過ぎし日の優しい思い出
過去回想になります。本日は1話分の更新です。
エリアス(アレックス) 金髪、ヘーゼルの目
ヴィルヘルム エリアスの弟、レジーナの父 金髪アイスブルーの目
リヒャルト 辺境伯、王家の護衛長官、赤毛琥珀眼
リヒャルトの息子 赤毛琥珀眼
メルシア王国フィリーベルグ辺境伯の子息である少年は、父に倣って臣下の礼を取りながら、机で書き物をする細身の男をこっそりと仰ぎ見た。
8歳の少年にとって我慢できないほどの長い時間を待たされていたし、何よりも初めて会う噂の王族への興味がまさってしまったのだ。
大人達から誠実な人柄や卓越した能力について聞かされ、姉やその友人には、彼がメルシアの至宝とまで呼ばれていて、舞踏会という同じ空間で踊る事すらためらわれるという話を何度も聞かされていたのだ。気になるに決まっている。
メルシア王国第一王子、エリアス=マンフレート=トレヴィラス。
彼の父リヒャルトが護衛兼武術の師範として付き従っている相手でもある。
仕立てのいい絹のシャツを着て、その上から銀糸で細やかに刺繍を施された藤色の胴衣を羽織り、喉元のクラバットを品位を失わない程度に緩めた軽装だ。
艶やかに流れる淡い金髪を邪魔にならないよう無造作に束ね、ほんの少し眉根を寄せて書類を一瞥してはペンを走らせている。
まずはその美貌に衝撃を受けた。夜会のたびに姉達が大騒ぎしていたのを若干冷めた目で見ていたのだが、その言葉に誇張はなかった。それどころか彼女達の感想はその美しさの半分も表してないように思える。
さらに、右から左へと移っていく書類のスピードに驚いた。読んでるとは思えない速さだったが、大人から聞いた話が本当ならば彼の仕事はとても正確だという。
文字を追って流れていた金色の双眸が不意に何かに気がついたかのように動きを止めた。
「ああ、すまない。待たせてしまったようだね」
笑い含みで発せられた声は明らかにこちらに向けてのものだ。
いきなり指摘されて羞恥で頬を染め視線を伏せた少年だったが、父の呆れた視線と小さなため息で、自分の失態に気付いた。血の気が落ちて青ざめた顔で下げられる限り頭を下げる。
「も、もうし…わけ…ございま……」
絞り出すように謝罪の言葉を口にするとエリアスは首を傾げてあっけらかんと言った。
「待たせたのはこちらだ。君が謝る必要はないだろう?」
「ですが……あるまじき不躾……です」
震えて土下座せんばかりに顔を伏せると男が椅子から立ち上がり、彼の横に頓着なくしゃがみ込んだ。
「顔を上げて」
言われるままにおずおずと顔を上げると、煌めく笑顔が惜しみなく与えられる。
「私にもね、君とそう歳の変わらない子供がいるんだ」
冷たくなった掌をエリアスの柔らかな手が包み込む。
「だから子供が待てないのは承知だとも。むしろ今まで静かに待っていた事を誇っていい」
そう言われたところで気持ちが落ち着くはずもない。おどおどと視線を彷徨わせると父親がごほん、とわざとらしく咳払いをした。
「殿下が構わないとおっしゃっているんだ。この場はご好意に甘えなさい。説教は家に帰ってからだ」
「はい……父上」
「リヒャルト」
たしなめる響きに、リヒャルトは気安く肩をすくめた。
「殿下。幼年とはいえ殿下の臣である事に変わりありません。立場と礼儀に適った行動は必要です」
やれやれ、と苦笑した王子はちらりと時計を一瞥すると冗談めかして続けた。
「君の父上は生真面目過ぎて肩が凝る。少し歩いて体をほぐすとしよう。二人とも付き合ってくれ」
緩めていた装飾や釦を締め直させて、同じ意匠の上衣に袖を通したエリアスは至宝と呼ばれるのに相応しい美しさだった。
その彼に従って執務室を出、長い回廊を歩いた先の扉をくぐると自然を模して可憐に整えられた植栽の庭が広がっていた。故郷の森のような曲がりくねった小径は魅力にあふれていて駆け出したくなったが、それをこらえて少々前を歩く二人に歩調を合わせた。
普段父に付いて歩く時は必死に歩かないと追いつけないが、今日は周辺の花々を愛でる余裕すらあった。どうやら父がエリアスに合わせてゆっくりと歩いているようだ。
