食堂はオイスターバーになりました
「お嬢ちゃんたちはどうすんだい? 牡蠣」
「あたしもレモンで食べたいわ」
「あっ。私はおろしポン酢で!」
一度魔物が出た後は、同じ日に二度三度と出没することは少ない。
魔法使いのハスミンも受付嬢のクレアも、飲む気満々である。
「坊主は?」
「僕、この牡蠣って貝、食べたことないんだ。オヤジさんに任せてもいい?」
「おう。任せとけ!」
そして出てきたのは、牡蠣のバター焼きだった。
牡蠣は倒したて、いや獲れたてなので鮮度は抜群。プリッと丸々としている。
それを小麦粉を叩いて多めのバターでカリッと両面を焼いたものだ。
付け合わせに山盛りのキャベツスライス、オヤジさんご自慢のポテトサラダ。
「牡蠣バター醤油だよ。お代わりもあるからたんと食ってくれ!」
「ショウユってなあにー?」
「大豆を塩に漬けて発酵させた調味料でな。ま、食ってみればわかる」
「?」
「ちなみに、ライスもあるぞー」
「大盛りでお願いします!」
なお、安定のワカメスープもある。
ココ村は海岸沿いにあるから、わりと海藻もたくさん食べる地域だった。
牡蠣は、ルシウスの子供の拳より二回り小さいぐらいだろうか。それでも充分大きい。
まずは横半分にナイフでカットして、お尻のぷりっとしたほうからいただくことにした。
「中身、なんか緑色っぽいの見えてる……」
海の中で藻や海藻を食べているからこその色だ。
「まあいいから食ってみろ」
「はあい」
目を瞑って、思い切ってフォークで刺した牡蠣を口に入れた。
もぐもぐもぐ
「むちゃくちゃおいしい!」
上半分の、黒いヒダヒダのあるほうも食べた。やはりすごく美味しい。
小麦粉のカリッとしたところにバターと、香ばしい醤油が絡んで、そこに貝の旨味が噛むごとにじわあ。
ふわーと鼻腔のほうに磯の香りが抜けていくのもいい。
「すごい。幸せの味がする!」
「大袈裟だぜ、坊主」
「そんなことないよ!」
大絶賛するルシウスの近くの席で、料理人のオヤジさんはゴム手袋を嵌めて、オイスターナイフで器用に牡蠣の殻をこじ開けては身を剥がしている。
そのまま剥きたての牡蠣を軽くボウルの水で洗ってから、受付嬢と女魔法使いに提供、提供、また提供。
「くうう! 沁みる! スパークリングワインの白が沁みるわね!」
「ライスワインの辛口もいけますよう、ハスミンさんー」
飲める女たちは生牡蠣にご満悦だ。
「いいなあ、お酒」
おうちでは、ちょっとだけ~とパパやお兄ちゃんに飲ませてと迫ったこともあるルシウスだ。
しかし、おうちの家人たちが厳しくて、いつも一口の前にグラスを取り上げられてしまう。
ルシウスからグラスを奪える、おうちの家人たちも只者ではなかった。
故郷アケロニア王国も、ここゼクセリア共和国も成人年齢は18歳。
まだ14歳のルシウスがお酒を飲めるようになるまで、あと4年。
「坊主も生牡蠣食ってみるかい?」
「ううん。このバター醤油焼きのほうがいいな。あと三倍くらい食べたい」
育ち盛りの胃袋は底なしのようだ。
せっかくなので、オイスターナイフの使い方を教えてもらって、自分が食べる分の牡蠣を剥いてみることにした。
うっかり、殻にへばり付く貝柱以外のところを傷つけてしまった牡蠣は、そっと受付嬢クレアと女魔法使いハスミンの皿へ。
綺麗にぷりんぷりんに剥けた牡蠣は、彼女たちの分も一緒にまたバター醤油味で焼き上げてもらったのだった。おいしい。
お腹いっぱいに牡蠣を食べたルシウスは、明日もポイズンオイスターが来ますようにと、二階の部屋に戻ってから窓の外のお星様に祈った。
物心つく頃から、ルシウスがこうして真剣に祈ったことは現実になることが多かった。
「あのね、お星様。牡蠣、僕の父様やヴァシレウス様たちも大好きなやつだと思うんだ。新鮮なやつ送ってあげたいから、明日もポイズンオイスターが来ますように!」
翌日。
まさかの倍の数のポイズンオイスターたちがやってくることになろうとは、まだこのときは誰も夢にも思わないのだった。