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罪と罰

過去回想回。つらめ。

 

 苺の木が植えられている小さな庭は、今は亡き義父と婚約者の少女と自分の秘密の場所だった。もちろん庭師や護衛だった実父や父の部下はそれを知っていたけれども、義母にも叔父にも秘密だったのだ。

 義父エリアスは亡くなり、その父親だった王も元々弱っていた所に優秀な王太子を失うという心労に耐えきれず、その知らせを受けて程なく亡くなった。

 本来であればエリアスが王位を継ぎ、その後はエリアスの長子であるユリアが立太子されるはずだったが、即位前に亡くなったためヴィルヘルムが即位し、ヴィルヘルムが子を成すまでの暫定としてユリアが王太子位についた。


 継ぐ予定のなかった国を継ぎ、仕事に忙殺されたヴィルヘルムと私的に顔を合わせることもほとんどない。

 さらに、その頃、不幸な出来事が元で正気を失って幽閉された義母にもついに会えなくなった。

 そんな状況に胸を痛めたユリアは塞ぎ込んで部屋に閉じこもった。

 そして、自分は『エリアスを護れなかった役立たずの息子のくせに、王太子になったユリアの婚約者の地位に居座る恥知らず』と陰口を叩かれて、邪険に扱われて身の置き所がどこにもない。

 変わってしまった城内の雰囲気がつらくて、一人膝を抱えてそこにいた時に、彼女は突然そこにやって来た。


 王妃イリーナ。


 微笑みは甘い砂糖菓子のようで、背丈も12歳にしては大きいケインとそれほど変わらない。だが、ずっと細く、どこもかしこも柔らかな印象を与える。

 それなりに年上のはずだったが、それを感じさせない若々しさと可愛らしさがある。


「こんなところでどうしたの?」


「ここには入らないでください」


 大切な場所を踏み躙られた気がして、ふい、っと顔を逸らすと横に座わられ、髪の毛にその華奢な指が触れた。


「聞こえてなかったんですか!」


 強く言うと、指と同じように華奢な腕が少年の頭を抱き寄せる。

 その華奢さに似合わぬ豊かな胸の間に顔が埋まった。

 羞恥心でそこから逃れようと思ったが、頭を優しく撫でられて、力が抜けた。

 彼女の腕の中は、突然家族の優しさから投げ出されて孤独に溺れかけていた少年には暖かすぎた。


「寂しそうだったから……。私も寂しいから、こうしていましょう。ヴィルは私が役に立たないから、とても冷たいの……彼の役に立ちたい、なにかしてあげたいのに……」


 そう零されて、幼子にするように膝に寝かされる。

 そのまま優しく撫でられて、ここしばらくあまり眠れていなかったから、うとうとと眠ってしまった。

 目を覚ますと夕方になっていて、慌てて謝ると彼女は気にしてないと笑って、また来ていいかと尋ねられた。

 秘密と言っていたユリアの顔がチラついたが、彼女はもうここに来ているし、ユリアはもうここに来ようともしない、関係ないと割り切って頷いた。


※ ※ ※


 彼女との交流がしばらく続き、花だった苺は実をつけはじめた。硬い緑色だった苺の実が赤く色づき熟し始めた時は、前に父に教えてもらった美味しい苺の見分け方を教えてあげた。

 ありがとうという礼と共に与えられた微笑みは孤独に乾く日々に与えられた甘い水で、ケインはそれに依存した。


 そろそろ苺は食べ頃だろうか、一緒に食べようと楽しみに胸を膨らませながら苺の庭に行くと彼女はすでに指を紅く染めながら苺を積んでいた。

 小さな籠に入ったそれを一つつまみ、自分の口に放り込むともう一つつまんで少年の口に押し込んだ。


「……美味しい」


 昔、父とユリアと三人で苺を摘んでこうして食べさせあったのを思い出して、嗚咽が漏れる。

 泣きながらそれを話すと、彼女はふわりと微笑んだ。


「そんな思い出があったのね。摘んでおいたの。ユリア姫と一緒に食べながら殿下の思い出を話せば、きっと彼に会えるわ」


 籠を渡され、ハンカチで涙を優しく拭き取られる。

 心がぽかぽかと暖まり、泣いたことが少し恥ずかしくなって少年はその籠の取手を握りしめた。


「泣いたことは秘密にしてくださいね」


「ここであったことは二人の秘密ね」


 笑い合って別れた時は気がつかなかった。

 彼女の瞳にどこか思い詰めた色があったことを。

 


「ユリア。起きて。苺、持ってきたんだ。一緒に食べよう」


「ケイン……いや。ここにいる」


 部屋を暗くする厚いカーテンを片っ端から開けたケインは上掛けに潜り込んだユリアを少々強引に起こした。


「また泣いてたの? 目が溶けてしまうよ。まず顔を洗って。手伝うから。温かいタオル持ってきたからこれを当てて、その後冷たいので冷やそう。スッキリするよ」


 明るい兄を意識しながら、手早く洗顔の手伝いをし、寝台から抱き上げて、用意しておいたドレスを着せる。ケインでは簡単な作りの物しか着させてあげられないが、侍女が来ないから仕方がない。