小さな四阿があり、その下には従僕達の手によって白いクロスのかかったテーブルと6人分の茶器の用意が設えてある。
「他にどなたかいらっしゃるのですか?」
恐る恐る尋ねると、王子はそれにふわりと微笑みだけを返し少年を椅子に導いた。
部屋の中で見た時に金色に見えた瞳は青緑の混ざった淡褐色で、今の季節の穏やかな新緑と木漏れ日を彷彿させる。
「リヒャルト、君も好きな席に座ってくれ」
「ではお言葉に甘えて。殿下はぜひこちらへお掛けください」
父はすっと椅子を引き、自分から最も護りやすい位置へとエリアスを導いた。
「王宮は安全だよ。そんな気を使わなくてもいいのに」
「殿下が無頓着すぎるのです。用心に越したことはありません」
「何かあっても守ってくれるんだろう?」
そう言って笑んだ王子に父がため息を漏らした刹那、四阿の奥の茂みが鳴った。ぎょっとした視線がそこに集まり、エリアスを素早く背後に庇ったリヒャルトの手が腰に束さえた剣に伸びる。
「呼ばれた茶会に来てみれば、ずいぶんと物騒な歓迎だな」
両手を軽く上げて出て来たのは厳つい見た目の大男だった。獅子のように豊かな髪を左右から取ってハーフアップで纏め、染めてなめした革を布のように使った詰襟にマントを羽織った様はいかにも武人然とした装いだ。
「ヴィルヘルム殿下」
肩の力を抜いて手を下ろしたリヒャルトが非難がましい声音で呼んだ名に、少年は目を見開いた。
ヴィルヘルム=ブリッツ=トレヴィラス。
彼はエリアスの弟であり、この国の第二王子だ。
慌てて礼を取ろうとすると、エリアスが首を振る。
「そんなところから出てくる無作法には礼など不要だ。座っていなさい。リヒャルトに斬られていても文句は言えなかったぞ」
素っ気なく言ったエリアスにヴィルヘルムは屈託のない笑い声を上げる。
「茂みを突っ切った方が早かったからな。なに、いかにリヒャルト相手とはいえ一撃で斬り捨てられるような間抜けな真似はしない」
「確かに殿下にでしたら逆に私が斬り殺されていたかもしれませんな」
肩をすくめて続いた父の言葉に少年は驚きに眉を上げた。
「お強いのですね!」
父、リヒャルト=シュミットメイヤーは近隣諸国でも武芸百般に通じる精強な騎士として名を知られていて、息子としてそれを誇りに思っている。
メルシア王国は大陸の西端に位置し、ハンバー河流域に広がる豊かな穀倉地帯と穏やかな湾を持った国だ。他国も羨む豊かな国土であるが、その上流域にあたる陸地唯一の国境地帯は、フィリー山脈が天然の要害として隣国との境を隔てており、他国を寄せ付けない。
陸側の国境地域であるフィリーベルグを守り、フィリー山の鉱物資源を管理する一族、シュミットメイヤー家は海からの渡来民であったメルシアの主要な家門と違って土着の山岳民族を祖としており、陸での戦いを武門の誇りにした一門である。
国境が安定している現在は弟を代官として辺境の守備を任せ、王の護衛と王族や近衛騎士団の師範として、王都で妻や息子の自分共々暮らしていた。
フィリーベルグ辺境伯領の後継として厳しい訓練を受けているが、とても父には敵わない。いままで一度もまぐれ当たりの一本すら取れたことがなかった。
その父が自分と同列……いや、それ以上と認める相手など今まで聞いたことがない。
ぎろり、と強い光を帯びたアイスブルーの瞳が少年を捉え、次の瞬間破顔した。
「お前がリヒャルトの嫡男か。昔会ったが覚えていないだろう? すでに我が兄の剣の腕は超えているとか。それに加えて褒め上手とは、堅物のお前の父親にはない才能も持ち合わせているな」
笑うと威圧感のある目の力が消え、人懐っこさが勝る。エリアスと全く似ていないという印象からどことなく似ているというものに変わった。
「比較するのが間違っている。私の得意は剣を使わない事にあるんだ」
言い訳するように返したエリアスに、父の遠慮のかけらもない言葉が追い討ちをかけた。
