連れて部屋を飛び出して、総督の部屋の扉を叩く。
「総督! 起きて!」
ドアが開いて、薄手のシャツと緩いズボンにサッシュを巻いたごく軽装の男が顔を見せた。
「まだ、寝てはいないよ」
「大砲の音がしました!」
「ランス達が戦っている音じゃないかな。夜だから良く響く」
「違う! もっと近かったの!」
ドォンという音が再び館を揺らした。
「これは、確かにここが砲撃を受けているな。まずいぞ」
焦った様子でガイヤールは言った。
「今日、ここの砦を守る兵士はほとんどいないんだ……」
「どうして?!」
「その……ウィステリアが心配で、ランスに貸し与えている以外の海軍を全部奴隷島に送ってしまってね……」
「え??」
最悪な状況だと六歳児でもわかる。
ここにランスがいたら半殺しになるに違いないことをさらりと言った総督は頭を掻いた。
「総督、逃げましょう。海亀島のランスのところまで馬で逃げれば」
「こんな夜に馬に乗って逃げる技量は私にはないよ! 馬車だと逃げ切れないだろう。誰か、馬に乗れる者はいるか?」
この騒ぎで集まってきた使用人に総督が問うと、一人の男がおずおずと手を挙げた。
「一応乗れます」
「この子を連れて海亀島まで行ってもらいたい」
「あ、誰か乗せては無理ですし、海亀島にこの時間この子を連れて行くのはちょっと……。海亀島に配された部隊まで救援を求めに行けばいいですか?」
ガイヤールが是を出すのをためらっているのを感じてレジーナは震える拳を握りしめた。
彼は自分を逃す方法を考えているのだろう。
アレックスに頼まれた王女、その片方だけでもガイヤールが自分を守ってくれようとする理由に事足りる。
「総督、私は総督とここで助けを待つから大丈夫。皆と一緒にいた方が安心だもの」
唇の端の震えを抑えつけて、習った王女らしい笑みを浮かべて総督に言う。
「ですが……」
まだ躊躇する様子のガイヤールではなく、馬に乗れると言った男にレジーナは声をかけた。
「一刻も早く、連れて戻ってきて。ランス・フォスターにも必ず伝えてください。よろしくね」
レジーナの持つカリスマ性に男が頭を垂れて厩舎に走っていく。
「総督! どこか隠れられるところはありますか? もしくは街に逃げるとか……」
「地下はどうだ?」
「そこから逃げられるならともかく、地下室ならだめってランスが言ってました。隠れ場所として必ず探すし、逃げ場がなくなるって」
「ここの砦の入り口が早々破られる事はないと思いたいんだが……」
総督府は海岸沿いの一帯から内陸にかけて二重の壁を築き、その間には空堀も造られている。
海賊との前哨基地として造られているため、海からの砲撃にはびくともしないはずだ。
「皆で分かれて隠れましょう」
「ああ。だが、君は私と一緒に隠れてくれ。いざとなったら私が盾になる。……いや、武術はからっきしだから、肉の壁程度かもしれないけれど」
「じゃあ早く。私、ランスに色々教えてもらってます」
「心強い…! ウィステリアと同じ強さを感じる……」
胸を押さえて跪くガイヤールを立たせてレジーナは隠れる場所を探した。
「チェストはどうだい?」
「ダメ。鍵をかけられて運ばれちゃうの。黙ってついてきて!」
立派な大人だと思っていたのに、レジーナよりも動揺していて全然頼りにならない。
「外のお庭の方が見つからないとおもうんだけど……」
「虫に刺されるとすごく痒いから、おすすめできないな。この時期は夜刺す虫が庭にたくさんいる」
歩きながら外を見ると、ガイヤールがそれを止めた。たしかに虫に刺されたくはないから、外に出るのを止めてー部屋を片っ端から開けて、調べていく。
台所で水とお菓子や果物をいくらかもらって、使用人棟の物置にとりあえず隠れる事にする。
長い夜になるのだろうか。震える腕をさすったレジーナはおろおろと頼りない様の総督を落ち着かせると、ランスが来てくれる事を祈った。
お読みいただきありがとうございます。
ブクマ評価等いただけると、励みになります。




