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【完結】自由を取り戻した男娼王子は南溟の楽園で不義の騎士と邂逅する  作者: オリーゼ
南溟の楽園

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市場での買い物

本日1話更新です。

 本島と海亀島は橋によって繋がっており、本島側の橋のそばには商店や露天が軒を連ねていた。

 南国の市場は大陸の市場とまた趣きが違う。

 派手な色の海産物や農作物に目を取られたらしく、馬車から降りたランスが物珍しそうに辺りを見回しているのを見て、アレックスは目を細めた。


「これはなんだ?」


 ランスは腰ほどの高さの木製台の上に山盛に果物や野菜を盛った露天の前で足を止めて、指を差した。


「ああ、カランボラか。果物だよ。切ると星形になる。酸味があって爽やかな味だ。そっちはグラヴィオーラ、そう見えないが果物だ。甘酸っぱくてクリーミー。ついでにそれはアグアカテ、身を潰してレモン汁とおろしたニンニクと混ぜて香辛料を加えたのを堅パンやマサ粉を伸ばして焼いた薄パンに乗せて食べるとすごくうまい。皮もむきにくいし、中に硬い種が入ってるから作るのは手間だけどな。どれもメルシアにはない暑い地域の食べ物だ。そうだ、いくつか見繕って土産にしようか」


 露天商に声をかけて、色々な果物を取り混ぜて紙袋に入れてもらい小銭を払う。受け取ろうとしたところでランスがすっと前に出て当たり前のようにそれを受け取った。


「自分で持てるが」


「荷物持ちぐらいはするさ」


「そうか。ありがとな」


 次にランスの希望で剣の店に入ると、ランスは飾り気のない直刀のショートソード三本とフリントロック式のピストルを四丁、剣帯などの小物類、それに加えて投げナイフを大量に購入する。


「すごいな。そんなに買ってどうすんだ」


「予備。業物じゃない得物なんて使い捨てだ。使い潰して武器がない時に襲われたら命取りだぞ。あんたが無頓着なんだ。普段から薄そうだが、今日に至っては丸腰じゃないか」


 剣帯とショートソードと短銃を押し付けられて、アレックスはそれを腰に巻きつけ、銃をサッシュに束生える。


「総督に会うのに、武器を所持してるわけにはいかないだろ。行きの馬車にはちゃんと護身用の武器も置いてあったし、一人で行動しないようにはしているさ」


 無頓着というわけではない、強いわけではないが昔習った剣技を毎日地道に反復しているし、身なりの整った状態だと劣情を誘う容姿ということも知っているから、移動にも気を使っている。