「殿下を連れて戦場には赴きたくはないですな。いくら病床の陛下の代理としての執務が忙しくても最低限の護身の訓練は欠かさず受けていただかないと」
「この間、基本は出来るようになったと言ってくれたのは世辞だったのか?」
「それと確実にご自身で身を守れるということは別です。やっと基本を覚えた程度のヒヨコは訓練を怠ればあっという間に卵に逆戻り、ですからね」
辛辣な指摘にぐっと身を縮めたエリアスは不貞腐れたような表情でそれでも品良く紅茶に口をつけた。
いつの間にか少年の隣に座り、肘をついてカップの縁を掴み、茶碗に口をつけつつ菓子をひょいひょいと口に放り込んでいるヴィルヘルムとは対照的だ。
「戦さえ起こさなければ、私の腕がからっきしでも問題がないだろう」
「今は平穏でも、どこで巻き込まれるか分からんぞ」
「優秀な弟はいるし、私は割と運がいいから大丈夫」
「たまに呆れるほど楽天的だよな。王の継子の自覚がない」
「あちこちふらふらしているお前に言われたくはない。王の継子なのはお前も同じだ。父上はまだ私に決めてはいないと思うよ」
「まだそんな世迷い事を言っているのか?」
「私はお前ほど体が強くないし、仕事の処理能力と王の器は別だ。それに実務を任されているのは、お前が腕試しと称してあちこちをフラフラしているからだ。私は書類仕事や交渉ごとには向いているが、お前の方がよっぽど王向きだ」
「そう思ってるのは兄貴だけだ。父上が明言していないのは兄貴がいい顔しないからだろ」
ケインがオロオロとふたりを見守っていると、リヒャルトが口調だけは慎ましげに毒を挟んだ。
「今日我々が呼ばれたのは、王位の押し付け合いの仲裁のためですかな」
「ああ、ちがうよ、そうだった。問題ないと言った口で言うのもアレだが、実は、今、少し情勢がきな臭くてね。その話をしようかと思っていたんだ」
軽い口調で答えたエリアスにリヒャルトとヴィルヘルムは目を剥き、その大人達の表情に少年は戸惑って3人の顔をちらちらと見上げた。
「初耳ですが!? 国境問題ではありませんよね? 弟が見過ごすとは思えない」
「半年前の小競り合いに訓練も兼ねて忍び込んだが特に深刻なもんじゃなかったぞ。というか、それはこんなところで、雑談のついでみたいに持ち出す話じゃないだろ?!」
「その程度の話題だよ。ヴィル。きな臭いだけでまだたいした問題じゃない。それより王になる者が危ない真似はしてはいけないと言っているだろう」
何度も繰り返されてきたやり取りなのだろう。ヴィルヘルムはエリアスの言葉を黙殺して、話を最初に戻した。
「そんなことよりきな臭いって話をちゃんと説明しろ」
飄々とした表情の隅に残念さを滲ませつつ、エリアスは紅茶をもう一口飲んだ。
「物理的な問題ではないよ。シュミットメイヤーの一族は国境をよく護ってくれている」
「じゃあなんだ??」
「ノーザンバラ帝国から使者が来た」
首を傾げたヴィルヘルムの眉間に皺が寄った。
国境の山脈を越えた東側にはいくつかの小国があり、さらにそれらを東に抜けると、北の大国であるノーザンバラ帝国と南の大国レグルス神聖皇国、それらに属する国々がある。
その先をさらに東に進むと広大な砂漠を挟み、全く違う文化圏と言われる東方諸国だ。
ノーザンバラは鉱物資源こそそれなりにあるが、穀物の栽培に適さない不毛な大地と、冬になると凍りついてしまう凍結海をもつ国であり、それがゆえに暖かい土地を求めて貪欲に領土を広げる野心的な国でもある。南のレグルス神聖皇国とは常に領土問題で睨み合いを続けており、小国群にもその手を伸ばしている。
メルシア王国は物理的に遠く、彼らの欲する食糧を豊富に持つ国であるが故に小国の中では比較的良好な関係を築いてはいるが、属国となっている近隣国から沿岸部への侵略を受けることもあり、その影は段々この国へと近づいていた。
「息子を下げましょう」
リヒャルトの提案にエリアスは首を振った。
「いや、その必要はない。彼も関係あるから呼んだんだ。それからヴィル、お前も」
