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【完結】自由を取り戻した男娼王子は南溟の楽園で不義の騎士と邂逅する  作者: オリーゼ
南溟の楽園

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望まぬ邂逅

暴力的なシーン、人によってはトラウマ等を喚起する場面があります。

 きらきらと光る海、きらきらと光る瞳。

 目立つからとアレックスと二人、金の髪を目立たない色のかつらで隠して薄汚れたスラムの子供風に装ったレジーナだったが、それでも隠しきれない伸び伸びとした無邪気な様に、アレックスの頬は緩む。


「楽しそうだな」


「まあ、確かにそうだが……。街に連れて行く必要はあったか?」


「あるさ。百聞は一見にしかず、だ。小さな子供があれを見たら、なかなか外に出づらい」


 確かに、とランスは苦笑した。

 屋台の食べ物を食べたがり、裏をこっそり覗いてから買うように言われて串焼きに使われた肉の正体を知って悲鳴をあげかけたり、道と同化した人間を踏みそうになったり、相当荒療治だったに違いない。

 閉塞した王宮からこの島に来て、本来の気質を取り戻したのか、少女は好奇心に負けて六歳児なりの行動を取ることが増えてきた。

 勝手に出てしまうのを考えれば紐付きで好奇心を満足させ、危機感を思い出させてやった方がいいと、外に出ることをアレックスは提案したのだ。


「それにこっちがあいつらを探しているように、あっちもこっちを探している。餌を撒けば引っかかるかもしれない」


「護衛としては、やりたくない手段だがな」


 大仰に肩をすくめたランスはレジーナに声をかけた。


「そろそろ帰りましょう」


「もう少しだけ!」


 歩いてはしゃがんでを繰り返すレジーナを見つめながら、ランスはアレックスに尋ねた。


「そういえば、ドルフにスクラーヴェ(奴隷)島の偵察を任せて良かったのか?」


「急にどうした」


「いや、話しそびれたから。どうもあの男はイヤな感じがするんだ。俺ならさっさと切ってる」


 前日に古着屋で得た情報を元に、アレックスはドルフとピンキーに偵察を命じた。

 私掠船団の前身である海賊団に入る前にあの辺りで海賊をしていたドルフが、待遇を戻すのを引き換えに自ら危険な偵察に赴くと言い、人手と見張りの為にやはりあの辺りに土地勘のあるピンキーをつけたのだ。


「ピンキーが上手く手綱を取ってくれるさ」


 小柄な彼は舐められているのを承知していて、切込隊長を固辞し、同じぐらいの強さのドルフになったという。

 アレックスが入る前の話だから伝聞だが、確かにピンキーは実力者でドルフを止められるだろう。


「だといいがな」


 ランスが期待は薄いがと言いたげな口調で吐き捨てた時、レジーナが手をお椀のような形にして気もそぞろな様子で走ってきた。


「何か捕まえたのか?」


「あのね! 貝殻いっぱい拾ったの! アレクとランスの分も! 一つづつどうぞ!」


 丸い可愛らしい巻貝や薄いピンクの二枚貝がいくつか小さな手のひらに収まっている。


「よく見つけたな。すごいぞ」


「ありがとう」


 そっと受け取ってハンカチに包み、懐に入れる。礼を言ったランスも巻貝を一つつまんでポケットに突っ込んだ。



 娼館まで戻ると、門番と誰かが押し問答をしていた。

 物陰から見つからないよう顔を出して、ドアの前で用心棒に絡む男を見たランスの眉間に深い皺がよる。


「あの男、つい最近、見たことがある」


「奇遇だな。俺は十年前だが」


 長身のランスよりもさらに大きい男などそうはいないのだ。さらに隻眼ともなれば。アレックスは震える掌に滲んだ汗を何度も服で拭った。


「ランス、早くジーナを連れて逃げろ。総督の所で匿ってもらえ」


「あんたが連れて逃げろ。俺はこの場で戦ってあいつを殺す。まだこちらに気づいていないからあんたでも逃げられるだろう」


「お前の優先する役目はジーノを護る事だ! 主人から離れてどうする! 俺とジーノ二人で逃げて別の誰かに襲われたら、俺はこの子を守れない。それに、イリーナの事を聞かずに殺していいのか?」


