葬送
沈鬱な表情の船員達が港に集まっていた。
今まで共に戦って背中を預けて来たはずの仲間が裏切り、もう一人を殺したかもしれないという事実はとても重い。
誰もが口を噤み、時折堪えきれないように嗚咽を漏らす。
冥土の川の渡賃のコイン二つと、愛用していたバンダナをはじめとした道具、それと酒と煙草に花が一輪と共に帆布で包まれたピンキーの遺体がボートに安置してあった。
アレックスは祈祷書を開き、神聖皇国語で朗々と死者への祈りを捧げた。
神への慈悲を乞う印を切って私掠船員の方を振り返る。
「俺の不徳で大切な仲間を喪ってしまった。ドルフについては生死がはっきりしない。もしも裏切ってピンキーを殺したなら、落とし前は必ずつけるが、それはひとまず後回しにして、今日はピンキーの魂の安寧を祈って、送り出してやってくれ」
この辺りでは、船で亡くなった死者は帆布で包んでそのまま海に流すが、陸で死んだ場合は海の見える丘にある墓地に埋めるか、ボートで運んで水葬にする。
ピンキーは娼婦と船乗りの間の息子で物心ついた時から船に乗っていたというから水葬にすると決めた。
「俺、ほんとにずっと助けてもらっていて……火薬運びの時からずっと助けてくれたんだ。生まれが似てるっていって。小っちゃいけど大きな人だった……」
ハーヴィーが肩を震わせて嗚咽を漏らし、形見分けで一枚もらったバンダナで涙を拭いた。
「実の親もろくに知らない俺だけど、親がいたらあんな感じかなって……」
「ピンキーとお前は特に仲が良かったもんな」
ルークが慰めるように若い男の肩を抱き、不意に気がついたようにあたりを見回した。
「そういやランスはどうした?」
ここのところ、アレックスの後ろに、まるで番犬の様に付き従っていた男の姿がない。
「来なくて良いと言った」
アレックスのつっけんどんな言い方にカチンと来たルークは強く返した。葬式の最中でなければ酒を煽りたいところだ。
「なんでだ? 仲間だろ?!」
「俺が、そう判断したからだ」
「なんか今日のあんた、おかしいぞ。酔っ払いでも分かる。それにディックもなんだその格好。ランスの真似か?」
引くほど派手なジュストコールと羽付の帽子を身につけていたディックだが、今日は一転して、仕立てこそ良いが地味な黒いシャツとトラウザーズを身につけている。記憶に間違いがなければそれはランスがここに流れ着いた時に着ていたものとほぼ同じだ。
「葬式ぐらい地味なカッコした方がいいかなって思ってランスに借りたんだよ。たまにはこーゆーのも似合うだろ?」
2人の様子がどこかおかしい、そうルークは思った。
チャラチャラとしたディックの物言いはいつものことだ。だが、どこか違和感がある。
暗いと言うか、心ここにあらずと言うか。うわついた青年だが、こういう時はこういう風に話さない。今は無理に普通を装っているように思えた。
違和感といえば、そっけなく答えたアレックスもそうだ。
寝込んでいたと聞いていたが、病み上がりとはっきりと分かるぐらいは頬の肉がそげて、病的な美しさを醸している。だが、そこではない。
いつもの彼と表情が違うのだ。
普段見せている喜怒哀楽もなく、かといってウィステリアと呼ばれていた頃の臈たけた客を狂わすものでもない、冷たく薄暗いそれはまるで知らない人間のようで不安がよぎった。
「アレックス、あんた大丈夫か?」
「なにが? 大丈夫じゃないように見えるか?」
それはいつもより刺々しくてルークは両掌を左右に激しく振って、それをわざとらしい明るさで否定した。
「いや、少しやつれて見えたからさ。平気ならいいんだ」
今まで気安いと思っていたアレックスにルークは初めて恐怖を感じた。
不安を消したくて、ルークは口を開く。
「仲間だろ? だから、心配なんだ。助けになることがあるなら言ってくれ」
「なら、ハーヴィーと二人で送り役をやってくれ」
送り役とは、ボートで沖まで出て、遺体を海に葬る役だ。その役を受けることに異存はない。
だが、ルークが言いたいのはそういうことではないのだ。しかし、うまくそれを伝える事が出来ず、ルークは曖昧に頷くことしか出来なかった。
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箸休め回です。次の話から黒いランスのターン




