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隻眼の海賊

敵サイド回。性暴力等を示唆する文言が入ってきます。また、今後の話ですが、18禁にならない程度に薄めて書いてありますが暴力シーンや性暴力等の話が入ってきますので、苦手な方には閲覧をお勧めしません。

 スクラーヴェ島は海賊諸島にある中規模な有人島の一つだ。

 発見された当初はフランジパニ島という可憐な花の名を付けられたはずなのに、今や人々に奴隷島という意味の悪名で呼ばれている。

 人身や盗品の売買を行うブラックマーケットが立ち並び、島の中心には、特に高額な商品を売買する闇オークション会場として使われている邸宅がある。

 島の顔役たる競売人が管理しているはずの館は、今現在、定期船を襲った海賊たちに制圧されていた。

 貴賓用の部屋、この屋敷で最も格式高く設らえた部屋にノーザンバラ語の低く抑えられた声が響いた。


「だから、あの犬は姫のことを裏切ったんですよ」


 女の高い声が、強く、感情的にそれを否定した。


「そんなはずはないわ! 彼は私の言うとおり逃げただけよ」


 白い肌は怒りで薔薇色に染まり、菫色の瞳も強い光に満ちた色をしている。相手が裏切るはずがないと確信している顔だ。


「言う通り、ではなかったですよね。大切な駒(姫君)を連れて行った。捜してはいるが、いまだに見つからない。生きてるのも死んでるのもだ。俺たちはこのままじゃ故郷に帰れないのはお分かりですか?」


 隻眼の男は苛立たしげな声音は隠さず、それでも丁寧に目の前の女に話しかけた。


「それは貴方のせいでしょ! ナザロフ。ランスは私達の護衛だったの。助けられる方を助けて逃げたのよ。貴方が私に剣を突きつけてなかったら、当然私を助けてくれていたわ」


 怒っていてもなお愛らしい、春の陽だまりのような皇女は年を経てなお、男にとって庇護欲をそそる唯一の存在だった。

 それだけにメルシア人の男に骨抜きになっている姿に苛立ちを覚える。


「姫はなんであれがお気に入りなんですか? 顔ですか? 身体ですか? 確かに色男だったが、あんたの旦那だってかなりの男前でしょう? 王への当てつけなら最高に爽快ですが、そういうわけじゃないんでしょ」


 下卑た物言いをしてやると、女の顔が歪んだ。


「侮辱しないで! そんな理由じゃないわ。ランスは見返りもなく命をかけて私のことを大切に護ってくれた人なのよ。それで私ははじめて人に愛されるということがどういうことか分かったの……。役に立たなくても、ただ、愛されているのよ」


 その男がいかに自分のことを思っているか、愛し合っているかの話が続く。

 相手の事を口にするにしたがって、不機嫌な様をおさめてふわふわと甘さを滲ませた微笑みを浮かべるイリーナを目にして、ナザロフの胸の内に重い石のようなわだかまりが溜まっていく。


「護衛というものは、主人の命を優先するよう教育されるものでしょう」


 そっけなく否定してやるが、夢見るような眼差しの皇女はそれに首を振った。


「彼だけが護衛だったわけじゃないわ。でも、皆、自分の命を惜しんでた。ノーザンバラ出身の王妃のために死にたくないって。でも彼はためらいなく守ってくれたの。そんな人はメルシアにもノーザンバラにもいなかったわ」


 では、今彼女の前にいる自分はなんなのだろうか。

 ノーザンバラ帝国は寒く氷雪で閉ざされた国だ。地面は硬くて耕作できる土地は少なく、常に食べ物は足りていない。庶民の子供が大人になれる確率は5割といったところだ。

 王族、貴族ならば多少生き延びられる確率は高いがそれでも死んでしまう者も多いから、ノーザンバラの皇室は子供の数が多い。

 そして皇位継承は男女問わず王の次の代の血族の中で、最も強い者から選ばれる。

 イリーナの母は皇帝の側室の中で身分や政治力、財力が高かったわけではなく、イリーナ本人も特筆するほどの才覚や美徳があったわけでもない。

 だから、虐げられていたというわけではないが両親から関心も愛情も与えられていなかったし、利用価値のない皇女として誰からも顧みられていなかった。

 だが、ナザロフはずっと彼女に目をかけてきた。メルシアの第二王子との婚姻が決まる前は皇帝に乞うて三人目の妻に迎えようか考えたこともあるし、結婚が決まった後も陰に日向に皇帝とイリーナを繋いでノーザンバラと彼女に有利になるように動いてきた。

