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【完結】自由を取り戻した男娼王子は南溟の楽園で不義の騎士と邂逅する  作者: オリーゼ
南溟の楽園

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過ぎし日の優しい想い出 もう一人のおてんば姫

過去回想回です。もう1話続く予定です。

「とうさまー!!」


 明るく高い声が庭園に響き、走っても踏まないように作らせた膝を隠す丈の赤いドレスを着た少女が小径を元気いっぱいに駆けてきた。

 自分より少し濃い蜂蜜のような輝きの金髪の一部を頭の上の方で2つに分けて結んでいる。薔薇色に頬を染めて妻譲りの柔らかな茶色の瞳をキラキラと輝かせているのがとても可愛らしい。


「ユリア」


 エリアスは、椅子から立ち上がって少女を抱きしめた。楽しそうな娘の様子に頬が緩む。

 顔を上げたケインが地面に膝をついて臣下の礼を取った。


「姫君。また護衛を撒かれたのですか?」


 呆れた声で尋ねたリヒャルトに少女は悪びれずに答えた。


「さきに行くって言って走ってきたの」


「姫君。いつも申し上げているでしょう? 必ず護衛はお連れくださいと」


 咎める口調ではあるが、あまり強く言ってはいない。実際ユリアもまったく気にも留めていないようだった。


「この子、だれ?」


 エリアスから離れた娘は興味津々に少年の顔を覗き込んだ。


「フィリーベルグ辺境伯リヒャルト・シュミットメイヤーが一子、ケイン・シュミットメイヤーと申します」


「立つことを許します。わたくしはユリア・ブリュンヒルデ・トレヴィラスです……えっと」


 お手本もかくやといった流麗な挨拶を見せたケインに対して、困ったように小首を傾げて自分の方に視線を送るユリアにエリアスは言った。


「彼は大人になったらユリアのお婿さんになるんだよ。ユリアのことをずっと守ってくれるからね。もう少ししたらユリアのお兄様として一緒に生活することになるから今日は紹介したくてお茶会を開いたんだ」


「わたくしを守ってくれる……? きしさま? それでおにいさまで、おむこさん? なんとおよびしたら良いのかしら?」


「ケインとお呼び下さい。王女殿下」


「ケイン。ではわたくしのことはユリアとよんで。ケインはわたくしのおにいさまになるんでしょう? おとうさまは弟のことをヴィルとよんでいるもの」


 困惑した様子のケインが自分とリヒャルトの方にちらちらと視線を送って来た。

 リヒャルトはうっすらと苦笑して無言で首を振った。リヒャルトとケインの先程から様子と性格を考えるに、呼び捨てになど出来ない、という辺りか。

 これは相当、王家への態度について躾けられているのだろう。頭の硬い護衛長官とその息子の微笑ましい様子にエリアスは手の甲で口元を抑えて笑いをこらえた。


「父上! ちゃんと言葉でおっしゃってください! どっちの意味ですか。僕、どうしたらいいんですか!」


 これ以上困らせるのは可哀想だと、エリアスは口を挟んだ。


「ユリアが言っているんだ。そう呼んでやってくれ。ああ、あと私のことは父上か父様とでも呼んでくれ。呼び捨てでも良いが、殿下やエリアス様などという堅苦しい呼び方はなしだ」


 ついでの一言で余計困らせたらしい。


「そんな……。助けてください。ヴィルヘルム殿下」


 最後の望み、と言った様子でヴィルヘルムを振り返るとひらひらと手を振ってエリアスに乗ってきた。


「俺のこともヴィルで良いぞ。様付けもいらん」


「無理です! ヴィルヘルム殿下までひどいです」


 目元を潤ませた少年の様を見て、エリアスは慌ててしゃがみ込みケインを抱きしめた。

 ヴィルヘルムもエリアスとケインの元へやってくる。


「ケイン、すまない。君とユリアの様子がとても可愛らしくて嬉しくてね。一刻も早く馴染んでもらいたくてつい……」


「悪かったな。お前を困らせたようだ。好きなように呼んでもらって構わん。ああ、だが呼び捨てでもいいと言ったのは本心だぞ」


「ケイン。ごめんね……」


「ありがとうございます。ユリア、父上、ヴィル」


 三人で囲んで謝ると、ケインは小さい声で返事を返し、顔を上げて微笑んでみせてくれた。

 いじらしく前向きなその様に申し訳なさと愛しさが湧き上がって思わずケインを抱きしめる。

 ヴィルヘルムも少年の頭をぐしゃぐしゃと撫で、ユリアもその輪に加わるように抱きついた。


「……嬉しいです」


 それを見てリヒャルトが安堵を浮かべて深く頭を下げた。


「ケインをよろしくお願いします。義親として、家族として受け入れてやってください」


 それは臣下としてではなく子供を思う、親としての発言で、堅物のリヒャルトにしては珍しかったが、彼が子供に愛情を注いでいるのは知っているから、強く頷く。


「当たり前だ」


 ほんの少し寂しげに見えるリヒャルトを励ますためにエリアスは冗談めかして付け足した。


「とはいえ別にケインとリヒャルトの縁が切れる訳ではないよ。リヒャルトは王族の護衛官の長で王族の剣術の師範でもあるからね。城で生活するようになれば、むしろ今よりも共に過ごす時間が増えるのではないかな」


