かくれんぼ
ひとつお伝えするのは、こちらのお話はフィクションです
登場人物共々、架空の人物です
僕が本日3度目のあからさまな呻き声を上げると、漸く友人が面を上げて此方を見た
「ぁあ、ぅう、と煩いな
本を読んでいるんだ、静かにしてくれよ」
全く随分な言い様だ
これが、悲嘆に暮れている親友にかける言葉か
「きみ、そこは一体どうしたんだい?何か悩み事でもあるのかい?と他者を思い遣る姿勢を見せるべきじゃないか?ぇえ?」
僕の至極真っ当な助言に友人は顔を歪める
冷めた表情を隠す気もないらしい
このように性格も捻くれているのだから、こいつに友人と呼べる人間は僕ぐらいだろう
しかし何事も斜に構えるが信条の彼も、唯一の友からの心のこもったアドバイスにその卑屈な心が揺らいだのか、手にしていた本を閉じた
「はぁ…で?君はどうしたんだい?何か悩み事でもあるのかい?」
少し人を見下している兆しも見えるが、まぁ及第点としてやろう
「おおよくぞ聞いてくれた!心の友よ
悩み事?ぁあ、その通りさ、
(ここまでの間で男の真顔は崩れなかったが、長年の付き合いから、早く先を言えと急かす圧力をかんじるので、早々に本題に入った)
とりあえず、まずはこれを読んでほしい」
「?」
友人の手にそれを押し付けると、彼はまだよく飲み込めていないのか、手の中のそれを見た後に僕の顔を間抜け顔で見つめて来た
男の視線に変にもだついてしまう
まるで、初恋の相手に再会したような心地だ
「これは?」
「その…前に話しただろ?
僕は趣味で小説サイトに話を投稿しているんだ」
「ぁあ、そう言えばそんな事も言ってたな」
この言い方にはカチンとくるものがあったが、話が先に進まないので、ぐっと感情を抑え込み、大人の対応をする
「そんな事とはなんだ!
僕はこの事を君にしか打ち明けてないんだぞ
僕の信用を得ているという事に対する誇りを持たんかぁ!!」
「わかった、わかったよ
落ち着けってば、君は直ぐに頭に血が上るんだからいけない」
読めばいいんだろ、読めば
と半ば投げやりにも聞こえるが男は手の内の薄い四角の塊に目を落とす
友人は静かにそれに向き合った
彼の画面をスクロールする指の動作と外でカナカナと鳴く蝉の声しか張り詰めた僕の精神に関与してこない
自分が書いたものを目の前で読まれるのは初めてだ
やけに心臓が早い
何かが胃の方から込み上げて来て吐き出しそうな感じがする
こめかみを伝う汗の感覚が暑さを思い出させた
時間にして、数分であったがそれは長いような短いような
「はい、読み終わったよ」
友人はそう言うと僕の手にそれを返してくる
その表情はいつもと変わらない
「で?」
「え?」
「だから、本題は?」
「………そ、その感想とかは?」
「君は感想を聞きたくて僕にこれを読ませたのかい?」
男の言葉に反骨精神が働く
心の中で大きな舌打ちをしてやる
おっと、現実にしちまった
「ちっ…わかった、わかったよ!
全く、読ませ甲斐のない奴め!
本題に入るよ!!
だからね、そのサイトでは時たま企画が上がってね
それである題材をモチーフに小説を書こうという取り組みがあるんだよ!
で、今回僕が参加させてもらった企画というのが、ジャンルがホラーのお題が「かくれんぼ」な訳さ!
で、僕は人生初めてのホラーに手を出したって訳!
お分かり?」
「わかったわかった、落ち着けって…ほら、これでも飲んで」
友人から受け取った飲料水をごくごくと飲み干すと、彼は顔を顰めた
お陰で僕の溜飲も下がる
「それで、僕に何を求めてるんだ、君は」
「ぁあ、そうなんだ
つまりさ、君も薄々感じてると思うんだけど
…そのお題のことなんだよ…」
僕がちらりと友人の様子を見やると、彼もよくよく分かっているようだ
「そうだな
話の良し悪しは置いといて、これは「かくれんぼ」じゃないな」
友人の的を得た意見に崩れ去る
そう、それなんだ
これは「かくれんぼ」ではない、どう考えても「鬼ごっこ」だ
はじめてのホラーにテンションが上がって、幼稚園児さえ知っている「かくれんぼ」のルールは僕の可哀想なオツムから何処かへ放り投げられて居た
そして、投稿し終わって、興奮状態が冷めて読み返してみると…
「僕はっ、恥ずかしいっ!!