「やっと本題か。師匠が子連れで来る、茶席を設けたから来いとか、おかしいと思ったんだよ。兄貴はそういうところが食えないんだ」
鼻白みつつも姿勢を正したヴィルヘルムに倣って出来る限り背中を伸ばしてエリアスを見つめる。
「父上はお加減がよろしくない。そう遠くない未来王位を譲られるつもりなのは分かるだろう」
頷く大人達と違ってなんの反応もできず、少年はただ次の言葉を待った。
「だが、このタイミングでノーザンバラがこの国の王族と婚姻を結びたいと言ってきた。向こうの意向を探ってみると、ユリアの婿が本命だ」
「受ける気はないんだろ?」
ヴィルヘルムの問いにしばらく沈黙したエリアスだったが苦い声で答えを返した。
「婚姻自体は断れない。だが、向こうの思惑には乗りたくないね。ユリアは今のところ我々の次の代の継承権を持つ唯一の子だ。彼女が女王になり、帝国の皇子が王配になるとなれば影響力が強すぎる。実質的な属国になるわけにはいかないからね」
「嫌な予感がする……」
「というわけで、ヴィルヘルム。ノーザンバラの皇女を娶れ。向こうはうちと違って皇族も多い。お前に見合う相手も見つかるだろう」
「いやいやいや」
「好いた相手がいるならば無理強いは出来ないが……」
眉尻を下げたエリアスに頭を掻いたヴィルヘルムは舌を打った。子供でも分かる程度にその顔には面倒、と書いてある。
「そんなもんはいないって知ってて聞いてるよな」
「なら決まりでいいな」
「継承権なら俺だってたいして変わらんだろ? そうだ。だいたい兄貴、次の王位は俺なんじゃなかったのか?」
先程自分で無視した話を蒸し返したヴィルヘルムにエリアスは極上の笑みを向ける。
「継いでくれる気になったのかい?」
「なるか。もしも俺が王位につかざる得ない状況になったらユリアの結婚を回避しても属国になるのは同じだろっていう例え話だ」
なんだ、と残念そうに肩をすくめるとエリアスは続けた。
「お前は王妃に操られるような男ではないだろう? そもそも女王の王配と王の妃ではまったく立場が違う。妃の影響力は王が暗愚であったり特別弱い立場でなければ限定的だ。政略結婚で他国の姫を娶るのはごく普通、だから王位についてもらって、なおかつ皇女と婚姻したとしてもさほど問題ないよ」
一度言葉を切って優雅に紅茶を飲んだエリアスの視線が少年に絡まった。
「だが、女王の立場は強くはない。基本的に王位継承は男子がいない場合のみ認められている。庶子でも男の方が高位の継承権を持つことがほとんどだ。女王は手続きも煩雑だ。王配に相応しい人物を王家の養子として共同王権とし、後に女王に全権を委任するという体裁を整えなくてはいけない。そうならない様に万全の体制を敷いているが、共同王権を認める書類にサインした後、全権委任の書類にサインする前に暗殺をなしたらそれだけでこの国の王はすげかわる」
この国のルーツに当たる国でかつて近親婚を行い王家の純血を保ち王権を強化していた。
年を経て近親婚が現実に則さなくなるに従い、他の血をルールを崩さずに入れるために養子を取って兄妹、姉弟として婚姻させた。
家父長制が広がり、王の即位に対しては行われなくなり、女王即位の時のみ行われる不均衡なルールではあるが、広く知られているが故に、すぐに変えることは難しいのだ、とエリアスが説明してくれた。
国の成り立ちや仕組みの基礎は習ってきた少年だがそれは初耳だった。だが、なぜそれを今自分に彼は話すのだ、と首を捻って、ややもして一つの可能性に思い当たって息をのんだ。
心を落ち着けようと目の前のティーカップに触れ、手の震えにそれを持ち上げるのを諦める。
そっと父に視線を飛ばすと彼もほぼ同時にエリアスの意図を感じ取ったらしく、青ざめた顔で目を見開いている。父のそんな表情は初めて見るが当然だろう。
「あの、それを今、子供の私にお話いただけると言うことは……」
思い切って言葉にするとエリアスは笑んだ。
常に穏やかに軽やかに微笑んでいるように思っていたが、この瞬間に浮かべたそれは強く、少年の発言を途中から握りつぶした。