 言われた事に心を抉られて、口を曲げるとランスは肩をすくめた。


「ま、あんたがどれだけ無防備でも俺が守るさ」


「は? お前が俺を守る義理はないだろ」


 カッとなって手を払い、冷たく言い放つときりっと持ち上がった形のいい眉が困ったように落ちる。


「怒るようなことか? あんたには恩があるから、恩返ししたいだけだ」


「怒ってるわけじゃない。俺は守られるような大層な立場じゃない。そういう状況にならないように気もつけているから、俺に力を割く必要はない」


「なんでそう頑なになるんだ。戦いの時の怯えようから見て、自分の力に矜持があるわけじゃないよな?」


 アレックスはため息をついて吐き捨てた。


「頑ななのはどっちだ。命まではかけてくれるなよ」


 嬉しそうに表情を一転させたランスをアレックスは別の店に案内する。


「着替えも必要だろ。古着だがここの店は品揃えがいい。親父、この男に服を見繕いたい。それと子供の服もいくつか出してくれ」


「お、アレックス。どうしたんだ? 昔の別嬪に戻ってんじゃねえか。商売再開か? 兄ちゃん、ケツの毛までむしられないように気をつけろよ」


「顔を見るなりそれかよ。総督に呼び付けられただけで、こいつはそういうんじゃねえから」


 はいはい、とおざなりに返事をした店主はランスを上から下まで見つめてにぱっと人の良い笑みを浮かべた。


「この男のも子供用も良さそうなサイズのやつがちょうど入ったとこだ。アレックスの紹介ならそれなりに出せんだろ?」


 ニンマリと笑って指をすり合わせた男は、店の奥から何着か服を持って戻ってくる。


「物はいいんだがでかすぎて、仕立て直すしかないと思っていたんだ。その分勉強するぜ」


 ランスの表情がその服を見た瞬間に固まり、不快げに眉が寄る。


「おい、この服はどこで手に入れた?」


 低い声と漏れ出す殺気に店主は後退り体を震わせたが、それでもランスに向かって毅然に言い返した。


「仕入れ元は聞かないのがここのルールだ」


「命が惜しくないようだな」


「お、おい! アレックス! オマエのツレだろ! なんとかしろ」


 威圧に押し潰されそうな男の間に入ってアレックスはランスを宥めた。


「急にどうしたんだ。この服がどう……」


 服に目を止めたアレックスはある事に気がつき、それを手に取った。


「これはもしかしてお前の服か」


 それは流れ着いた時にランスが着ていた服とよく似ていた。潮に浸かっていないから質のよさがさらに際立っている。


「あの船に置いてきた俺の服だ。一等客室にあったから、売りさばかれたんだろ」


「俺は買い取っただけだからな! 返せと言うなら、その分補償してもらうぜ!」


「返せと言っているわけじゃない。出どころを吐けと言っているんだ」


 斬りかからんばかりの剣幕のランスをいなして、アレックスは店主に向かい合った。


「親父、悪いがこれと同じ仕入れの物を全部見せてくれないか?」


「それぐらいなら……」


 男が持ってきた服と日用品の山をアレックスは顎で指した。


「ランス、お前らの荷物を分けられるか?」


 怪訝そうではあったが、頷いてランスは服や小物を選り分けた。


「俺とレジーナ様のものしかないな……」


 店主に聞こえない程度の声で独りごちた声は苦い。


「親父、これを全部買い取るとしたらいくらだ?」


 アレックスがランスとレジーナの持ち物を示すと、男は1500ターラと返してくる。


「そうだな。倍出そう。そのかわり仕入れ先を教えてくれないか?」


「あんたの頼みでもそいつは聞けねえよ」


「そう言わずに……頼むよ。総督も関わってる案件の手がかりになるかもしれない。今のうちに心証は良くしておいた方がいい」


 ちらりと上目遣いで首を傾げながら男を見上げて、声をほんの少し甘く蕩かし、微笑みを浮かべてやると、中身は脅迫じみた言葉にも関わらず、その顔が朱に染まる。


「いや……だが……」


「倍じゃ駄目か? 金以外ならどう? ここで言いづらいなら、裏で、二人きりで、希望を聞いてもいい」


 男の目をじっと見つめてから、あえて視線を斜め下に逸らして恥じらうように誘うと、男は唾を飲み込み、鼻の下を伸ばして何かを口に出そうとした。

 が、何かが潰れる音がした瞬間、急に顔をこわばらせる。


「どうした?」


 何かあるのかと思って辺りを見たが、荷物を床に置き、後ろ手を組んで、先ほどの怒り様からは考えられないほど澄ました顔のランスが控えるように立っているだけだ。


「……い、いや」


「なにかあるのか?」


「な、なんでもねぇ! 3000、それで……ああ、いや、1500でいい……! 奴隷島の競売人の手下が持ってきたもんだよ!」


「言えないわけだ。でもなんで急に言う気に」


「あんたには世話になってる! 気にしないでくれ!」


 あからさまに顔を逸らされて首を傾げるが、男があっさり教えてくれるならそれに越したことはない。

 アレックスは他に男児向けの服を包むように頼み、2000ターラ分の小金貨二枚を財布から取り出した。


 2人が去った後、店主は深く安堵の息をもらした。

 この辺りは治安の悪い歓楽街である海亀島との境、ならず者達もうろつく地区だ。

 それなりに修羅場慣れし、どんな悪漢の脅しもいなせると自負していたが、美貌の娼館主が先ほど連れてきた男はその自信を根底から覆し、粉々に砕いていってくれた。

 最初の印象は愛想は良くないが、軽口が叩ける程度の穏やかな雰囲気の男だった。

 だが、売られていた服が自分の物だと気づいた瞬間、豹変した。殺気なんていう生易しい言葉では言い表せない何かが彼を覆った。


 死神というモノがいるのであればあの男の姿をしているに違いない。売主に対する信義も恐怖もあったから、なんとか口を噤んでかろうじて威圧に耐えたところで、アレックスが仲介に割って入った。

 助けてくれただけでなく、こちらの益になる取引を持ち出してくれ、あまつさえ金以上の価値のある取引を持ちかけてくれようとした。


 ラトゥーチェフロレンスは海亀島で最も格式の高い高級娼館だ。

 男の稼ぎでは新人娼婦と二時間ばかり過ごすのがせいぜいだろう。


 もちろんアレックス……ウィステリアは一生かかっても手が届かない存在だった。その彼が自分を誘ってきたのだ。この機会を逃すわけにはいかないと、すけべ心と股間を膨らませた。

 が、それは一瞬にして萎えることになる。アレックスの連れの男が果物を一つ取り出して紙袋を地面に置いた。手にしていたのはアグアカテの黒い果実だ。

 何を? と思ったとたんに男がその実を素手で握りつぶし、中の種まで砕いた。しかも素手で。身は柔らかいが中の種はあのように一瞬で砕けるものではない。

 アレックスが後ろを向いた瞬間にそれをさっと隠して表情を取り繕っていた男だが、アレックスがこちらに顔を戻した途端、邪悪な笑みを浮かべて潰した果実と股間を指差してきた。


 意図は明らかだ。アレックスに手を出したら息子が物理的に潰される。あの男には逆らわない方がいい。

 生き馬の目を抜かなければ生きていけないこの島で生き延びてきた男は、金も下心も諦めて男に従うことにした。

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