 瞬間、少年の口から思わず滑ってしまったのか、小さく声が漏れた。


「え……ぇえー」


 口元を抑えたケインにリヒャルトの剣呑な視線が突き刺さっている。


「今日の反省会は長引きそうだな。ケイン」


「……はい」


 その二人の様にエリアスは少し同情した。慮られる立場の自分にさえ、護身の練習をサボるとそうとうしぼられるのだ、親子という遠慮のない立場であれば推して知るべしだろう。

 そこに沢山の人の気配を感じて、視線を飛ばすと護衛官と侍女を従えた妻オディリアが優雅にゆったりとした足取りでこちらへ歩いてきた。

 紹介されずともそれが誰なのか察したのか、ケインは膝をついて礼を取る。


「ユリア。護衛をおいて一人で行ってはいけないと何度も言われているでしょう」


 先ほどリヒャルトに言われたことをもっと強い口調で母に言われた少女はぷいっと顔を背けてエリアスの後ろに隠れた。

 宥めるように妻の手を取って口付けすると誘導するようにケインの前に導く。


「リア。この間話をしてたリヒャルトの息子のケインだ」


 だが、オディリアはケインの事を一顧だにせず、厳しい表情をエリアスとその後ろに隠れるユリアに向けた。


「エリアス」


 オディリアの方が正しいのはわかっている。この状況では勝ち目がないと、エリアスはユリアの方を向いてため息混じりに言った。


「ユリア。皆に謝りなさい」


「いや。みんなが遅いのがいけないの。ユリア走りたかったんだもの。父様にもはやく会いたかったの」


「早く会いたかったのか。なら仕方がないね……」


 頬を膨らませた後、眉毛を下げて上目遣いで会いたかったと言われてしまえば強く言えない。どんなに妻の眉が吊り上がってもだ。


「エリアス。あなたは下がって」


 眦を上げて険悪な雰囲気のオディリアと自分は悪くないと表情で訴えるユリアの板挟みになったエリアスの間に、ケインが不意に割り込んでユリアに話しかけた。


「ユリア。確かにあの道は走りたくなりますよね。僕もさっき走り抜けたくてウズウズしました」


 共感されて嬉しかったのか、手を平泳ぎの時のように大きく身振りをつけて言い募る。


「そうなの! 細くてビュンってなってとーってもたのしいのよ! こんど一緒にかけっこしましょう!」


「でもあの道は同じぐらい転びそうだなって思うんです。急に細くなったり曲がったり。護衛はユリア様の事を護るのがお仕事です。ユリアが怪我したらユリアの護衛は父やエリアス様にものすごく怒られます。ひょっとしたら仕事を辞めるように言われるかもしれません」


「そうなの?!」


 護衛の方を見たユリアに護衛官が勢いよく頷いてみせた。


「ユリアが怪我をしたら私は守れなかった護衛官に罰を下すよ」


 エリアスもそれを肯定すると気まずそうににユリアが自分と護衛官の間で視線を泳がせる。


「護衛のためにユリアは護られてあげてください」


「はい……。かあさま、みなさんもごめんなさい。気をつけます」


 ぺこりと頭を下げたユリアの頭を撫でたケインがオディリアの方を向いて再び礼を取った。


「差し出がましく申し訳ありません。改めてご挨拶申し上げます。私はリヒャルト=シュミットメイヤーが一子、ケインと申します」


「お立ちなさい。話は聞いているわ。無視したのは本意ではないの。それとありがとう。大人達よりも余程頼りになったわ」


 優美な笑顔でさらりと釘を刺され、エリアスは視線を逸らした。


 8歳とは思えないほどそつのない礼を返し、立ち上がったケインは首を振った。


「それは僕がユリアと同じ子供だったからだと思います」


「そうね……この先もユリアと共に同じ目線で共に歩いてあげて。よろしくね。ケイン」


「はい……!!」


「さあ、席に戻ろうじゃないか。ユリアの好きなお菓子も沢山用意しておいたんだ」


「あなたはユリアを甘やかしすぎです」


「可愛いんだから仕方がないだろう」


 優しい木漏れ日の降り注ぐ小さな四阿、家族で集う小さな茶会は輝く様な未来が溢れている、そう思っていた。

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