秘め事
BL絡みあり。本日もう1話更新予定です。
「ウィステリア! 待っていたよ!」
総督府の入口で出迎えた男にアレックスは冷めた眼を向けた。
「総督、私のような卑賤の身を迎えに出るのはおやめください。それと私のことはアレックスと」
リベルタ総督ヴァンサン=ガイヤール。本来ならば執務室でこちらが跪くのを待つ立場だ。
「ウィステリア、その謙虚さは君の美徳だが、私は貴方の虜なんだ。迎えに出ることくらい許してくれないか」
嗜めても男は呼び方を変えずに、跪づき貴婦人に対するように恭しく手の甲に口づける。
アレックスは出かかった舌打ちを辛うじて噛み殺した。
「貴方はこの統治領を統べる御方、私は一介の私掠船団長に過ぎません。貴方を総督に任じた王の品位をも下げる行動は控えるべきかと」
「ああ! 私を心配してくれるなんて。なんて優しいんだ。嬉しいよ」
手の甲に頬擦りされて、アレックスは慌ててそれを引っ込めた。
彼には沢山の借りがある。
そもそも店を通さずに彼が自分に貢いでこなければあれほど早く自由の身にはなれなかった。
自由を得た後、私掠船の免状を出してもらった。そしてその後も商売を行うにあたってさまざまな便宜を図ってくれている。パトロンと言って過言ではない。
だがその恩を計算に入れてもアレックスは彼が苦手だった。
「困らせないでください」
立ち上がらせ、邸内に誘う。彼の使用人も控える中で、傅かれる事に耐えられない。
当たり前のように腰を抱かれそうになるのをするりとかわして玄関ホールからほど近い応接室に足を向けると腕を取られた。
「今日は客として招いたわけではないからね。こちらだよ。ウィステリア」
ならば執務室の方だったかと思ったが、そこを通り過ぎ、私室に通されてアレックスはさすがに眉間に皺を寄せた。
「応接にも通せないのに私室に通されるとは思いませんでしたよ」
「だから、客ではなく恋人として招いたんだ」
「……仰っている意味が分かりませんね」
一段低い声で返し、取られた腕を振り解くと男の視線が加虐を帯びて、口元に下卑た笑みが浮かぶ。
「それとも召喚状の文面の通り、私掠船の免状を取り上げ海賊として処罰される為に出頭したのかな。私としては恋人として会いに来てくれたと信じたいんだが」
アレックスは首を傾げ、上目遣いで男を見上げると形ばかりの冷たい微笑みを与えた。
「さあ……私はただ総督のしもべとして、貴方に呼ばれたから伺ったまでです。男娼としてでも、海賊としてでも好きなように扱うと良い。もっとも、絞首刑で死ぬ様で貴方の目を楽しませて差し上げられるかは分かりませんが」
その言葉に男は明らかに狼狽えた。命を盾に取る勝負を仕掛けた時点で彼の負けだ。
「君はとてもすげない。私は愛を乞い、望んでいるのに、決してそれを与えてくれない。どころかいつも愛を与えるなら死んだ方がマシだというような、つれない態度を取る」
自分の言葉に興奮し、目に涙を浮かべながら抱き寄せてこようとする男から身をかわしてソファーに誘導した。
「ヴァンサン、貴方は私にとって特別です」
男を座らせ、自らも横に座るとアレックスは宥めるようにその手を取って甲を撫で、指を絡める。
「貴方がいなければ私は今、生きてはいない。自由を与えたのはあの男だけれど、それだけで生きていくのは難しい。私にまっとうな立場を下さったのは貴方だ。与えた人間がそれを取り上げると言うならば従って潔く死ぬという覚悟があるだけです」
手の甲にぽたぽたと水滴が落ちてきてアレックスが顔を上げると、ヴァンサンの瞳から涙が次々とこぼれ落ちていた。
「何で泣いているんです?」
「君は平然と嘘をつけるんだから、言葉だけでも愛を囁いて好きなように操ればいい。それでも私は構わないのに、どうしてそれをせずに冷たい態度で誠実さと優しさを見せるんだい? 頼ってもくれないし……」
「頼っているじゃないですか。貴方にしか頼れない事は。今日はそのつもりでここに来ました」
ハンカチを出して涙を拭ってやると、ヴァンサンは顔を上げてアレックスの手を握りしめて手首に口をつけた。
「頼りにしてくれるのかい?」
