帰らぬ理由
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総督が出してくれた箱馬車に、街で止めて欲しい旨を伝えて乗り込んだアレックスは背中を背もたれに深く預けて、天井を見上げながら深いため息をついた。
「つかれた……」
肉体的以上に精神的な疲労を感じていた。
そして先ほどは開き直ってしまったが、息子と同じ年の青年にあまり見せたくない姿を赤裸々に見せてしまった事にじわじわとした羞恥心を覚える。
「少し寝ていけばいい。酷い顔だ」
「……ああ、そうする」
目を瞑るが、どうにも落ち着かなくて瞼を戻すと、ランスがじっとこちらを見つめていた。
「なんだよ。説教ならもう充分だぞ」
間違った行いであるとは思っていない、だが、褒められる行為でもないことも自覚しているのだ。
だが、ランスは違うことを尋ねてきた。
「なんで故郷に戻らなかったんだ? 大陸間を渡れる船も持っているのに」
「ここの気ままな暮らしが気に入ってるからだよ」
努めて明るく答えると、ランスは納得ができないと言った様子で首を傾げた。
「ジュストコールに身を包んで背を伸ばしたあなたは堂に入っていた。薄汚れた荒くれ者の姿より、そちらの方が自然に見えた……戻れなかったわけじゃないんだろ?」
冷静を装って食い下がってくるランスに苦く笑んで突き放すように本音を返した。
「帰る理由がなくなったからだ」
「帰る理由がなくなった?」
「ああ。男娼として身をひさいでいる時に、妻も子も死んだと聞いた。他にも大切な物はあったはずだったんだが、それを聞いたらどうでもよくなって戻るのをやめた」
ラトゥーチェフロレンスは高級娼館だ。客には各地の最新情報に明るい人間もたくさんいて、少し水を向ければ弟の手で作り替えられていくメルシアという国と王家のスキャンダルな噂話を語ってくれた。
全面的に信じたわけではない。だが娘と義理の息子が不審な死を迎え、妻も患った末にひっそりと亡くなったという話を聞いて心が折れた。
結局のところ、自分は王などという地位に向いていなかったのだろう。国を守る事を使命として育てられてきたはずなのに、家族を失ったと知った途端に未練も使命感も吹っ飛んだ。
そのまま朽ちていきたいという願望から辛うじてとどまれのは、死を覚悟した恩人から与えられた「生きろ」という言葉があったからだ。
「あなたが戻ってくれば、救われた人もいたと思うが」
荒い砂で心の柔らかな部分をざりざり擦られている様な不快感がある。
彼はひょっとしたら自分のことを知っていて、戻ってこなかった王太子のことを残念に思ってくれていたのかもしれない。だが、戻るには何もかも遅すぎた。
「戻ったら単なる火種だったさ。取り繕われてはいたが、妻子の死は不自然だった。誰がやったのかは知らないし、弟も信じたい。が……そんな状況で俺もあいつに会いたくないし、あいつも死んだはずの兄に会いたくもないだろう。俺は死ねないんでね。命を危険に晒したくはないんだ」
もう一度硬く突き放して話を打ち切ったアレックスは、腕を組んで俯き目を閉じ、やるせなさそうなランスの視線を遮断した。
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