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【完結】自由を取り戻した男娼王子は南溟の楽園で不義の騎士と邂逅する  作者: オリーゼ
南溟の楽園

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贈り物(閲覧注意)

グロテスク、残酷なシーンが含まれます。苦手な方はご注意ください。

「アレックスは熱が下がって少し体調が回復した。心配しているだろうから伝えてくれと」


 マーティンは日頃から港に係留されている船で寝起きしている。そこを訪ねて要件だけを伝えて帰ろうとしたランスをマーティンは止めた。


「来いとは言ってなかったか?」


 思わず舌を打ったランスはじろりとマーティンを一瞥した。


「言ってなかった」


 はっきりと言い返すが、マーティンにはバレバレだったらしい。口元がおかしくてたまらないと言いたげに歪んでいる。


「言ってたんだな」


「アレックスはまだ休息が必要だ。あんたに会ったら動こうとするだろ」


「そんな事させねえよ。過保護だな」


「過保護ぐらいでちょうどいいんだ」


「たいした忠犬ぶりだな。まあ、お前の気持ちを汲んで見舞いだけにしといてやるよ。ベッドから出さねえ。これならいいか? 俺だってアレックスのことは心配してるんだ」


 彼がアレックスにとって特別だという事はわかっている。


「本当に見舞いだけだぞ」


 苦い顔で釘を刺し、アレックスにレジーナの様子を見に総督の所に行くと伝えてほしい旨を頼むとランスはマーティンと別れた。



 港を出て馬を走らせ本島に渡ると、総督邸でレジーナの様子と警備体制を確認し、アレックスの様子を聞きたがる総督には容体は変わっていないと伝え、娼館にやって来られたら迷惑なので来ないようにきっちりと言い含めた。

 総督の所を出て、市場でいくつかアレックスの好きそうな果物を買ったランスは娼館に戻った。

 門番に開けてもらって館に入ると、娼婦達がざわつきながら鉄の縁取りのついた大きな木箱を囲んでいる。


「どうしたんだ?」


「見覚えのない身なりのいい男達が、ここの主人に届け物だといって置いていったんだ。アレックスに言うわけにもいかないし、総督の家のものかとも思ったんだけど、あんたが行ってんのにわざわざ届けるかなって」


「開けてみて変なものだったら困るしね……」


「その箱、血の臭いがする」


「え…? そう?」


「下がってろ。確認する」


 微かな血臭に嫌な予感がする。他の人間から見えないように箱を覗き込んで中身を確かめたランスは呻いた。


「マーティンは来てるか?」


「ああ、これが届くちょっと前に来たよ。ウィスの部屋にいる」


「中は絶対に見るな」


 強く伝えると館の上階まで駆け上がり、一息つけて、鍵のかかったドアをノックしてマーティンを呼ぶ。

「なんだ?」

 戸惑い顔で出てきたマーティンの腕をランスは掴んで部屋から引っ張り出す。


「悪いが、下に来てくれ。確認してほしいものがある」


「あんまり良いもんじゃねえな」


「……」


 沈黙で返した肯定に別の声が割って入る。


「マーティンをわざわざ呼んで確認させる理由は?」


 振り返るとドアの縁に寄りかかり、白蠟のような顔で辛うじて立っているアレックスだった。


「ひどい顔色だ。ベッドに戻れ」


「寝ていられるか。普段動じないお前にそんな顔をさせるなにかが、あったんだろ?」


 何かを見透かした目をしたアレックスにランスはたじろいだ。冷静に何気ない風を装ったはずだが、常とはどこか違ったらしい。


「ダメだ。見せられない」


「レジーナになにか……」


「レジーナは総督の家で楽しそうにしていたよ。庭にブランコを……」


 ランスはアレックスが言いかけた言葉に被せるようにレジーナの様子を話そうとした。

 だが、アレックスはそんなごまかしに流されてはくれない。


「レジーナは、ねぇ……。じゃあ誰だ? 言え」


 眦を吊り上げ、腕を組み背中を伸ばして強い口調で尋ねるアレックスにランスは威圧された。


「ピンキー……だった……多分。マーティンに確認してもらいたい。あんたはここにいてくれ」


「だった、と」


 何もかも悟った顔で、よろつきながら廊下に出ようとしたアレックスをランスは止める。

 もっと上手く立ち回れるはずなのに、彼との思い出が邪魔をして、冷静になりきれない。


「だめだ。アレを今のあんたに見せたくない」


「その状況で部屋で寝てられるか! 俺は私掠船団の頭だぞ!」


 ランスの一言である程度を悟ったアレックスは取り付く島もなかった。


「それでもだ」


「舐めるな。俺がそんなに心弱く見えるか?」


「強いさ。誰よりも強いと思う。だが、今は古傷が開いた状態だ。これ以上の悪意に晒される必要はない。無理するな。わざわざ傷を広げる存在に近づかないでくれ」


「俺はそうやってのうのうと護られて……命以外を失った。俺に向けられた悪意なら俺が逃げるわけにはいかない」


「あんなザマ見せておいてご立派な覚悟だな」


 心配と怒りで反射的に当て擦ってしまうと、アレックスの頬にかっと朱が差す。


「情けないのは分かってる! だがこれは俺の責務だ!」


 ドアを塞ぐ形で立っていたランスを予想外に強い力が押す。何事もなかったかのように背中を伸ばして虚勢を張っていつも通り歩く姿を眇め見て、ランスは舌を打ちアレックスを肩に担いだ。


