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レジーナ危機一髪

24話公開しました。

 買い物を終えた二人が帰ると、娼館の前で困り果てた顔のデイジーがウロウロしていた。禁じているわけではないが、治安もあってあまり外に出ることのない彼女の姿に不穏な気配を感じる。


「良かった! 総督邸に連絡したんだけど、あの子がいなくなって…!」


「どういうことだ!」


 激昂したランスを目線で止めると、泣きそうな顔で縋り付いてきた女の肩を優しく掴んで離し、アレックスは尋ねた。


「いつ頃、どんな状況でいなくなったのか、探した場所と探してない場所を教えてくれるか」


「館中、全部探したんだ。それこそヤってる最中の部屋から地下までね! だけどどこにもいないんだよ」


「門番はなんで言ってる?」


「出た人間は見てないって……」


 それを聞いたランスが厳しい表情を微かに緩めた。それで見つからないなら、昔教えた言いつけに従って隠れている可能性が高いからだ。

 責任を感じているのだろう、ぐじぐじと泣き出したデイジーの肩をアレックスは優しく叩いた。


「出た形跡はないんだな」


「なかったよ。だけど見つからないから……外に出ちゃったかもしれないだろ。廊下でそれっぽい子に客が声をかけたって話は聞いたから、目を離した隙に部屋の外に出てるのは間違いない。私のせいであの子が……ほんとに……ごめん」


「反省は後だ。早く見つけないと」


「中庭に隠れてる可能性が高いな……隠し通路から出た可能性は少ないだろうし。俺でも開けるのに結構な時間がかかったからな」


 独り言めいたランスの呟きにアレックスは白目を剥く。確かにこの娼館には隠し通路があるが、仕掛け付きで、手順が分からなければ開けられない。


「解けたのかよ…! というか、そもそも何で知ってるんだ」


「掃除をするついでに確認した。護衛として必要だからな」


「ちょっとちょっとそんなもんがあんのかい?!」


「改装した時に作った。いざという時に皆を逃がせるようにしとくのは鉄則だよ。ただ、あそこを使えるのは俺と、不本意だがこいつだけだな」


 他言無用だと釘を刺すと、アレックスは本題に立ち返った。


「中庭に隠れてる根拠はあるのか?」


「彼女は常に命を狙われていた。剣の腕を磨くには早いから、刺客を撒くために徹底的に隠れる訓練をしたんだ。そして俺が行くまで隠れるように言い含めている。今回もそうだと思う」


 話しながらも中庭への道を迷いもせずに進み、扉に手をかけて中庭に出ると、ランスとアレックスはレジーナの名を呼んだ。



※ ※ ※


 話は三刻ほど前に遡る。

 綴りの勉強をやって、持ってきてくれた本は3回読んだ。出されたおやつも平らげた。

 そして部屋で暇を持て余したレジーナは縮まった背中をうんと伸ばしてソファーでうたた寝をしているデイジーの顔の前で手を振った。


「つまらない……」


 自由にしていいと言われたアレックスの部屋を見て回ったが、棚には小さい文字でぎっしりと書かれた難しい本しかない。気になるチェストやクローゼットは鍵がかかってて開かないし、カードゲームやチェス盤は置いてあったが一人では遊べない。

 絵を描くのもそんなに好きではない。

 すぐに帰ってくると言ったランスも、昨日の昼過ぎから出かけたアレックスも帰ってこない。

 物分かりの良い子、やってはいけないと言われたことはきちんと守る子と評価されているレジーナだったが、六歳児にすぎないのだ。

 家庭教師が追い立てるように色々な知識を詰め込んでいった王宮の生活、新しい発見ができる旅路と忙し過ぎて、やってはいけないことが出来なかっただけだ。

 そこから一転しての窮屈なこの部屋の生活にレジーナはすっかり飽きていた。

 バルコニーに出て柵の内側から下を覗き込むと美しい景色が広がっていた。壁を這うように咲き乱れるピンク色の花、蔦の鮮やかな緑はこのバルコニーの近くまでその蔓を伸ばし、白と灰色の敷石で作られた美しい模様と中心に置かれた二段の水盤も可愛らしく、丈の低い植栽と見たことのないカラフルな色味の花が寄せ植えされた鉢植え、硬く尖った葉と針のような毛の生えた幹の変わった木や、ピンクの縁取りの白い花の咲く木、滑らかな石で彫られた彫像などが上品に配置されている。