 今だってメルシアに阿る派閥を抑えつけて、彼女とその娘をノーザンバラに戻すためにここにいる。

 だが、その献身は全く通じていなかったらしい。


「貴方にとってはそうなんでしょうね」


 投げやりに言って、部屋を出る。

 後ろ手でドアを閉めて、廊下に飾ってあった花瓶を台座ごと八つ当たりで壊すとセラーに向かい、目についたモラセス酒を何本か抱えて自室に戻った。

 座り心地のいいソファーに体を投げ出して瓶から直接あおると、ツマミを口に放り込む。

 甘ったるい酒精が喉に絡んで、故郷の焼けつくような味わいの酒が恋しくなったが、遠く離れたこの島でそれを望むべくもなかった。


「忌々しいメルシアの野良犬共め……」


 誰に聞かせるでもなく悪態をついたナザロフは水でも飲むかのように一瓶を空にし、床に投げ捨てた。

 ナザロフはメルシア王国という国、いやそこでのうのうと生きているメルシア人が嫌いだった。肥沃な土地に温暖な気候、国境線の山脈には豊富な鉱物資源が眠っており、鉄も燃料も労することなく取れる。

 支配階級だけではなく、そこに生きる民さえも、飢えに苦むことも夜寒さで死ぬこともない恵まれた国だ。

 何もかも持っていて気に入らなかったのに加え、ナザロフが好意を持った女を娶り、母国がかろうじて有していた作物の実る土地を奪い取った。

 今回の事で取り返せるかと思ったが、結局彼女の心はどこの馬の骨ともしらぬメルシア人に奪われたままだ。

 メルシアは彼とノーザンバラの物を次々と奪っていく、そう苛立たしく思ったナザロフはふと思い出した。

 あの国から奪ってやり、ここで売り飛ばした王子がいた事を。


「……まだ生きてやがるかな」


 ぞくりと尾骶に興奮が走る。

 美貌を絶望と屈辱と恐怖で歪ませ、躰を差し出して惨めな様で生き汚く命乞いしたメルシアの至宝と呼ばれていた青年。

 沢山の獲物を狩り思う様貪ってきたが、あれを組み敷いた時以上に愉悦を覚えた事はない。

 十年経っている。生きているなら堕ちに堕ちているだろう。その惨めな様を嘲笑いながら再び凌辱でもしてやれば気も晴れるに違いない。

 じっとりと溟い笑みを浮かべたナザロフは競売人の部屋に向かった。


「おい、十年前ここに売った、やたらと綺麗な男はどこに買われたか覚えてるか?」


「知りませんよ。俺がこっちに来たのはそんなに昔じゃねぇ」


「百人が百人認めるような美形だぞ。知らねえわけあるか」


 不満顔でにべなく言った男を威圧すると、怯えた様で言葉をつなぐ。


「あ……ああ! そうだ! 十年前でソッチの奴隷なら、海亀島の高級娼館のどこかでしょう。だったらポン引きのアレックスに聞けばいい! だからこっから早く出てってくださいよ!」


「ポン引きのアレックス?」


「私掠船団の雌猫、本島に隣接する歓楽街、海亀島の娼館を束ねる女衒の元締めですよ。男娼は多くねぇから、そいつがまだ生きてるなら噂ぐらいは知ってるんじゃないんすか」


「詳しく聞かせろ」 


「詳しい事っても、俺がここの実権を握ったちょっと前に海亀島の元締めになった奴ってことしか知らねぇです。会ったこともねぇし。こっちがゴタゴタしてた時に一方的に取引を切られてからは没交渉で。ああ、だが色んな意味で、ムカつくぐらいの遣り手なのは知ってる。そのせいでこっちは押され気味だ」


 首を鳴らして、ナザロフは笑った。


「俺は義理堅い男だ。世話になってるお前の思惑に乗ってその女衒野郎を痛めつけて来てやるよ。感謝しろ。ま、探し物も見つかるかもしれんしな」


お読みいただきありがとうございます。

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