 鏡台の前に座らせて、手入れが行き届かなくて艶が失われつつある髪を丁寧に痛まないように解かして編み込みを始めた。


「放っておいて」


「そうはいかない。また痩せてしまったじゃないか。ちゃんと食べないと。ご飯を食べられないなら、苺はどう? 一緒に食べよう。それで元気が出たら、また一緒に苺の庭に行こう。今とてもいい時期だよ。甘いのがいっぱいなってる」


 最初は苦労したが、姉の髪型を思い出して悪戦苦闘するうちになんとか満足できるように結うことができるようになった。

 最後まで編み込んでピンで留め、色んな方向から確認して、ケインは頷いた。


「はい出来た。とてもかわいいよ。よく似合ってる」


「……ありがとう」


「苺、食べよう。いっぱいあるんだ」


 洗って深皿に盛り付けたのを示すと、ユリアは微かに笑った。


「一人でこんなに摘んだの? すごいね」


 自分ではなく王妃が摘んだとはいえなくて、曖昧に微笑んで苺を勧める。二人で並んで苺に手を伸ばして口に入れた。

 とても甘くて美味しかったが、昔食べた時のように無邪気には笑えない。


「美味しいね。リヒャルトやパパと苺摘んだの楽しかったな……」


 一個、また一個と苺を摘みながらぽつりと溢したユリアの呟きに、ケインも頷いた。

 偽苺の事件があった翌年、悪い思い出を払拭しようとエリアスが言い出して、リヒャルトとエリアスと一緒に庭に行ってピクニックをしたのだ。

 本当に楽しくて、翌日はみんなで摘んだイチゴをタルトにしてもらって食べた。

  普段は自制出来るのに、二人揃って我慢できなくてタルトを食べすぎ、父リヒャルトにこっぴどく叱られたのまで含めていい思い出だ。


「食べきれなかったら、タルトを作ってもらおう。あと、大きくなって結婚して、子供が生まれたら、その子達を連れて苺つみをしようよ。こんな悲しくて辛いことは今だけだから」


「そんなに待てない……ここは嫌。このお城を出て、遠くに逃げて、王様とかお城とか関係ないところに行くの。秘密の恋人同士は王様から逃げて、駆け落ちするんだって」


「湖の騎士? 読んでくれたんだ」


塞ぎ込んだ彼女を慰めるために姉や姉の友人が昔読んでいた小説をプレゼントしたのだ。


「面白かったよ。ランスは黒髪に金の瞳の長身の騎士ですごく素敵なの。ネヴィア姫に忠誠を誓うけどそれが愛に変わるの。それで二人で怖い王様から逃げて自由になって愛を交わしてずっと幸せに暮らすんだって 」


「君がネヴィア姫なら、僕は怖い王様になっちゃうけど」


 そう茶化すとユリアは首を振った。


「最初に会った時から、ケインは私の騎士様よ。ずっと護ってくれてありがとう」

 

 そう言われて、心臓が跳ね上がる。

 彼女の優しい言葉にときめいたのかと思ったのは一瞬。

心臓は暴れ馬のように跳ねているのに、口の中から水分が引いてカラカラになる。

 どさりと何かが椅子から落ちる音がして、霞む目をこらすと床にユリアが咽喉を押さえて苦悶の表情を浮かべて倒れ伏している。 


 苺が毒だった、と、気がついた時にはすでに遅かった。


 汗が吹き出し、目の前が歪んで、身体は芯が引っこ抜かれてしまったかのように力が入らない。


 自由にならない体をなけなしの意志で動かし、視線を側で倒れた少女に向ける。

 十全に耐性をつけた自分でもこれほど苦しいのだ、それよりも弱い彼女はどうなってしまうのだろう。


 ひゅうひゅうと喉を鳴らしながら、必死に少女の元に躙り寄るが、その距離はいっこうに縮まらない。蝸牛よりも遅くしか動かない自分の体がもどかしい。


 ちゃんと貰った時に食べていたのを見たのに、どうしてこんな事になってしまったのだろう。


 義父に会えるというのは単なる比喩でなかったということか。

 悔しさに涙がこぼれ落ちる。ユリアを守ると誓ったのに、護ってくれてありがとうと礼を言われたのに、自分が彼女を害する片棒を担いでしまった。


 あの人、いや、あの女に絆されて心を許したばかりに、と、少年は砕け散りそうなほど強く奥歯を噛み締め、そのまま意識を失った。

発熱しました。回復するまでお休みします。

今日の分は昨日済ませていましたが、次話以降修正が終わっておらず、読み返しての修正が難しいので更新を止めますが、ストック自体はあるので回復し次第連載を再開します。

お待ちいただけるとありがたいです。


ブクマ、評価お待ちしています。

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