six feet under 5 エピローグ
最終話です。
「大いなる女神フォルトルは、天空の神殿に新たなる魂を迎え入れんとしています。海亀島のマーティンはディフォリア大陸で生まれ、商船の船員としてこの自由なる地リベルタへ渡りました。リベルタで海賊に乗っていた船が拿捕されたことがきっかけで海賊に身を落とし、海賊諸島を荒らしまわりましたが」
「身を落としたわけじゃないだろ! アレックス! マーティンは海賊になったおかげで、さらなる自由を得たんだよ! 金と酒と女と暴力の自由だ!」
「格好つかねえだろうが! 黙って司祭様のありがたい言葉を聞け!」
隠し港での葬儀には、かつて私掠船団に入っていた元海賊や、マーティンに恩義を受けた老若男女が集まった。
説教の途中で茶々が入って、アレックスはすかさず怒鳴り返す。
あの酒場に連れて行かれてから十年とすこし、今や、肩肘張らずに彼らの中に混ざることが出来るようになった。
「カッコつけてるのは顔だけで十分だろ! アレックス!」
「わかった! わかった! 海賊稼業を自由に楽しみ人生をさらに謳歌しました。これならいいだろ! しかし略奪生活の中でも生来の善良さを失うことなく苦しみの裡にあったひとを助け、部下を慈しみ、自らが苦境の時もその前向きさを失いませんでした。後に王の認可を受けて正義をなし、船を降りた後は静かな楽しみをもってその余生を過ごしました。そして、昨晩、この上なく穏やかにフォルトル女神のお掛けになった虹の橋を渡ったのです」
羨ましいジジイだ! あやかりたい! などと野次が入ってどっと場が湧いた。
「そうだな。マーティンは人生を楽しんで誰から見ても羨ましい死を迎え、こうして皆に追悼されている。今から神の言葉で祈りを捧げる。共にマーティンの死を悼み、祈って、泣いて、笑って、明るくここから送り出してやってくれ」
ほんの少し震える声を隠してアレックスは祈祷書を開いた。
『この世界を司る偉大なるフォルトル女神よ。貴方の元に侍るに相応しき海亀島のマーティンの魂が虹の橋を渡り、死者の河の渡しへとたどり着かんとしています。彼が河を渡るための渡し賃を納め、祈りを捧げます。どうか彼が、枯れぬ川のほとりの乳香の地、尽きぬ果実のなる天の庭で憩うことをお赦しください』
心を込めて、神聖皇国語で祈りを捧げ、祈祷書から顔をあげて棺の前で祈りを捧げる皆の顔を見る。
悼む気持ちはあるのだろうが、皆、彼の死を前に底抜けに明るかった。
この島は自由だが、ディフォリア大陸以上に人の死が近い。
一部の成功者を除き、皆、その日その日を暮すのが精一杯。
泡銭が入って刹那的に、あるいは人生の苦しさから逃げるために享楽的に命を燃やし尽くして生きている。
そんな中、この島で生ききり、誰もが夢見る穏やかな最期を迎えた彼は悼まれる以上に祝われ、羨ましがられているのだ。
『栄光に満ちた御座、光り輝く乙女、全ての運命を手にする神フォルトルの名において、マーティンの魂の永遠なる平穏と、ここにいる全ての魂が彼のような明るい生を、そして穏やかな眠りを迎えられるように祈ります』
アレックスは祈祷書を閉じて、聖印を切る。
レジーナがそこにいる皆に棺に入れる花を配り、アレックスに最後の一本を手渡した。
それを持ってアレックスはマーティンの棺の横に跪く。
「あなたに感謝と敬愛を贈ります」
小さく呟いたアレックスは藤の花をマーティンの顔の横に置いた。
その紫の花に添わせるようにケインが腕を伸ばして錨草を入れて、頭を下げた。
「この人を守ってくれたことへの感謝と、旅立ちに追悼の気持ちを込めて」
「船のお仕事や、マストの昇り方を教えてくれたおじいちゃんに」
「これを入れてあげないと。アレックスの酒棚から持ってきたお酒」
「俺のとっときじゃないか! いや……まあいい。入れてくれ」
レジーナ、ディック、ハーヴィー、ボブ、ヘザー。参列者が次々とマーティンの眠る棺に花を入れ、人によっては酒も入れて、蓋が閉じられた。
最後に別れを惜しむように三々五々に棺の蓋をノックし、マーティンの遺体は隠し港から運び出されて、アレックス達が今日の早朝掘った墓穴に埋められた。
天気のいい日の早朝、海のよく見える美しく小さなマーティンの墓を訪れることがアレックスとケインの日課になった。
長きに渡りお付き合いいただきありがとうございました。この話をもちまして『自由を取り戻した男娼王子は南溟の楽園で不義の騎士と邂逅する』をいったん完結とさせていただきます。
カクヨムさんはR15レーティングなので、関係のない大人の番外編はまた思いついたら更新の予定です。
落選後、また、NTR王子完結後などにやっぱり更新するよ!となるかもしれませんのでお邪魔でなければブックマークを残しておいていただけると嬉しいです。
また、ヴィルヘルムの息子リアムが主人公の『NTR王子は悪役令嬢と返り咲く』を年内完結の心づもりで現在連載中です。
男娼王子本編終了後から十年後(この話から三年後)の話です。彼らも登場していますので、もう少しお付き合いいただけるようでしたら、購読よろしくお願いします。
今、一山終わって、もう一山登り終わったあたりです。
最後になりますが、ブックマーク、エピソード応援、本編終了後の感想、評価ありがとうございました。
大変ありがたく、モチベーションになっていました。
いつも、エピソード応援にいいねつけてくださっていた方、たまにつけていただいていた方、本当にありがとうございます。とても嬉しかったです。
もしまだの方はぜひとも★★★★★で応援よろしくお願いします。続編と次回作へのモチベーションになります。