こんな恥ずかしい事はないよ!!
小学生の時に1日に2回、先生をお母さんと言った時ぐらい恥ずかしい!!」
「わかったから、落ち着け」
既にペットボトルは空なので、友人は大した手立てもないまま、興奮で立ち上がったままの僕をまるで馬を宥めるかのようにどう、どうと手振りをした
僕は椅子に座り直す
「つまりね、僕だってちゃんとお題通りの物を書けるんだぞって証明したいんだよ」
「うんうん」
「証明したいんだけど…」
僕の言葉は僕の感情の隆起が落ち着くにつれ、減速する
ぁあ、哀しいかな
僕の将来有望な頭脳では、将来なだけあって、現在は限界がある
「何も思いつかないんだ」
「……」
「そこで、そこでだ
一つここは何か参考になるような話がないかと、読書家で僕と同じくらい博識な君に相談をしたいという、まぁそう言った訳なんだ」
僕がなんとか本題に辿り着くと、友人は顰めっ面のまま腕を交差させて、何か考えて居たが、暫くすると、こちらをチラリと見上げた
「僕も、ホラーというのはあまり手をつけないのだが、それは怪奇現象だけのものなのかな?つまり、幽霊や死人と言った」
「そうだね、僕もそこは間違えちゃいけないと思って今回調べたんだけど、ホラーと一口に言ってもその内容は様々で、簡単に括ることは難しいみたいだよ
だから、まぁ今回は恐怖を感じる読み物、という点であればいいのではないかと思うよ」
僕がそう言うと、友人がにやりと口の端をあげた
「そうか、それなら「かくれんぼ」にまつわる丁度いい話がある」
僕は思わず椅子から立ち上がった
「なんだって!
まさか、本当にあるとは」
頼りになる友人だ、素晴らしい、君こそこの世の明けの明星だ
僕が散々に褒め讃えると、友人は更に顔の歪みを大きくした
「簡単に僕に気を許す愚直な君にはもってこいの話かもしれないなぁ」
「どういうことだ?ぁん?馬鹿にしているのか?」
僕が彼に掴みかからんとばかりに意気込むと友人はまた僕を馬扱いして、それから以下の話を始めた
(以下、友人の話)
「これは、実は作り話とかではなくてね
実際にあった話、というより僕の体験談なんだが
ほら、僕は小学5年生の中途半端な時期に君の学校に転校して来ただろ?
これは、その前に暮らして居たある田舎での話なんだ
僕が暮らして居たその田舎というのは、見回す限り、田んぼと囲むような山々が連なるそれはもう自然豊かな土地だったんだが、まぁ、たしかにここらに比べたら何もないと思えるかもしれないが、それでも子供っていうのは何かしら楽しみを見つけるものだ
僕らにとって一時期、それがちょうど「かくれんぼ」だったってわけさ
いや、侮らない方がいい
みんな、本気だった
子供っていうものはそうさ、分かっているんだ
遊びっていうものは本気でやるから楽しいんだと
皆、朝から晩まで「かくれんぼ」の事ばかり考えていた
ーどう隠れれば、鬼に見つからないか
ーまだ目をつけてない新しい隠れ場所はないか
何もない分、障害物も無いわけで村全体がかくれんぼのフィールドで、学校が終わると直ぐ様始まるんだ
僕はね、今でさえこのぐらいの身長だろ
その頃はもっと小柄で、でもそのお陰でかくれんぼでは負けなしだった
その時ほど自分の体格を自慢に思ったことがないよ
それで、皆んなに褒めそやされると、子供ながらにプライドっていうものができてね
絶対に見つかってやるかって、みんなをあっと言わせてやろうとなるわけだよ
その日のかくれんぼで僕が隠れる場所に選んだのは、数日前に叔父が持って来てくれた大きめの木箱だった
この叔父が愉快な人でね
こういう子供の遊びにもよく付き合ってくれて
僕はこの人がすごく好きだったよ
勿論、今でも好きさ
それで、僕はその木箱の中に隠れる事にしたんだけど、それだけじゃ物足りなかった
前日に、ここぞと決めた人の来ない神社の裏手に木箱がすっかり入るぐらいの穴を掘っておいてね、
当日は、その木箱を穴の中に入れてそして、上からカモフラージュで軽く落ち葉なんかを散らしておいたんだ
いざ、踏んでみたいとそこに穴があるなんて分からないくらいにね
これは、僕の思ったとおり上手くいった
みんな、神社の側は暗いし気味悪がってあまり近寄らないんだ
鬼はいくら探しても僕を見つけられなかった
鬼以外の捕まった子らも僕を探してたみたいだけど、全くだった
僕がいる近くを通った子が「ここにはいないみたい」と仲間に言うのを聞くと僕は笑いが込み上げてきた
すっかり満足して、じゃあそろそろネタバラシをしようかなと思った時まで僕は自分の頭脳に絶対の自信を持っていたんだ
そして、動かない木箱の蓋に唖然とした
どうやら、小柄で華奢な僕の力では上に乗っかった木の葉の重みで蓋を開けられないようだった
僕は子供らしく、大泣きをしながら、「ここにいる」
と何度も何度も声を張り上げた
でも、子供達は既にそこを探していたからね
誰も来なかった
それでも、僕はずっと誰か来てくれるはずだと信じて声を出し続けた
喉はひりひりなんてもんじゃなくて張り裂けるかと思った
顔中を様々な分泌液が濡らして酷い有様だった
だから、その時、微かに聞こえた足音は本当に、これまでで1番神様を信じたね
そうなんだ、地面を通して、僕には音がよく聞こてるんだから、向こうもよく聞こえているだろう
助かった!
