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狂愛のペルソナ-I have spread my love under your feet-(ランス視点)

カクヨムでおこなっておりましたルビーファンタジー大賞投稿の関係で完結をつけましたが落選したのと、魔法のiランドSS賞用にランスの番外編を書いたので、こちらに載せるために一度連載中に戻してこの話を足します。

表題は長いですが、カクヨムの方の作品タイトルとこの話のサブタイトルを合わせてつけました。

サブタイトルの方はイェイツの詩の借題になっています。

男娼王子60話に対応している過去となり、ランスとイリーナの肉体関係を示唆するシーンがあります。

また、なにか番外編を書く場合は再び開けたいと思います。

 あなたへの愛を示すためならば、自分の全てを差し出そう。それが人倫に悖っていたとしても。


 人気のない深夜の王宮。

 王も側近達も都を空けていてしばらく帰ってこない。心だけを交わしてきた秘密の恋人達にとって身体を結ぶ千載一遇の機会である。

 風呂で身を清めた護衛騎士のランスが、黒いシャツにズボンの軽装で、薄物の夜着を身につけベッドに腰掛ける王妃の足元にひざまずいた。


「妃殿下、お待たせいたしました」


「殿下ではなく、イリーナと呼んで」


「イリーナ。本当に全てを許していただけるのですか?」


 ランスは女の指を震える手で捧げもって、手入れされ桜貝のように艶めいた爪に恭しくくちづけを落とした。


「ああ……貴方のすがたは、爪の先まで美しい」


 イリーナは敵国から嫁いできた元皇女だ。

 顧みられぬ王妃として命を狙われ孤独に過ごす女に王の情けでつけられたのが、騎士ランス・フォスターである。

 孤独な王妃は愛ゆえに見返りも求めず身を挺して自分を庇う護衛騎士に惹かれ、彼を愛した。

 王妃は貞節を誓った()を裏切り、彼の留守の間に道ならぬ肉体関係へと進もうとしている。


「このまま時が止まってしまえばいいのに」

 

 ランスがどろりとした熱情と共に、時が止まることを祈る言葉を吐き出して、イリーナをベッドへと押し倒し、その腕の中へと囲う。


「ええ、そうね。ランス、愛してる!」


 感極まってそう告げると、彼の唇の両端が持ち上がって微笑みの形になった。

 隠しきれない熱を孕んだ琥珀色の瞳と穏やかな微笑の非対称はいつでもイリーナの心をときめかさせた。

 男が焦らすように首筋をなぞって、さきほどの指のように震える唇がためらいがちにイリーナの唇を塞いだ。

 その甘さに熱さにイリーナは喜悦の吐息をこぼして男の首に腕を回した。




 手を取った時の震えは愛ゆえのためらいに見えているだろうか。


「貴方のすがたは、爪の先まで美しい」


 これは事実を口にしただけだから嘘には聞こえなかったはずだ。

 彼女のすがたは真実、美しい。

 この国の王妃として、侍女たちが一分の隙もなく磨き立てているのだから当然だ。

 心の底に沈めたはずの名を喪った復讐者が整えられた桜貝の爪を見て、王妃に虐げられて死んでいった少女の白く薄くひび割れ鱗のようになっていた爪を思い出し、狂おしく咽び泣いている。

 女の細い首筋に触れた時の、このまま一息に折って殺してしまいたいという昏い衝動を愛撫のふりでごまかせただろうか。


「このまま時が止まってしまえばいいのに」


 その言葉が、僥倖のうちに留まりたいからではなく女との関係を進めたくないという願望の発露だと、ばれてはいないだろうか。


 そして嫌悪で震える唇は、愛を交わす悦びだと誤解させることは出来ただろうか。


 浴室ですでに冷たい水になってしまった湯をもう一度つかい、肌に絡みついた女の痕跡を洗い流して身支度を済ませると、吐き戻してすえた味のする口腔も磨き清めて洗面台の鏡に映る己の姿を見た。

 燭台によって照らされた顔は復讐者の澱んだ憎悪を浮かべている。


「王妃と身体は繋がった。あとは愛しているふりで慈しむふりで、心の底からもっともっと依存させる。私なしでは生きていけないように浸らせる」


 くふり、と喉の奥から嗤いが漏れる。

 心の底から憎んでいる王妃に、誰からも愛をもらえないと飢え苦しんでいるあの女に、愛されていると錯覚させるほどの偽りの愛を振り撒いてやろう。

 自分には愛し愛された記憶がある。

 男がまだ少年だった頃。王妃に騙され自らの手で慈しむべき存在に毒を渡してしまう前。

 少女と少女の家族と笑いさざめき、世界のすべてが輝いていた頃。

 たいして昔でもないのに遥かな過去になってしまった優しい記憶。

 それをなぞれば、愛を知らないあの女は愛されていると簡単に錯覚するだろう。

 

 喉笛を握りつぶしたその時に女を一層絶望させる事だけを夢想して、すでに残滓しか残っていないたいせつなたいせつな宝物()を泥まみれにする事実から目を逸らす。


「ああ、もう戻らないと。あの女が起きてしまう」


 青年は口角をほんのわずかばかり持ち上げて、王妃が気にいっているという優しげなほほえみを作り、鏡の中に映った影に話しかけた。


「私はランス・フォスター。孤独で愛に飢えた王妃に道ならぬ思いを寄せている。幸運なことに彼女と惹かれあい、さきほど念願叶って愛を交わした。私もその時を待ち望んできた。私は今、幸福に酔っている。ランス・フォスター。よかったな。お前は思いを遂げられた。夢のような一夜を過ごせた。おめでとう。ランス」


 男はなんどもなんども鏡の中の自分へ繰り返し言い聞かせた。

 鏡越しで見る琥珀の瞳がそれに照応して、憎しみを覆い隠し、道ならぬ想いを秘めた熱情をたたえる。

 名を捨てた復讐者の顔が、恋する護衛騎士ランス・フォスターのものへと変わって男は安堵する。


「さて、愛するべき王妃様の元へ戻ろうか」


 あなたへの愛を示すためならば、自分の全てを差し出そう。

 それが王妃に騙され、大切なあなたの命を奪ってしまった、赦されざる罪への罰だから。

お読みいただきありがとうございました。

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