 ランスは唇を噛んで俯いた。


「それは……だが……」


 アレックスはもたつきながらも、ここのところ手放せなくなって腰に吊るした形見の剣をせわしなく外してランスに渡した。もう一本あるのに使えない剣を持つのかと何人かに言われたが、手放せなかったのだから仕方がない。


「これを持ってけ。俺はレイピアがあるから」


「大切な物だろう」


 ランスにアレックスは頷いた。


「だからだよ。お前に預けておいた方が安心だ。貸すだけだから後で返せよ。命の次に大切な俺のお護りだ。あと何か布……ああその首ので良いや。寄越せ」


 ランスの首元に巻いてあったスカーフを取り上げて片目に巻き、道の汚泥を鬘と顔に擦り込んで汚した。服もこざっぱりとしていたからついでに泥をなすりつける。


「今日は髪もカツラだし、ここまでやれば面影もねぇだろ」


「別人に見えるな。泥の中に突っ込んだ薄汚い酔っ払いみたいだ」


 落ち着かない心に、何気ないランスの一言が余裕を作った。


「口先で煙に巻いて、上手いことお帰りいただくよ。だから、レジーナ、ランスの言うことを聞いて早く逃げるんだ。いいね」


 ランスはレジーナを背中に背負うと娼館とは逆の方向に走る。

 全速力だろう、あっという間に見えなくなるランスを目の端で確認してアレックスは震える視線を男と用心棒の方へと向ける。

 しばらく様子を見ていたが、男が用心棒を殴りつけるのを見て、今到着したかのように顔を見せた。


「おい、うちの従業員になにしやがる。ジョン、どうした」


「オーナー。この男があなたに会わせろと」


 変装した姿で会っているから用心棒のジョンは誰か分かったらしい。

 殴られた頬は腫れているが、歯や顎がいっている様子はない。


「ジョン、動けるなら親父のところに言ってくれ」


 ジョンに視線だけを流し渋い顔で頷くのを確認してアレックスは男に向き合った。

 彼が言うことを聞いてここから離れてくれたことに安堵する。


「お前がポン引きのアレックスか?」


「何の用だ? 客か? 今は一見はお断りだ。大通りにたくさんあるからそちらに行ってくれ」


「人を探している。金髪のメスガキと、黒髪のでかい男、それと十年前この島で買われた、やたらと綺麗なツラした男だ」


 聞かれた瞬間、胃の中がせり上がってきた。吐き気を堪えて低く尋ねる。


「それを聞くために、あいつのことを殴ったのか?」


「答えられない、オーナーは留守だで、話にならなかったからな。で、お前は素直にお話できるよな?」


 この男が人を痛めつける事に何とも思わない人種なのはよく知っている。笑う膝をなんとか宥めてアレックスは首を傾げた。


「正直に答えるなら、誰一人として覚えはねえな」


「お前は、ここの島を仕切ってるって聞いたが」


「単なる使いっ走りみたいなもんだ。詳しく情報を集めているわけじゃない。商売の邪魔だ。帰れ」


 威嚇するように答えるが、堪えた様子もなく男はアレックスとの距離をつめた。


「よぉく、思い出してみろ。ガキと男はともかく十年前からここにいるはずの男娼を女衒のお前が知らないはずがないだろ」


「俺がここの娼館を買って一帯の顔役になったのは三年ほど前だ。その頃には男娼は居なかった。古参の女に聞いてこようか?」


 時間を稼ぐために尋ねると、男はアレックスの横の飾り扉に手をかける。


「中を見させてもらうぜ」


