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アルバート殿下の気持ち その1

アルバート殿下視点です。

何もかもが限界だった。

体が重くてだるい。

とにかく休みたいはずなのに、ベッドに横になっても眠ることができない。

やむを得ず、仕事に没頭していた。

しかしそれも、長くはもたなそうだという自覚はあった。

いったいいつまでこの状態に耐えなければならないのか。

先が見えないことに絶望感を覚える。

そんな時、突然彼女は現れた。

俺の側近のオリバーからヒーラーだと言われ、一縷(いちる)の望みをかけて彼女に身を任せた。

彼女はマリナと名乗った。

マリナが俺の足に触れる。

温かな手の感触が気持ちよく、すぐに安らいだ気持ちになった。

「お力加減はいかがですか?」

落ち着いた、ゆったりとした話し方にも癒される心地がする。

「ああ、丁度いい。」

そう答えてすぐに眠気がやってきた。


翌朝、目が覚めて驚いた。

頭も体もスッキリしている。

よほど深く眠っていたのだろう。

夢を見たような記憶もない。

元気を取り戻した俺は、早速身支度を整えて執務室へと向かった。

執務室でオリバーからマリナの処遇は今日話すことになっていると聞き、彼女の訪れを待つ。

少しして、執務室の扉をノックする音がした。

「アニエスでございます。マリナ様をお連れいたしました。」

「入れ。」

マリナが来たと聞いて、入室を許可する。

「失礼いたします・・・。」

昨日はよく見ていなかった彼女の姿を改めて見る。

黒に近い焦げ茶色の髪は肩の下まで伸びており、瞳の色も焦げ茶色だ。

昨日は見慣れない服を着ていた気がするが、今日はドレスを身にまとっている。

しかしドレスには慣れていないのか、動作がギクシャクとしていた。

それが何だか可愛らしく感じられ、自分の頬が緩むのが分かった。

「待っていた。さあ、座ってくれ。」

そう勧めると、やはりギクシャクとしながらもソファに腰かけてくれた。

王太子として、せっかく見つけたヒーラーを手放すわけにもいかない。

なるべく彼女が好感を持ってくれるように振るまった。

ふと、彼女はどこから来たのか気になり尋ねてみる。

彼女は言うべきか戸惑ったような様子を見せた後、こう答えた。

「・・・日本という国です。」

俺もオリバーも知らない国の名だ。

王太子として世界の地理はだいたい頭に入っているはずなのだが・・・。

しかし知らないだけなのかもしれない。

マリナも故郷に帰りたいと願うだろう。

一度調べてみる必要がありそうだ。

その後、オリバーと二人掛かりで説得し、王城に滞在してもらうことになった。

ひとまずはホッとして彼女を部屋へと帰した。

彼女を保護し、ヒーラーとして働いてもらうための準備をすぐに整える。

それと同時に、ニホンという国についても調べてみたが、やはりそのような国は存在しなかった。

残念な結果であればこそ、早めに伝える方が良いだろう。

俺は早速マリナを朝食に誘う手紙を書いた。


了承の返事をもらった翌朝、マリナと朝食を共にした俺は、仕事の状況を確認し、改めて礼を伝えた。

何故なら眠れたのはあの時だけでなく、以降は夜に眠れるようになったからだ。

一日のリズムが整えられるようになり、仕事の効率も上がった。

何か褒美をと考え、マリナに希望をきく。

「可能なら、家に帰りたいですが・・・無理、ですよね?」

やはり彼女は帰りたいと願ったが、俺には叶えてやれない。

古い文献に記載のあった異世界と言うものについて尋ねれば、彼女もそう思っていたらしい。

帰る方法が分からないと知って、彼女は俯いてしまった。

その様子が震える子犬のように見えて、何とかしてやりたいと思ってしまう。

せめて、この国でしっかりと彼女を守ろうと伝えて、安心させようとする。

その気持ちが伝わったのか、彼女はカラ元気ながらも微笑んでくれた。


「マリナさんに、マナー講師をつけることになりました。」

オリバーから報告を受ける。

「どういうことだ?」

「マリナさんご本人からの希望ですよ。王城で生活するのに、宮廷マナーを知らないのは不便でしょうから、王立病院が休みの木曜日にマナーの講義をすることになりました。講師はベルナールさんを考えていますが、よろしいでしょうか?」