漸くこの暗闇からおさらばできる
僕は嬉しくて、痛みなんか忘れて更に更に声を出し続けた
……その時、最初は僕は雨が降ってるのかと思ったんだ
こんな音を聞くのは初めてだったから
そうだな、やはり雨音に1番近いな
それにしては、優しい気もするが、地面に細かい水滴がぶつかる音によく似ていた
何だと思う?君
はは、まさかと思うだろう
そうだよ、細かい砂の粒子だ
僕の入った木箱の上に落ちてきたのは、土屑達だ
木箱の微かな隙間にさらさらさらと砂粒が落ちてくる感覚に僕は驚いた
そりゃそうだろ
僕は今、埋められているんだから
僕は先程よりも危機迫った声を出した
木の葉と違って、砂じゃそのうち酸素不足になる
いや、そんな事小学生の僕が分かるはずないけど、本能的に命の危険を感じた
僕は自分がここにいると、何度も何度も声を上げた
けれど、その時ね僕は気づいてしまったんだ
既に、ずっと声を上げている
僕からはシャベルらしきものが、土を掬い上げ、僕の上に放り投げる音さえ聞こえている
その人が僕の存在に気づいていないはずが無い
僕は声を出すのをやめた
怖かった
上にいる、黙々と僕を生き埋めにしようとする人間が
明確な殺意を持ったその人間が
そいつが、全く声を出さないのも怖かった
吐息一つ聞こえなかった
ただ、機械的にざく、ばさぁ、ざく、ばさぁとシャベルが往復する音だけが頭上で響いていた……
今でも想像すると、背中の毛がぞわりと沸き立つ感じがするんだ
僕の上にいたそいつはどんな顔で僕を埋めてたのかなって」
そう締め括ると、友人は話しっぱなしで喉が疲れたのか、ペットボトルを傾けたが、中身がない事を思い出して顔を顰めた
僕は、その恐ろしい男の顔を妙に無表情に想像して夏なのに寒気を感じた
まさに、涼むのにぴったりだ
ところで、僕はここで友人の話を終わらせる事はなかった
もっと恐ろしい考えが頭をよぎったからだ
僕は、なるべく平然として彼に尋ねた
「その、質問があるんだが」
「どうぞ」
「君が、ここにいるということはつまり、君はその後無事救出されたということなんだよね?」
僕の言葉に、友人がこれまでで1番顔をにやりと歪めた
「そうだね、僕が幽霊でもなければ、そう言う事になるね」
僕はごくりと唾を飲む
「その、さ…
君はどうやって助かったわけ?」
彼が…彼が珍しく勘が冴えたじゃないか、というようなしたり顔でコチラを見やった
そして、僕の心中を察して欲しかった答えを与えた
「それが、偶然でね
たまたま、僕が埋められた次の日、神社のお参りにきてた家族連れがね
見つけてくれたんだよ
その子供達がきゃっきゃっと騒ぎながら、神社の周りを駆け回っていたら、何か様子の違う地面があるなと気づいてくれてね
まだ、酸素不足になる前だったから、僕は今、後遺症もなく過ごせているんだ
もし、彼らがいなかったら間違いなく僕はお陀仏だったろうね
神社の神主も、母親の体調が悪いとか何とかで2、3日村を空けていたから」
僕はその事実に愕然とした
友人は、友人は、
自分の上に居たのが誰なのか知っているんだ
僕の様子をみて男はにやにやと笑った
彼が何でそんな風に笑えるのか僕には分からなかった
しかし、これからはあまり彼の性格をとやかく言うのはやめよう
そりゃ、こうもなる
「どうだったかな?僕の話は参考になったかい?」
彼はそう言うと、手元の読みかけの本に戻った
僕は大変参考になったので、それをそのまま短話として書かせてもらったのが、この話なのである
最後まで読んでいただきありがとうございます!!
