娼館からの迎え
事後に飛んでますが前章からBL続いています。ご留意の上、お読みください。
本日2話目です。1話目からご覧ください。
「ウィステリア様、失礼します。お使いの方がお見えです。隣室にお通ししています」
「……分かった」
躾がいいのだろう。総督の従者は自分に対しても丁寧な態度を取ってくれる。アレックスは寝乱れて気怠い体を起こした。昨日着ていた服は興奮しすぎたヴァンサンによって捨てるしかない状態になってしまったため、先に起きて執務に向かった彼に娼館から服を届けてもらえるように言伝を頼んだのだ。
誰が来たのだろうかと寝ぼけ眼で身繕いもせずに借りたシルクのガウンだけを引っ掛けて寝室のドアを開ける。
「わざわざ悪か……っ!! なんでお前がここに! ジーノは?!」
夜明け過ぎまで勤しんでいた情事の名残でぼんやりとしていた頭が一気に覚醒した。
茫然とした琥珀の双眸が食い入るようにアレックスの有様を見つめている。慌ててガウンを合わせて紐を結んだが、そんな事で隠せるような状態ではない。
娼館の者なら気にしないからと、下着も身につけてなかったし、抱き潰されて昨日の欲を洗い落とさずに寝てしまったせいで、身体中に雄の匂いがまとわりついている。さらには執拗に付けられた紅い独占欲が全身に散っている。
「どういう事だ?」
地の底を這うような声で尋ねられた事に答えるのは気まずく、アレックスはごまかすように質問を返した。
「……いや、その……俺のことはどうでもいい。何でお前がここにいるのか聞いているんだ」
「着替えを届けに来た。使いっ走り出来るディックが起きなかったからな。ジーナは部屋の外に出さないようにデイジー達に頼んだから大丈夫だ」
「あの野郎……しばらく出入り禁止だ」
八つ当たり気味に呟いて、机に投げ出された着替えの袋に手を伸ばすと、その手をランスが捕らえた。
「仕事の話でこちらに来たと思っていたが」
「そうだよ。総督とは話がついた」
折れるのではと不安になる程、強く手首を掴まれて引っ張られる。コーヒーテーブルの角に足をぶつけてアレックスは痛みに呻くが、ランスはそれにわびる様子も見せずに、いたたまれないほど冷たい視線を体中に這わせた。
「そのザマは見返りというわけか……」
「なにイラついてるんだ? 安いぐらいだろ」
「安い? 自分の事を何だと思ってるんだ」
「軽蔑するならすればいい、俺は男娼あがりの海賊。減るもんじゃない。俺なんかの身体で贖えるメリットがあるなら股ぐらい開く」
「ひどい言い草だ。そんな風に身体を投げ出すのは間違ってる」
ランスの顔に悲しみが浮かび、不意に優しく抱きしめられて、アレックスは戸惑った。
色欲のない家族に対するような抱擁だが、それを向けられるいわれはない。いや、自分が彼の父に似ていると言っていた。それでだろうか。
「もう少し自分を大切にしてくれ」
アレックスを案じる響きがそこにはあった。
ここはそういう場所で、大切にする価値もないぐらい身をひさいできたのだ。自分を心配してくれる人間はいてもこういう事に異を唱えてくれる人間はいなかった。
まっすぐな言葉で与えられたそれは渇いた心にじんわりと沁みて、忘れていた傷をじくじくと痛めつける。
無意識にそれから目を逸らしたアレックスはランスから身を離して微笑むと言い切った。
「大切にしてるぞ。使えるものは使わないと生き延びられないだろ?」
反論したげにランスは首を振ったが、彼の口から出たのは全く違う優しい言葉だった。
「……ジーノも心配している。早く支度して帰ろう。待ってるから」
アレックスは、頷いて着替えを手にした。待っている、という言葉になぜかひどく心がざわめいた。
お読みいただきありがとうございます。また、ブックマークもありがとうございます。はげみになります。
書きためたものが減ってきたので、明日から1日1更新予定です。