「君は年齢から不相応なほど聡く武術の腕も大人顔負け、今の話でちゃんと私の意図を察する能力、さらにこの場で臆さない勇気がある。何人か候補がいたが君以上の子は見つけられなかった。リヒャルト。後継を奪うのは心苦しいが、この国のために彼を我が養子に貰い受ける」
長く、長く、黙り込んだ父はおもむろに椅子から立ち上がると剣を差し出し膝をついて礼を取った。
「承りました。私、リヒャルト=シュミットメイヤーは慣例に従い、正式な沙汰をいただき次第フィリーベルク辺境伯の地位を王にお返しいたします」
剣を受け取りリヒャルトの肩に当てて鞘に戻したエリアスはリヒャルトを立ち上がらせた。
「……すまない」
「待ってください! 父上、どういうことですか?」
父の突然の発言に少年は慄き、説明を求めた。自分が養子になることと辺境伯の領地……すなわち代々護ってきた土地を返すことの関連が見えない。
「王配に選ばれた者の親は現在の領地を一度国に返還するのが慣例だ。これは王配という地位に連なる一族が力を持たないようにするためだ。その後、女王と王配の間に複数の子が生まれれば、返還された土地をその子供に継がせる事になっている」
椅子に腰掛け、口を開いた父の声はいつも以上に硬い。
「本来は私が即位し、娘が世嗣となってから行う事だが、こちらの意図を明らかにするためと優秀な王配候補を今から育てるために今決めておきたい。まあ、ヴィルヘルムがここで父上の後を継いでくれると言ってくれれば、この話はなかったことになるけどね」
ため息をついたヴィルヘルムが父に向かって頭を下げた。
「……痛み分けてくれ。リヒャルト。どのみちしなくてはならない結婚だ。王位に比べたら政略結婚の方がマシだからな。俺は望まぬ妻を娶り、お前は息子を婿に出す」
冗談めいた口調だが態度は真摯だ。それに父は腹を決めたかのように反駁した。
「王族はただ命じればいいのです。頼み事や打診などする必要はない。そもそも我が子が王族の一端に加えられるのは我が家にとってもこれ以上ない名誉だ」
「馬鹿を言うな。わたしは暴君ではない。君の一族が引き続き代官としてあの地を変わらず治められるように取り計らうし、君には名誉爵と俸禄は用意しよう」
「粗野な田舎者ですからね。貴方の護衛と剣術師範の俸給だけで十分ですよ」
「そうはいかない。この仕組みのためにお前の細君や娘御に不自由な生活を強いるわけにはいかないからね」
エリアスは首を振ってリヒャルトに椅子に戻るように言った。そしてさらに時期の話や影響についてや、その他色々難しく細かい話を父と始める。背を伸ばして必死に聞いていたが正直あまり分からず疲れてきたところに不意にヴィルヘルムに話しかけられた。
「菓子は好きか?」
そちらを向くと口に焼菓子を放り込まれる。
「大人の話だ。関係がないわけじゃないが、聞いても無駄だ。菓子でも食ってろ。俺もそうする」
「いいんですか?」
「いいんだよ。兄貴に任せておけば悪いことにはならないから、俺が口を出すまでもない」
口の中で解けた焼菓子はほどよい甘さで風味がいい。少年は菓子の盛りつけてある皿からそれと同じものを一つと苺の乗った小さなタルトを一つ自分の皿に取り分けて、ぬるくなった紅茶を一口飲んだ後に口に運んだ。
「すごくおいしい……です。特にいちごのやつ」
「やっと子供らしい顔になったな。俺は菓子は苦手だが、うちの料理人のは別だ。こっちも美味いぞ。ガキが遠慮をするな。ほらもっと食え」
皿の上に小山を作られてしまい、紅茶を飲みながらそれを片っ端から片付ける羽目になった。
「ヴィルヘルム様、紅茶のお代わりはいかがですか?」
甘い物は嫌いではないが、この量を飲み物もなく際限なく食べられるほど好きなわけでもない。自分のお代わりを入れるためにヴィルヘルムにたずねると、にやりと唇の端で笑う。
「小さいのに目端がきくな」
空のカップにポットから紅茶を注いだ少年は従者の真似をして恭しく礼をした。
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