形見の剣と召喚状
本日はもう1話更新予定、明日は1話更新予定です。
起きる様子もなくサロンの床に転がる酔っ払い達の様子を横目にアレックスは毎朝稽古をしている中庭へ向かった。
だが、アレックスが普段使用している空き地に先客がいる。
払暁明け切らぬこの時間、起きているのは自分だけだと思ったが、ランスも同じだったらしい。
舞いでも踊るかのようにステップを踏みながら、弧を描くようにレイピアをくりだし、空いた片手で短剣を操る様は水の流れのような滑らかさがあった。
「随分早いな」
キリのいいタイミングで声をかけると、ランスはレイピアを鞘に戻して振り向いた。
「おはよう。そちらこそ早いが、何か用か?」
「いや、朝必ず鍛錬する事にしててな。しかし酒は残ってないのか? 質の悪い酒も飲んでいたと思うが?」
「いくら飲んでも水と同じだ。酩酊感も感じないし、すぐに抜けてしまう。あんたこそ大丈夫か?」
「俺はたいして飲んでないから」
ビールとワインと蒸留酒を一杯づつ、アレックスが飲んだのはそんなものだ。
「飲んでいるように見えたが」
「半分は水だよ。ところで見事な動きだな」
「レイピアだとあまり調子が出ないが、武器はどんなものでも使えるようにしておかないと」
「俺は武器の扱いが苦手だから、なんでも使えるのは羨ましいよ」
アレックスはブロードソードを抜いて構える。昔散々教えられた言葉を思い返しながら振ると、ランスが目を見開いた。
「なにか?」
「いや、案外綺麗な太刀筋だから驚いたんだ。もう少し見せてくれ」
「あ、ああ」
何度か動きながら振ってみせると、ランスはアレックスの腹を支えて腰を押した。
「最初は良かったが、段々腰が引けて肩が落ちている。剣の重さがあってない。こちらを使ってみてくれるか?」
剣を取り上げられて、レイピアを渡され、アレックスは先程ランスがそうしたように構えて、突きの動きを繰り出した。何度か繰り返すと、ランスが頷いた。
「ああ、こっちの方が幾分マシだな。これを扱うには筋力が足りない」
片手でそれを軽々と振り回すランスにアレックスは舌を打った。
「知ってるよ。これは俺のお守りで、実際まともに使いこなせた事はない」
返してほしいと手を出すとランスはその剣の柄をじっと見つめた。
「なあ、この剣をなんであんたが持っている?」
顔を歪めて尋ねられた意図は分からなかったが、アレックスは正直に答えた。
「どういう意味だ? これは俺の命の恩人から託された剣だよ。一度は海賊に売り捌かれたが、伝手を辿って取り返した形見だ」
「恩人の剣……剣捌きも……」
硬い顔のまま独りごちたランスは、腹を決めたのか口を開いた。
「なあ、アレックス、あんた……もしかして」
だが、そこにデイジーが飛び込んで来た。手には丸めた紙を紐と封蝋で留めたものを持っている。
「アレックス! 総督府の使いが来て、これをあんたにって!」
手紙ではなくこの形状で送られてくるものはメルシア王国の公文書だ。アレックスは剣帯に付けた薄手のナイフで封蝋を切り、中身を眇め見て舌を打つ。
「召喚状かよ……あの野郎。こういうところが嫌なんだ。ランス、俺は少し用ができたから、先に戻る。剣を返してくれ」
「あ、ああ」
レイピアを渡し、戸惑いがちに返された剣を鞘に戻して、アレックスは部屋に戻った。
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