前書きでも言ったとおり、この話自体は想像のものですが、僕が思っている事は、ほぼ全て私の心境です
夏のホラー2021の企画で昨日、1話上げさせてもらったんですけど
本当に、冷静になってお題全然違うのに強行突破しちまったなと反省してます、が、消しません
ー--23/3/28更新ー--
以前は解説をつけてなかったんですけど、
最近投稿した「4つのeither」という作品であった方がいいと感想をいただきましたので、こちらにもつけてみようかなと。
読後にもやもやさせるのは本意でないのと、こうすればもっと読んでもらいやすくなるのではないかという僕の浅ましさの結晶です。
以下に蛇足として書かせてもらいました。
解説なんかいらねぇよって方はスルーしてください。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
◆◆蛇足◆◆
さて、改めて蛇足などと場所を確保しましたがそう大して書く事はございません。
僕がぐだぐだとした人間だからと言って、やたら装飾めいたことを連ねて拝借する時間を2分から10分にするつもりもありませんので、簡潔に書きます。
友人の僕は穴を掘り、そこへ木箱を置いてその中に隠れました。
それから木箱のふたを閉めて上に木の葉をぱらぱらぱら、、、
ー-つまり、友人の作戦には友人の他に協力者が必要なのです。
箱の中からどうやっても上に木の葉を被せることはできませんから
(不可能とは言いませんが、一人でやりきる理由もありません。かくれんぼに参加しない誰かに頼めばすむことです。彼は殺人の罪から逃れようとかくれていたわけじゃないのですから)
では、物語の語り手の僕がその後聞いたこととは何か?
それに対して友人は何と答えたか?
ー--
僕はごくりと唾つばを飲む
「その、さ…
君はどうやって助かったわけ?」
彼が…彼が珍しく勘が冴えたじゃないか、というようなしたり顔でコチラを見やった
そして、僕の心中を察して欲しかった答えを与えた
「それが、偶然でね
たまたま、僕が埋められた次の日、神社のお参りにきてた家族連れがね
見つけてくれたんだよ
その子供達がきゃっきゃっと騒ぎながら、神社の周りを駆け回っていたら、何か様子の違う地面があるなと気づいてくれてね
ー--
お分かりいただけたでしょうか?
友人が助かったのは埋められた次の日の偶然による出来事のおかげだったとあります。
つまり、彼の協力者は彼がどこにいるのかを知っておきながら、彼が帰ってこないと心配しているであろう家族にそれを黙っていたと言う事になります。
また、これにより木箱に土をかぶせた人物も彼の協力者であったと分かります。
何故なら、友人が誰か協力者以外に自分がそこに隠れるつもりだと告げていれば、その別の人物が当然家族にその事を話すでしょうし、探しに来るでしょうから次の日まで友人が穴の中に生き埋めにされる事はなかったはずなのです。
そうなったと言う事は、彼がそこにいると知っている人物は彼の協力者しかおらず、彼を生き埋めにするには彼がそこにいる事を知っていなければならないので、犯人は(犯人と言っていいのなら)友人の協力者と確定します。
ここで思い出していただきたいのは、彼は小学校を中途半端な時期に転入してきたという記載です。
語り手の僕がこの話を知らなかったことから、彼の事件が表に出る事がなかった事を意味します。
壁に耳あり障子に目あり、どんなに隠していようとも一度世間に公表されればどこからか漏れるはずです。特にこういったショッキングな事件であればなおさら。(この場合、事情を知らされる教師などからの情報漏洩が挙げられる)
つまり、事件は殺人未遂で告訴されなかった。
彼は犯人を知っていたのに犯人は捕まらなかった。
何故?ー-犯人が身内だとしたら?彼の罪を親戚一同でなかったことにしようとした、そうだとしたら?
ここは登場していない人物に感情移入をするほかありません。
結果的に、友人の両親は罪を告発することをしませんでしたが、彼を連れて別の土地(本文の描写から恐らく人口が集中している地区)に引っ越したわけです。
後は、
友人の口調と例の木箱を彼に与えた人物に対する彼の説明から自ずと見えてくるものがあるでしょう。
最後に語り手の僕が友人に対してああいう結論に達したのも納得していただけることと思います。