 使われている植物は見覚えがないし、城の庭のような完成された整い方をした庭ではないが、それが逆にレジーナの好奇心をいや増させた。

 レジーナはデイジーを起こさないように、ドアをそっと開けて廊下に出る。

 白い大理石のタイルが敷かれた床石が靴音を反射して小さく響いた。

 それに身を震わせながらも廊下を歩いて下への階段を探して降りると、絨毯が引かれた廊下に出る。足触りの良い目の詰まった絨毯は靴音も響かず歩きやすい。

 白く塗られたドアと壁は宮殿でもこの旅の途中でも見たことがないもので、中庭の光を反射して眩しい程だ。

 物珍しくてきょろきょろしながら歩いていると、目の前のドアから太った男が出てきた。ツルツルしたシルクのシャツに足首丈のズボンを身につけ、長い上衣を引っ掛けている。

 アレックスも似たような格好をしていたから、この辺りの服なのだろう。この宿に泊まっている人間だろうか、と考えてそっとその横を通り抜けようとすると男がレジーナの進路を塞いだ。


「おぼっちゃん? いや、おじょうちゃん? 君はここで働いているのかい?」


 その声に含まれた粘着質な響きに体中の毛が逆立った。物心つく前から危険に晒されてきた勘が警鐘を鳴らす。


「ちがいます!」


 と叫ぶように答え、伸ばされた男の腕の下をすり抜けて廊下を走り階段を降りる。

 追いかけてくる足音を聞きながら身を屈めて中庭へ走り、ランスに昔教えてもらった隠れ方を思い出して庭の物陰に身を滑りこませた。

 しばらく隠れていると、男と女達の揉める声が聞こえて、バタバタと人が走ってくる音が聞こえて一度静かになり、レジーナを探す女達の声が聞こえた。


(……でちゃだめ)


 だが、レジーナはその隠れ場所から出なかった。

 王宮では誰も信用出来なかった。誰かに追われて隠れた時はランスか乳母か母親が探しに来るまで出てはいけないと約束をしていたのを覚えていた。

 膝を抱えて体を縮めて茂みと壁の隅に目立たぬように身を潜め続ける。

 じっとりとした暑さが絡みつき、喉が渇く。もう耐えられないと思った時に、待ち望んでいた声が聞こえた。


「ランス…! アレク!」


 植栽の隙間からまろび出ると、ランスとアレックスが目を見開いてこちらを認めて、安堵の息を漏らすのが分かった。


「ランスに言われたこと守ったの」


「守ってないだろう。なぜ、勝手に部屋を出たんだ」


 被せるように問うた低い声はランスのものではない。

 穏やかなアレックスしか知らないレジーナがヒュッと喉を鳴らして顔を上げると、冴え冴えとした怒りを込めた目でこちらを見下ろす美貌があった。


「だって……ずっと、おへやで、つまらなかったんだもん! ずるい! みんな外に出ていいのに、なんでわたしだけお外でちゃいけないの!」


 涙と共に恐怖がこぼれ出て、怒りに変わる。

 レジーナが怒鳴り返すと吊り上がった眉がへたりと下がって、いつもの優しいアレックスの顔になった。


「俺の部屋以外、子供には危ないからだ。実際金髪の子供が酔客に追いかけられた末に姿を消したと、デイジーに聞いたが」


 表情は戻ったが、声音は厳しいままだ。それが嫌でレジーナの下唇が上がって口がへの字に曲がる。


「だから、バルコニーから見たお庭が見たかったの」


「……心配、したんだ。いなくなったと聞いて、胸が潰れるかと思った」


 腕を引き寄せられ、包むように抱きしめてられて、親愛を吐き出すような響きでその身を案じられる。

 今まで感じたことのない温もりに、レジーナはアレックスの服の裾を掴みながら小さな声で謝罪した。


「ごめん……なさい」


「怖かったろ」


「……すこしだけ。それよりも、のど、かわいた」


「まず水を飲もうか。そのあと果実水を作ってやる。色々果物を買ってきたんだ。メルシアでは珍しいものばかりだぞ」


「うん」


 手を引かれて二、三歩進んだところでよろけたレジーナをランスが抱き止めて軽々と抱え上げた。


「部屋までお連れします」


「ありがとう……それと、心配かけてごめんなさい」


「反省してください。生きた心地がしなかった」


 ため息混じりにそう言った、普段より近い位置にある顔が苦笑を帯びる。


「でも、偉かったですね。私が言った事をちゃんと守って隠れてたのは素晴らしい判断だったと思いますよ」


 ぽんぽんと頭を撫でられ、レジーナはランスのたくましい首にぎゅっと抱きついた。

お読みいただきありがとうございます。評価ブクマ、励みにしています。

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