「何をする。降ろせ」


「運んでやる。アレックス、覚悟はいいな。倒れたらもう二度と俺はあんたの無茶な要求を飲まない」


「荷物じゃないんだ! 頭に血が昇る! 降ろせ! 歩ける。さっきも部屋の中で歩いていたろ」


「あんなもの歩いたうちに入るか。だがそうだな。さっきみたいに運んでやる」


 ぐるりと身体が回転させてランスはアレックスを腕の中に収めた。


「だから、自分で……」


「首に手を回せ。そうしたら安定する」


 要求を遮り、どうあっても降ろす気はないとランスが言外に示すと、アレックスは渋々とランスの言葉に従った。

 ほんのりと温かい腕が首に絡みついて、ランスはひどく安心した。この人は生きているのだと。


 ※ ※ ※


 人払いをしたサロンに、ランスはディックも呼んだ。彼は大体ここにいるし、力仕事を手伝わせるのに妥当な人選である。


「覚悟はいいな」


 マーティン、アレックス、ディックを見回して確認したランスは無造作に箱を開ける。

 開封した途端にランスには嗅ぎ慣れた鉄と腐った肉の匂いがサロンに広がった。


「ディック、並べるぞ。どこか分からなかったら聞いてくれ」


 箱の隣に敷いた帆布の上に中に入ったモノ……遺体のパーツの外傷を検めながら人の形になるように並べていく。


「ちょっとタンマ……」


「洗面器はそこだ」


 傍のテーブルの上に載った洗面器を指差すと顔色を白くしたディックは盛大に吐き戻した。


「なんなの。なんでそんなに準備いいわけ?」


 口を濯いで尋ねるディックにランスは指を落とされた足首を渡す。


「経験則だ」


「うわぁ……どういう経験だよ」


 引いた声のディックを無視して右腕を置く。


「落ち着いたら手を動かせ。こんな状態にしておけない」

  

「……これは」


 途中で何かに気がついたように呻いたアレックスはそれでも表情を動かさなかった。ただその顔色は先程よりも青みが増し、指先は微かに震えている。

 ディックは何度も洗面器に顔を突っ込み、マーティンも悪意をもってわざわざ損壊させたと分かる遺体に動揺や怒りそして不快感に打ち震えている。


「二人とも立ってる必要はない。そこの椅子にでも座ってろ」


 アレックスとマーティンに声をかけるとマーティンは手近な椅子に腰を下ろして、耐え難いと傍目でもわかる表情でズボンのポケットに入れたスキットルに口をつける。

 だが、アレックスは箱の側から動こうとしなかった。


「平気だ」


「無理せずに座れ。気がついてるよな」


 勧めを冷ややかな一瞥で無視したアレックスは平坦な口調で答えた。


「……凌遅刑のことにか」


 マーティンが訝しげに口を挟んだ。


「なんだ。それは?」


 ランスは言い淀み、首を振った。口に出すのも呪わしい。


「ピンキーは楽に死ねなかったということだ」


 かろうじてそれだけ伝えると、ある程度の意味を悟って、マーティンは拳を膝に叩きつけた。


「クソ野郎が……」


 黙々と身体を並べて最後に首を取り出し、苦悶の表情で固まった瞼を下ろし、顔を整えて丁寧に置く。


「箱にカードが入っている。汚い字だな。『お姫サマにプレゼントだ。気に入ったか?』と書いてあるようだが」


「はは……贈り物の趣味が悪いな……」


 冗談めかしてアレックスが言ったが、その口調とは裏腹に声はざらつき、耐え難い怒りと隠しきれない恐怖が混じっている。


「あと後頭部に殴打の跡がある。後ろから襲われたんだろう」


「後ろから殴られ……そうならないようにドルフと組んでたんだよな?」


「ドルフが後ろから殴ったとしたら?」


 ランスの問いに、ディックが信じたくないとばかりに首を振ったが、アレックスとマーティンは図星をさされたかの様に息を詰め、唇を噛んだ。


「そうと決まったわけじゃねえ。あいつはバカだが、アレックスがここに入る前から俺やピンキーと組んでたんだ」


「だが、ピンキーが後ろから殴られたってのはその可能性が高い」


 冷静な口調とは裏腹に天井を見上げて眉間を揉んだアレックスの声が感情を零して微かに揺れる。


「……あの時、追い詰め過ぎたか」


 分かっているくせに切り捨てきれないアレックスとマーティンの二人にランスは食ってかかった。


「追いつめる……あれのどこがだ。温情をかけたの間違いだろ。そんなことしてやる必要なんてなかったのに」


「それは結果論だ。その時は妥当な落とし所だった」


「穏当さや相互理解の努力が伝わらない相手というのはいる。そして大抵そういう奴に足元を掬われる。敵であるなら、息の根を止めるべきだ」


 言外に甘いと告げるとアレックスは顔をあげた。


「後悔してるさ。そりゃあもう後悔している。ピンキーは俺が殺したも同然だ。一人掬ったつもりが、二人すべり落としたんだ。お前が言うことは間違っちゃいない。だが、俺はそういう甘さや温情、裏切らない人のおかげで、なんとか生きながらえてこれたんだ」


 先程見せた感情を全て押さえ込んだ平坦な声は顔色の悪さと相まって痛々しいが、それでも芯の通った強さがあった。

 彼は、十年前すべてを喪って、悲惨な境遇を足掻いて這い上がって生きていたのだ。


 そこは自分と変わらない。


 だが道のりは、自分が通ってきた毒と鉄と血と暴力に覆われたものと、多少は異なっていたのだろうか。

 もしくは彼らしさ、と言っていいのか。思えば人を切り捨てられる地位にあった時も生かせるものは限りなく生かそうとしていた。


 大きく息を吐いてランスは言った。


「分かってるなら良い。次に会ったら、あいつの息の根は止める、それでいいな?」


 それにアレックスははっきりと頷いた。

お読みいただきありがとうございます。

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