おてんば姫
食物を使ったパックはアレルギーに注意。異世界なのでここの世界は問題ないと言う認識でお読みください。
「一つ潰れてる…な?」
それもただ潰れているわけではない。明らかに潰された果実をつまみ上げてちらりとランスを睨むと、気まずげに顔を逸らされる。
「食べ物を粗末にするな。馬鹿」
どうりで古着屋の店主が怯えた様を見せたわけだ。
「後で俺がおいしくいただくから……」
人差し指でランスの額を弾いて、アレックスはその実を取り分ける。
「腹を壊すからやめとけ。これは蜂蜜と混ぜてやれば顔に塗る美容パックになるからそれで使うよ。お前、塗るか?」
「いや……俺が塗っても仕方ないだろう」
「そんな顔すんな、冗談だ。俺が使うから。総督のところに行くんで久々にやったが、やった後の肌は自分で触ってもなかなか気持ちがいいんだ」
「そんなに違うのか?」
「触ってみろよ。やった直後ほどじゃないが、まだもちもちしてる」
手を取って頬に触れさせると、ほんのりと目の下を赤らめたランスはアレックスの頬に確かめるように優しく触れた。
「これはずっと触っていたくなるな……」
硬く厚い手のひらは剣を握り続ける生業の人間特有のもので、喪った過去に胸が痛んだ。
「終わりだ。これ以上は有料」
そう冗談めかしてアレックスは身を引いた。
その時に肌から離れる手を名残惜しげに目で追ってしまったのを自覚して、慌てて視線を床に落とす。
「さて、急いで他のフルーツを切って、果実水も作って持っていこう。またおてんば姫が部屋を抜け出るかもよしれないからな」
「さすがに懲りたと思うが」
「アレク、ランス、もうおほしさまのフルーツ切っちゃった?」
「おい! 懲りてなかったぞ!」
「レジーナ様!」
目を怒らせたランスを逆に睨みつけてレジーナは胸を張った。
「ジーノでしょ! 名前を間違えちゃ、ダメ、私はちゃんとデイジーと来たのよ」
「反省したんじゃないのか?」
「反省したから、デイジーと来たの。おほしさまのフルーツをはやく見たかったの」
首を横に傾げて可愛らしい上目遣いで見上げた少女に絆されてアレックスはため息をついた。
「部屋で待っていれば持っていったよ」
「ここは、ランスもアレクもいるから上よりも安全でしょ」
「屁理屈の才能があるな」
ため息をもう一度つくとレジーナは頬を膨らませた。その顔が娘によく似ていてアレクの胸がつきりと痛む。
「それに、ランスばっかりアレクといっしょでずるい。ランスはきれいなアレクが好きなんでしょう。髭を剃った後から態度がちがう。いそいそついて回って。ママのことが好きだったのに、ランスのうわきもの、めんくい」
「どこでそんな言葉を…」
「デイジーがいってた」
「ろくなことを教えねぇな」
首筋を掻いて視線をやると、レジーナの後ろに立っていた女はサッと目をそらした。
「毒にしかならない口なら、いらないだろう」
ランスが剣の鯉口を切るのを止めて、アレックスはカウンターに置かれた果物を示す。
「はいはい、お前が切るのはこっちだよ。おほしさまのフルーツを切ってやれ。星の角のところは少し固いから、薄く削いで輪切りだ」
ランスはキッチンナイフでするすると固い部分を落とし、滑らかなナイフ使いで輪切りにして皿に並べると、つまんだ一枚をレジーナに渡す。
「どうぞ」
「すごいすごい! おほしさま!!」
星の端と端を持って光にかざすようにして矯めつ眇めつした少女はそれを口に運んだ。
「あんまり甘くない……」
「甘いのならラカダンだな。チョコをかけたりキャラメルに絡めてタルトにしたりケーキに入れて焼くのも人気だが、皮をむいてそのまま食べても十分甘いぞ。皮を剥くのも手で剥けるから簡単だしな」
黄色の地に茶色い斑の入った弓形の果物の柄を折って皮を剥くとランスに言って白い果実を食べやすい大きさに切ってもらう。
「甘い! 美味しい!」
「気に入ったようだな。後で菓子も作ってもらおう」
「あのね、私、ここのお菓子大好き。あと、ご飯もすごく美味しいよ。おうちのより美味しい」
「口に合うならなによりだ。料理にはこだわりがあってな。しかし、おうちのよりおいしいってのは大げさだろ」
「おおげさじゃないもん。おうちのご飯は冷たくて一人で食べることも多くて、味もうすくてまずかった。ここのご飯はあったかいし、アレクと一緒だし、すごくおいしいよ」
アレックスがメルシアにいた頃は食事は家族で取っていたし、毒見も最低限で温かい物を食べられていた。だが、メルシアは大きくなりすぎた。
冷めているのは毒見のためで、味が薄いのは毒が入っていた時に気がつきやすくするためだろう。
つまり、今のメルシア王家は身内で食事を取る時間の余裕も絆もなく、入念な毒見が必要になるほどその身は危険に晒されていたということだ。
そう考えれば、王妃イリーナが護衛騎士であるランスと誼を通じ、駆け落ちしたのも納得はいく。
「……そうか、それは良かった」
いたたまれない気持ちで一言返して頭を撫でてやると少女は無邪気に笑った。
「ランス、お前も食べるか?」
切ったフルーツを示すと、ランスはためらいがちにラカダンに手を伸ばす。
「生の果物は好きじゃないんだが……」
「そうなのか。毒でないならなんでも平気だって言ってなかったか?」
「……好き嫌いくらいはある。食べられないほど苦手な物がほとんどないだけで。生の果物はあんまり好きじゃない」
「じゃあやめとくか? 無理するな」
「ん……これは大丈夫だ。というか美味い。ねっとりしてて、果物っぽくない」
二つ、三つと口に放り込んで咀嚼するランスにアレックスは皮を剥いていないラカダンを渡す。
「皮を剥くだけで食べられるからそのまま食べろ」
ぺろりと一本平らげたランスは目元を緩めた。
「後何本ぐらいある?」
二、三本とアレックスが伝えるとあからさまに肩を落とす。
「もうすこし買ってくれば良かった…」
「出入りの業者に行って、仕入れておくよ。レジーナも好きみたいだしな」
アレックスはそう言って、二本目のラカダンを手渡した。
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