「貴方しか頼れない。定期船を襲った海賊の件で助けが必要です。やつらは多分十年前に私をここに売った海賊だ。自分で片をつけたい。ただ、戦力に不安があります。こちらの指示で海軍を動かす仲立ちをして欲しい」
丁寧な言葉を少しだけ崩してヴァンサンの青灰色の目を見つめて口元を引き締め、握られた手首をそっと引き剥がして膝の上に置く。
「……それは確かに私にしか出来ないが、かなり大変な願いだね。定期船が襲撃を受けた事はすでに本国へ報告されている。王は海賊がお嫌いだから海軍も積極的に動くだろう。余所者らしいという事は明らかになったから連帯責任を取らせる処分を止めるだけなら容易いが、海軍を操るのは骨が折れる。私の管轄ではないからね」
腕をヴァンサンの首元に回してソファーに膝を乗せ、香水の香りに気がつかれるほどの近さに身体を寄せ耳元に唇を寄せる。
「それだけのお願いをするんですから、見返りも用意してきました。この服を覚えていますか?」
身を離して服を見せると、ヴァンサンは赤らめた頬を更に上気させ、興奮した声を上げた。
「ああ覚えているよ…! 私が最初に君に贈った服だ! やっと着てくれたんだ」
切長の眦がさらに細められ、舐めるような視線が全身を這い回る。
たっぷりと視線でアレックスを犯したヴァンサンは祈りを捧げるように胸の前で手を組んだ。
「この姿……尊い……。神に感謝を」
ヴァンサンが自分に対して時折熱に浮かされたような意味の測りかねる言動を取るのは常のことだ。アレックスはレースで作られたクラバットの結び目を緩め、喉元を晒す。
「明日の午前までは時間を空けています。恋人として呼んだというなら泊まっていっても構わないのですよね? 服の贈り物は脱がせてこそだと私は思いますが、お好みならば着たままでも」
「そ、そんな背徳的なこと、許されるのか?!」
声をうわずらせたヴァンサンはアレックスから距離を取る。それをすいっと詰め、懐に入れた封筒を優雅な手つきで男の手に触れながら、手渡した。
「それだけのことをお願いしているんですからどうか貴方のお好きに。ああ、そうだ。これを。ラトゥーチェの花々から貴方への招待状です。私がお相手出来ないので渡すのを躊躇っていたのですが……もし入用でしたらお納めください」
内心が表情に出るのなら、最高に悪い顔をしているに違いない。だが、それを完全に包み隠したアレックスの笑みは海賊諸島にそぐわない、かつて高貴な華と讃えられた、素晴らしく美しく上品で、そして優しげに澄んだ微笑みだった。
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キャラクター増えてきたので一覧(現在時間軸)
アレックス(エリアス)/ウィステリア)
メルシア王国の王太子だったが海賊に捕まり娼館に売られる。身請けされて私掠船団を統べるようになり、娼館の主人にもなる。
ランス
メルシア連合王国の王妃と王女の護衛だったが、王妃と不倫関係を結び、真実の愛を貫く為に彼女と彼女の娘を連れて新大陸へ逃避行を図るが、海賊に襲われ、王妃を船に残し王女と二人で海亀島に流れ着く
レジーナ(ジーナ、ジーノ)
メルシア連合王国王女。アレックスの弟の娘。アレックスの娘によく似ている。
イリーナ
メルシア連合王国、王妃。ノーザンバラの皇女。
隻眼の海賊
かつてアレックスを、そして今回はランス達を襲った海賊。その正体はノーザンバラの刺客。
マーティン
ウィステリアを買った海賊。かつては赤毛に琥珀眼だったが、加齢と共に髪の色は赤みがかった金髪に変わっている。
ディック
リチャード=ディクソン
海運業者の息子だったが、女遊びが過ぎて勘当。
計算が得意で食料の配給や分け前の振り分けなどの担当。
ルーク
酒好き。私掠船団以前からマーティンの海賊団の一員
ドルフ
切込隊長、ランスにあっさり負けて現在は甲板磨き
ピンキー
切り込み隊員。小柄でバンダナを巻いている。
ハーヴィー
切り込み隊員
デイジー
娼館の受付、娼婦達の取りまとめもしている。
ヘザー
娼婦。ディックのお気に入り
ヴァンサン
メルシア連合王国総督
蛇や爬虫類を彷彿する男。ウィステリアの太客。
ヴィルヘルム
アレックスの弟、レジーナの父、メルシア連合王国国王、賢征王