「お断りだ! いねぇって言ってんだろ! 中に入って商売の邪魔をするのはやめてもらおうか」


 アレックスは背中を扉に貼り付けて、強く言った後に宥めるように甘い声を出した。


「その男娼になんの用だ? 理由を聞かせてくれれば、協力もやぶさかじゃあない」


「なに、大した用じゃねえ。船の中でそいつと散々楽しんだのを思い出してな。久しぶりにこっちに来たんで、旧交を温めようと思っただけだ」


 下卑た仕草に、アレックスは男の手に視線を落とした。

 唐突に脳裏に浮かんだのは、暗い船倉でこの太い腕に抑え込まれ、自由を奪われた記憶だ。

 身一つになってはじめて理解したのは、己の脆弱さと護られていた事すら意識させないように、幾重にも護られていたという事実。

 フラッシュバックするそれらを無理に思考から追い出して、アレックスは無表情に首を振った。


「娼妓は入れ替わりが激しい。俺の知ってる限り、今は男娼はいない。諦めるんだな」


「あの軟弱がこんな街で生きられるはずもねぇか……」


 誰かがくるまでなんとか持たせたかったが、吐き気と眩暈が酷く気力だけで立っているような状態だった。もう時間稼ぎも難しい。


「この島で生きるのは難しいからな。育ちの良い若造にはとても耐えられないさ」


 調子良く同意する声も震える。普段ならどんな言葉にも説得力を持たせる自信があるが今日はない。


「……あー、俺、そいつが育ちの良い若造っていつ言った?」


 アレックスの顔から血の気が引いた。緊張のあまりの失言だった。人生においてこんな失敗をした事はなかったのに。

 足の力が抜け、扉の前にへたり込んだアレックスは胸ぐらを掴まれて引き上げられる。


「知ってることを話してもらおうか?」


「……なに、も、知らない! アンタが軟弱だって言ったからボンボンかと思っただけだ」


「素直にお話出来るかなって、俺は言ったよな?」


 そのまま扉に背中を叩きつけられ、アレックスは痛みに声を上げた。


「もう一発いくぞ」


 防御することもおぼつかなかった腹に男の鉄のような拳がめり込んだ。


「かはっ!」


 空気と胃液が押し出され、痛みで朦朧となった意識を過去の悪夢が侵食する。

 そのまま投げ出されて体のあちこちが悲鳴をあげて、アレックスは嬰児のように体を丸めた。 


「リヒャ……ルト」


 縋るように剣のある腰に手を伸ばそうと指を動かしたアレックスだが、その手を男のブーツが踏み躙った。


「根性あんじゃねぇか。ああ、そうだ、抵抗しねぇ獲物はつまらない」


 嗜虐心も露わに舌舐めずりしながら男の手がアレックスの髪、いや、鬘を引っ張った。

 それがずるりとずれて、地毛が晒され、男は首を傾げた。


「お前……もしかして……」


 何か気付いたのだろう、傍にしゃがみこんだ男はアレックスの髪を太い指で掻き上げ、片目を隠した布を剥ぎ取った。


 カチカチという音が聞こえる。


 アレックスはその音が何か考え、自分の歯が鳴る音だと数瞬遅れで認識した。だがなぜそうなっているのか分からない。

 訝しげに男は次の言葉を口にする。それはこの男にだけは絶対に知られたくない事だった。


「あの時のお姫サマか?」


 否定したいのに舌がもつれて動かない。


「競売人から聞いたポン引きアレックスが、あの時の姫君とは! 意外すぎて気が付かなかった! こりゃ傑作だ! 女を食い物にして生き延びたのか! 堕ちたなぁ。実に俺好みだ」