「ああ。かまわない。」

了承の返事をしつつも、何となく面白くない気分になった。

マリナは俺ではなく、オリバーに頼んだのか。

この気持ちが何なのか、よくわからないながらも仕事の続きに手を付けた。


ある晩。

急ぎ駆けつける足音がしたと思えば、執務室にディオンがやってきた。

「マリナ様が暗殺者に襲われました。」

何事かと話を聞けばそう報告されて、思わず椅子を蹴って立ち上がる。

「暗殺者はエリクが退け、マリナ様にケガはありません。」

それだけ聞いた俺は、マリナの部屋へ向けて走り出していた。

「マリナ!無事か?!」

「殿・・・下・・・。」

マリナは青い顔をしていて、声も体も震えていた。

何とかして慰めたくて、そっとマリナに手を伸ばした。

よほど怖かったのだろう。

マリナは抵抗することなく俺の腕の中に納まり、泣き始めた。

保護するから安心しろと言っておいて、怖い思いをさせてしまった。

そんな自分がふがいなくて、それを謝罪するようにマリナの頭を撫でた。

さらりとした髪の感触は心地よく、今度こそしっかりと彼女を守ろうと決意させた。

やがて少し落ち着いたらしい彼女が俺からそっと体を離した。

心なしか、頬が赤くなっているように見える。

「暗殺者の侵入を許してしまったのは俺の落ち度だ。すまない。」

そう謝罪するとマリナは慌てだした。

「そんな!殿下が護衛を付けてくださっていたから助かったんです。エリクさんとディオンさんも、助けていただいてありがとうございます!」

そう言って、彼女はその場にいた皆に頭を下げる。

怖い思いをしたのは自分なのに、その直後に皆に感謝を表せることに驚いた。

俺は知らず彼女を自分へと引き寄せ、強く抱きしめていた。

「無事で、良かった。」

心からの声だった。

この優しい女性を守りたいと、失いたくないと強く思ったのだ。

その後、オリバーと共に執務室へと戻った俺は、早速城内の警備体制を見直したのだった。


翌日、普段通りに王立病院へマリナが向かったと報告を受けた。

あんなことがあったばかりなのに、その勤勉さに驚かされた。

さらにその翌日には予定通りマナーの講義を受けているという。

自ら望んだこととはいえ、まじめに取り組む姿勢に、良い人間なのだと認識させられた。

その気持ちを尊重し、講義が終わったころを見計らって、マリナの部屋を訪ねた。

「マリナ。突然すまない。話があるのだが良いか?」

「アルバート殿下?!」

事前の連絡なしの訪問だったため、驚かせてしまったようだ。

しかし、暗殺者の件はマリナ自身も気になる事だろう。

早めに知らせようと話をした。

しつこくちょっかいをかけてくる隣国の残党どもに嫌気がさしていると、マリナが口を開いた。

「また、お疲れが溜まってきているのではありませんか?私でお役に立てることがあれば、いつでも呼んでください。」

まただ。

マリナはいつも自分の事より他人の事を気にかける。

そんなマリナを心地よく感じ、微笑みかけた。

「ありがとう。そなたは優しいな。」

そこでふと、気になったことがあった。

マリナは相談があると、俺ではなくオリバーや他の者に話しているようだ。

俺はそんなに頼りないのだろうか。

「そなたは、オリバーと仲が良いのか?」

するとマリナは首をかしげて答えた。

「オリバーさん、ですか?アルバート殿下と同じようにお世話になっていますが、仲が良いというわけではないと思いますが・・・。」

「そうか。いや、すまない。気にしなくていい。」

否定されて、何故か嬉しい気持ちになった。

まだ誰とも特別仲良くなっているわけではないようだ。

それなら、俺が特別になりたいと、そう思い始めた。

「俺はまだ仕事があるから戻ることにする。またな、マリナ。」

名残惜しさを込めてマリナの名を呼んだ。

「はい。ありがとうございました。アルバート殿下。」

するとマリナも俺の名を呼んでくれた。

それを心地よく感じながら、執務室へと戻った。


土曜日の夜。

エリクとディオンから、マリナが街へ行くことを希望していると報告があった。

ちょうどそろそろ街へ視察に出ようと思っていたところだ。

マリナとお忍びで街を歩ける。

そう思ったらワクワクしてきてしまった。

エリクとディオンに外出許可を出し、オリバーに声をかけた。

「オリバー、明日は街へ視察に行くことにした。」

「・・・何となく、そう言い出しそうな気はしていましたよ。城下の街であれば大丈夫だとは思いますが、くれぐれもお気を付けくださいね!」

「もちろんだ。誰にもマリナは傷つけさせない。」

「それももちろんですが、ご自分も守ってくださいね!」

よし、これで城のことはオリバーに任せられる。

翌朝、お忍び用の支度を整えた俺は、マリナの部屋へと向かった。





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続きは明日19:00に投稿します。

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