青い血
「少なすぎるし、弱すぎねぇか?」
地下室を上がり扉を開けると石張りの廊下が階段の先に伸びている。
潜めてはいても人数が通ればどうしても起こってしまう足音を聞き、廊下に連なるドアから飛び出し襲いかかってきた敵を乱戦の末、昏倒させた後に不思議そうにルークが問うた。
「そうだろうな。海賊の本隊はここにいないはずだ。ここにいる奴は留守番と競売人の手下だよ」
足を緩めて他の皆を先行させながら、それを肯定するとルークの足が止まる。
「は?」
それを歩くように促しながら、アレックスは男の疑問に答えた。
「強襲をかけるには少ない人数だと思わなかったか? ランスもいねえだろ。同じぐらいの強さの敵がいるんだったら奴を連れてこないはずがないよな」
相手の船は乗組員、戦闘員含めて八百人ほど、競売人の手下まで入れれば千人を超すであろうことは掴んでいる。
総督がアレックスの素性に気がつかないという条件と強さで抜擢した精鋭三十人とはいえ、それで根城を襲うには人数に不安がある。
「じゃあ、ピンキーを殺した奴らはどこに……」
「今頃、ドルフからの情報でバレた俺達の隠し港に着いて、ランスが指揮する海軍と戦ってる頃じゃねぇかな」
「はぁあああ?!」
ルークの大声に、扉から飛び出てきた敵が走りよってくるのを銃で撃ち抜いてアレックスは肩をすくめた。
「大声出すなよ」
「お、おま……っ、さっきの良い話風なやつは建前で、それを知られる前にマーティンを船に戻したな?!」
「何のことだ? 面倒見のいい親父に大変な目にあった人達を託しただけだよ」
白々しく言い切ったアレックスの肩をルークが小突く。
「マーティンが知ったら大激怒だ。分かってんだろ。あの人が港をどんだけ大切にしてるか!」
ごまかせないと察してアレックスは肩をすくめた。
「知ってるし、悪いとは思ってるさ。だが、そうでもしねえと勝ち筋が見えなかったからな」
「海軍に知られちゃ、隠し港の意味ねぇだろ!」
マーティンが海賊として追われた際に偶然見つけた天然の洞窟は一見入れるようには見えないし、潮の関係で入れる時間が決まっている奇跡のような場所だ。
「ドルフが裏切った時点であの港の優位は失われてるんだ。場所を知っていて、優秀な航海士がいればあそこへまでの道は読めるからな。ノーザンバラからここまで来れる船乗りだ。それぐらいは余裕だろう。それにな、勝てば釣りが出るさ。あいつは大物だ。報奨金はこちらで貰う算段をつけてるし、親父に殴られる覚悟も出来てる」
「金の問題じゃねぇ! その程度の覚悟じゃ足りねえ、刺される覚悟だ。殴られるだけで済むと思うな」
「刺されねえよ。別のモンは刺されるかもしれねぇけどなぁ」
婀娜めいた声を作って耳許に下卑た冗談を落とすと、ルークは顔を赤らめて飛びずさった。
「やめろ! 淫魔!」
「酷い言われようだな」
笑いながらアレックスはレイピアを繰り出した。
ひっ! と小さな悲鳴をあげたルークの後ろで目を刺されて悶絶する男からアレックスは剣を抜く。
「ここは敵地だ。後の事を気にしても仕方ねぇ。今の俺達の仕事はお姫様を連れだして生きて帰る事だ。そっちに集中しろ」
身を返し、目を押さえる男に止めを刺したルークは剣の血糊を振り落としながらぽつりと呟いた。
「アレックス……あんたは良い奴だ。見た目はとびきりのシャンだし、頭も回るし鷹揚で平等だ。けどよ、たまに、自分勝手で冷血で傲慢だよな」
「言われなくても重々承知さ。元々が自分本位の人でなしだよ。取り繕い方が上手いだけだ」
なんと言うこともない、と露悪的に装った声は、自身でも分かるほど苦かった。
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