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人から堕ちた獣

闇落ち狂戦士ランス回。

 入口の扉を破ってラトゥーチェフロレンスに突入してきたドルフ達は、シンと静まり返った娼館の中で首を傾げた。

 単に昼間だからではない、普段ならば昼間でも夜通し遊んだ客が食事を取ったり、娼婦達が噂話に花を咲かせている。

 客が居なくてもそろそろ娼婦は起き出して来る頃だ。人の気配すら感じられない事はあり得ない。

 その静けさが異常だということに気づいた彼らだったが、遅きに失していた。


「ハァイ、ドルフ。お人好しのアレックスとマーティンはあんたのことを信じてたのに。酷い男だな」


 サロンの奥まった所にあるソファーで足を組んだランスが一人悠々と座っている。メルシアから持って来て、古着屋で買い直した黒い服と裾の長い薄手のコートを着ているのには当然訳があった。


「ランス、なんでここに?! お前さっき出ていってなかったか?!」


動揺したドルフが叫んだ。


「ん? それは誰かとお間違いじゃないか? そうだな、例えばディックあたりと。俺は最初から留守番だよ。葬式の最中にここを荒らすネズミが入り込むかもしれないって、アレクの予測でね。新入りの俺はネズミ番に駆り出されたってわけだ。だが、まさか直接やってきてくれるとは思わなかったよ。もし裏切ってるならあんたを殺していいって、確約ももらってるから話が早い」


「ハッ! こっちは五十人だ! 一人で敵うと思ってんのか?!」


「数に驕るなよ。それに……」


 ランスは懐に入れていた銃を取り出して天井に向けて発砲した。銃弾はドルフの後ろの鉄のシャンデリアを繋ぐ縄に当たり、重いシャンデリアがぐらぐらと揺れながら床に落ち、ドルフの後ろにいた手勢を押し潰した。


「これで四十ぐらいだ。お前らを歓迎するのに少し罠を張っておいたんだ。シャンデリアの味はどうだ?」


「ふざけやがって! このクソ野郎が!」


「人の話はしっかり聞けよ。ドルフ。罠を張ったって俺は教えてやったろ」


 ランスに突進したドルフはその目の前で派手に滑って転んだ。


「油?!」


「銃を使うなら燃えない様に注意しろよ。火だるまになる」


「なんだって?!」


「お前らも掠奪する前にお宝を炭にかえたくないだろ? そこら辺は火気厳禁だ。覚えとけ」


 実際に撒いたのは滑らせるのが目的の食用油でその程度で燃えはしない。

 先ほど目の前で銃を使っているのに、シャンデリアの落下と油と白々しい脅しの相乗効果でパニックになった彼らはそこに気がつかなかった。

 相手を怯ませるには充分以上の効果があったようだ。および腰になった彼らを人差し指でちょいちょいと招いてランスは剣を構えた。


「数を頼みにどこまで出来るか試してみるか? 命の惜しくないやつからな」


「くそ! かかれ! なぶり殺せ! グギャ…!」


 ランスの挑発に血の気の多い者が数人突っ込んで来た。床に倒れたドルフを踏み越えて来た双剣使いを一撃で斬り倒し、残りも返す刀で仕留める。

 無駄の一切ない、確実に相手を屠る動きは流れる水のように澱みがない。


「ははっ! 自ら油の海の架け橋になるとは、素晴らしい慈悲深さだな。ドルフ」


「ランスー!! てめぇ!!」


「やれやれ、語彙が貧相だ。ドルフ、お前、アレックスの船で何も学ばなかったのか?」


 剣を握り敵を薙ぎ払っていると、血が湧き立ち心が躍る。ランスはじりじりと下がって相手をこちらの倒しやすい場所へと誘い込みながら口元を歪めた。

 息が上がるのは疲労のためではなく、興奮の為だ。

 難しい事は何もない命のやり取りは、まぐわいよりも生の実感を得られる

 首を一刀のもとに跳ね飛ばすとマントの裾で血と脂を拭き取って、次を屠った。


「ご自慢の手下がどんどん消えているが? どうする? 逃げたい奴は逃げてくれて構わない。死体を処分するのも面倒なんだ。ああ、ドルフ。もちろんお前以外だ。今ここで死んであの世で詫びを入れるのと、葬式でピンキーに土下座で謝罪して、その後お前の分もあげてもらうのとどっちが好みだ?」


「調子こいてんじゃねーぞ! クソ野郎!」


 根性で立ち上がったドルフはランスに向かって剣を構えて突進して来た。


「芸がないな。逆上していたら勝てるものも勝てない。まあ、冷静でも勝てるもんじゃないけど…なっと!」


 易々とそれをかわすと硬く厚い腹筋にブーツをめり込ませ、渾身の力で蹴り飛ばす。

 吹っ飛んだドルフはサロンのカウンターに突っ込み、カウンターの上部に吊ってある陶器製のジョッキや精緻なカッティングを施されたゴブレットが落ちて割れた。


「ちくしょう……ちくしょう……」


 ガラスの破片まみれになってうずくまる男を放って、たじろぐ他の敵にマントに仕込んだナイフを投擲する。それは過たずに彼らの首元に刺さり、命を刈り取った。


「これで残り20ってとこか。あまりにも生ぬるいな」


「ヒッ…!」


「三下が、何人いても無駄なんだよ」


 血にまみれた頬を乱暴に拭ってべろりと唇を舐め一歩踏み出すと、蜘蛛の子を散らすように海賊達が逃げていく。

 ランスは油で濡れた床を飛び越えて一足飛びに追いつき、それにまとめて斬りつけた。

 ある程度間引きをしてから、数人は死なないように手加減をして捕縛する。

 そうやって、最後の一人まで排除して、まだ冷めぬ熱を発散する様にランスは哄笑した。


自分は全ての敵を討ち滅ぼし、目の前の人間を血と肉に変える獣だ。子供時代を奪われてから、そうやって生きてきた。


「……ははっ」


 不意にアレックスーーエリアスが嬉しそうにスープを食べていた姿を思い出し、ランスは膝をついて床を見つめた。


 彼が隣にいないと自分は易々と獣に堕ちる。

 こんな自分を見せたくない気持ちと、彼の隣にいたいという相反する気持ちがランスの心を締め付けた。

お読みいただきありがとうございます。

次回、闇落ちランスが拷問する閲覧注意回です。

明日はお休みをいただきます。


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