 耳障りな嘲笑が耳を打ち、恐怖と屈辱に身が震える。


「俺に気が付かれない為に、必死におめかしするとは、いじらしいなぁ。無駄になっちまったがな」


 今度こそ髪を引っ張られ、顔を上げさせられる。


「さぁて、お前の部屋でしっぽりと旧交を暖めるとするか」


 ただ無力に震えていたアレックスを助けたのは一発の銃声だった。


「つッ……!!」


 男は銃弾が掠った肩を押さえ、アレックスを捕らえていた目を上に向けた。建物の屋上から狙撃銃が再び自分を狙っているのを見て、不利を悟ったのだろうか。


「また会おう。じゃあな。姫サマ」


 馴れ馴れしくピタピタと頬に触れ、顔を寄せられて耳朶を噛まれ、熱の籠った声で告げられる。

 二発目めが地面を抉って、これ以上居られないと、身を翻して遠ざかっていく男の背を呆然と見つめ、完全に姿を消すまで、へたりこんだまま動くことができなかった。

 男の気配が失せ、肩の力を抜いたところで、逆方向から馬が何頭か近づいてくる音が聞こえた。


「アレックス、大丈夫か?」


 立ち上がったアレックスはその中にあまり港から出てこないマーティンの姿を認めた。

 狼めいた琥珀色の目が心配そうにこちらを伺っていて、アレックスはなんでもないという顔を作って頷いた。


「助かった。少し殴られただけだ。しかし誰が上から狙撃したんだ?」


 上を見てもよく分からなかったが、マーティンの位置からは見えたらしい。

 馬から降りてにかりと笑う。


「あの若造だ。剣だけじゃなくて銃もいけるんだな。ありゃあ出物だぞ」


「若造……ランスか?」


「ああ。今日は一緒に出かけたんじゃなかったのか? あいつを先に帰しといてラッキーだったな」


「いや、俺と一緒に帰ってきて、あの男の姿が見えたから総督の所に逃した」


 少し考えて、アレックスはランスが隠し通路を知っていたことを思い出した。総督のところには行かず、隠し通路から建物に戻り、ならず者の襲撃に備えた武器の中から狙撃銃を使ってあの男を撃退したのだ。


「まあ、お前が無事でよかった。出て来損だったな」


 アレックスの肩をマーティンの腕がいつものよせうに親しげに抱いた。

 刹那、間欠泉のように恐怖と嫌悪感が噴き上がってきてアレックスは地面を転がるようにマーティンから離れる。


「アレックス?」


 訝しげに差し出されたマーティンの手を取れなかった。胃の中の物がせり上がってきて、アレックスは耐えきれずに、地面に四つん這いになって全てを吐き出した。


「あれ? おかしいな、なんでだ?」


 言葉を紡ぐのが苦しい。胃は空になったはずなのに再び猛烈な吐き気が襲ってきてアレックスは胃液を吐いて、胃を抑えてのたうった。奥底から震えが沸き上がって歯の根が合わない。身体の周りの空気は薄く、手足が痺れる。

 何か大きな影が走って近づいてきて、アレックスは恐怖に身をすくませた。


「く、るな……さわるな」


 叫びたかったのに弱く細い声しか出ない。


「リヒャルト……たすけて」


 もはやいないと分かっている男の名を呼び、ぎゅっと身体を丸め目を瞑ったアレックスに暖かい手が躊躇いがちに触れて囁くような声で名前を呼ばれる。


「エリアス殿下」


 二度と聞くことができないはずの声で、呼ばれることもないと思っていた名を呼ばれて瞼を開けると、琥珀色の心配そうな瞳と目があった。

 視線を落とせば見慣れた剣の柄も目に入る。

 他でもない自分が護りの剣たれ、と下賜した銘剣だ。


「リヒャルト!」


 助けに来てくれた。なりふり構わず抱きつくと、ためらいがちに男の手が頭を撫でた。


「殿下。お迎えが遅くなって申し訳ありません。失礼します」


 小さく低く耳に響いた声の懐かしさと、抱え上げられた腕の力強さにアレックス、いや、エリアスは安堵し、意識を手放した。

お読みいただきありがとうございます。評価ブクマお待ちしています。

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