擦り切れた心
更新遅くなりました。お読みいただければありがたいです。
「その作戦には賛成しかねる。ウィステリアを敵の本拠地に送り込む無茶な作戦に海兵は動かせない。ランス、貴様もそんな愚策に賛成できないだろう?」
予想通りではあったが、ガイヤールの否に、アレックスはため息をついた。
「さっき説明したろ。俺は無茶な賭けはしない。海賊達はドルフの情報を使って私掠船団の隠し港にやってくる可能性が高い。そこをランスが迎え撃ち、あいつらが巣を離れているのを確認してイリーナを救出する。俺があの海賊と戦うことはならないさ」
テーブルの左右からの鋭い視線をいなし、決定事項のように告げる。
口を開かないランスと目を合わせると仏頂面は崩さなかったが、アレックスの言葉を肯定した。
「アレックス以外はイリーナの顔を知らない。相手が俺達の目論見通り動かないリスクはあるが、妥当な選択だ。行かせたくはないが仕方ない」
「え?! 同志だと思ってたのに?! ここで行かせるのを良しとするのか?!」
「……気持ちとしては、行かせたくはないが」
「ほら! ならちゃんと反対しろ! いや、なんなら彼を繋いで行かせないようにしよう!」
「始末するのはお前の方が先か」
「頭がおかしいと思っていたが想像以上だな……ランス、こいつ抜きで作戦を練り直そう」
「そんな時間はないか……。ガイヤール。アレックスの作戦はそれなりに妥当だし、俺は彼を束縛したいわけじゃない。俺が海賊を巣に戻さず、一網打尽にできれば良い話だ。行かせたくはないが、アレックスの用兵は信用している。それと、もう一度でも不埒な事を考えたのならば斬り捨てる」
剣の鍔に手をかけて抜き身を見せ始めているのだから、すでに脅しの域を超えている。
だが、ガイヤールはそれでも怯まなかった。
「さ、三回も行かせたくないって言ってるじゃないか! 気持ちは同じだろ?!素直になれ!」
「俺は理屈で決めたんだ。気持ちなど後回しだ」
剣を抜いたランスから青ざめたガイヤールを庇ってアレックスは二人に笑みを見せてやった。
「大丈夫だよ。海兵を二十も貸してくれれば充分だから」
「……精鋭を三十だ。三十付ける。この男がいないんだ。それぐらいはいないと不安……いや、もっと必要じゃないか?」
「不要だ。過保護なのもいい加減にしてくれ」
「貴方に何かあったら私は生きていけないっ!」
ガイヤールがアレックスの手を取って、泣き顔を見せる。それをすげなく振り払って、アレックスは立ち上がった。
「話は決まりだ。今日の夜、エリアス島に船を寄せる。海兵を三十人拾って奴隷島へ。ランスは戦艦と共に行動して隠し港を見張れ。なるべく傷はつけないで欲しいが、最悪砲撃で入り口を潰してもらっても構わない」
「アレックス……」
「ほら! ヴァンサン。早く帰って支度をして。それとジーノを頼む」
ガイヤールを追い出して、部屋に二人きりになると、アレックスはランスに言った。
「俺の作戦に乗ってくれてありがとう」
「本当は止めたかった。だから、ちゃんと戻って来て。あんたが戻ってこないのは、一度で充分だから」
「お前も必ず奴を捕まえてくれ」
「生死問わずだとありがたいが、なるべく努力する」
※ ※ ※
甘くむせるようなフランジパニの花の香が暑気と共に絡みつく。アレックスは競売人の館への隠し通路の出口の扉をこじ開けさせると、周囲を窺っていた者達に合図を送って、中に忍びいった。
船団員とヴァンサンに融通してもらった海兵達は結局三十人いた。そして数名の海兵達はアレックスが支度をした荷物を背負っている。
地下道の中は暗く、ランタンの灯りでかろうじて先が見える程度だ。
「アレックス、なんでこんな道をしってるんだ?」
アレックスと並んで海兵達に聞こえないようをな囁き声でマーティンが尋ねてくる。
「後ろ暗い商品の搬出入用だ。俺はここを通ったからな。商品として」
「なんだ。そんなら、もっと前に楽に潰せたんじゃねぇのか?」
マーティンの言うもっと前、というのはこの騒ぎが起こる前にという事だろう。たしかに彼らは私掠船団員と対立する事が多かったし、禍根を断てたのは確かだ。
「ここを潰したら、俺らにみかじめを払わずに商売する奴が減るだろ」
「いい事じゃねえか」
「美味いのはどっちか、考えるまでもない。奴らが取り扱う品物は高級だが違法だ。だが、それを俺たちが拿捕して国に収めりゃ、人間以外はまっとうな稼ぎになる」
「そりゃそうだが……」
「潰すコストとメリットが合わないものに手は出さないさ。平和や安定、そういうことを考えるのは俺じゃない。総督や王の仕事だ」
かつんと石組みの地下道に足音が響く。
かつては自分の事よりも国の繁栄や安定を考えていたはずだ。
だが、十年そこから引き離されて、自分の命を守ることだけに汲々としているうちにそんな気持ちは擦り切れてしまった。
いや、昔から少しばかり交渉事と書類の決裁が上手いだけで王として必要な資質に欠けていたのだろう。
心の裡で自嘲し、アレックスは切り替えた。
「そろそろ建物の中に入るぞ。警戒してくれ」
地下道の先の階段を登りきり扉をそっと開けると、薄暗い小さな地下牢が連なる作りの部屋になっていた。
眠そうな見張りを不意打ちで倒して、檻の中を見ると、それぞれの檻の中には数人の人間が服を奪われて全裸のままそれぞれに入れられている。男女問わず見目がいいのは当然理由があることだ。
声を上げる気力もなくこちらに淀んだ視線を投げる檻の中の彼等に、かっての自分を見出し、アレックスは安心させるように笑顔を作り優しい声で話しかける。
「声は上げないでくれ。海軍がいるのが分かるか? 俺たちは味方だ。あんた達を助ける。ボブ、鍵は開けられるか?」
ボブと呼ばれたこめかみに焼印のある男は針金状の物を懐から取り出して錠前に近づいた。ためつすがめつそれを確認すると、鍵穴に針金を入れて手早く鍵を開ける。
海兵の一人に持ってきた荷物を広げさせ、水と服を与え、マーティンに声をかけた。
「彼らを船に連れてって休ませてやってくれ」
「おいおい、ジジイは足手まといか?」
マーティンに不機嫌に尋ねられ、アレックスは首を振る。
「この人達は、かっての俺だ」
突然言われた言葉にマーティンは意味を取りかねたのか無精髭の残る顎をしごいた。
「俺もこんな風にここに放り込まれたんだ。そしてオークションにかけられて、娼館に売られた」
そう続けて、いまだに不安げな虜囚の手を取ってマーティンの前に連れ出す。
「だから、あんたにしか頼めない。護衛にもう一人置いていくから船で待っていて欲しい。それと彼らに食べ物を振る舞ってあげてくれるか? あまり食べてないだろうから」
アレックスの気持ちを理解したのだろう。マーティンは表情を緩めて頷いた。
「ああ、分かった。船で待っている。アレックス、死ぬなよ」
「生き汚なさには自信があるんだ。それに、こっちには奴はいないだろうしな」
「どういう……?」
引っ掛かりを覚えたのか、何か言いたげなマーティンにさよならとばかりに手を振ってそれを遮ると、アレックスは先に進む指示を出した。
お読みいただきありがとうございます。
しばらくアレックスのターンです。
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