第四話 ご主人様がこんなにエッチい人だったなんて……
「変わった服ですね。でも着心地は凄くイイです」
微笑みを浮かべるゴク―。
何度見ても、本当に美少女だな、コイツ。
しかし。
これでも俺は、優秀な軍人。
ゴク―がどれほど美人でも、ドジと行動を共にする気はない。
俺は戦場で、何度も経験した。
真に恐ろしいのは強い敵じゃない。
足を引っ張る味方なのだ。
……俺の場合、それはそれは部下じゃなく、無能な上官だったが。
ま、そんなコトはどうでもいい。
俺は気楽な旅を続けるんだ。
「よかったな。じゃな」
背を向ける俺の脚に、ゴク―が慌ててしがみ付いてきた。
「ちょ、ちょっとぉ! 何でさっさと1人で行っちゃうんですかぁ!」
「は、放せって! お前はもう自由だ、好きなトコに行って好きなように生きろ」
俺は子供のようにしがみつくゴク―を引き剥がそうとした。
だがゴクーは、必死に全身で抱き付きながら喚く。
「それじゃあ、お釈迦様との約束を破るコトになっちゃいます! それにワタシをお嫁に行けない体にした責任を取ってください!」
「だから知らない人が聞いたら誤解される発言してんじゃねぇよ! 第一、釈迦との約束なんて、俺には関係ねーだろうが!」
俺は足をブンブンと振り回してゴク―を撥ね飛ばそうとするが。
「大ありです! ガンダーラ国に経典を取りに行く高僧ってアナタでしょ!」
ゴクーは、まったく離れそうにない。
「人違いだ!」
「ウソです! ちょっと前に観音菩薩様が教えてくれました!」
「くそぉ、余計なコトを」
散々2人で暴れまくった後。
「まあイイか。そこまで言うなら付いてこい。ただし、俺の言いうコトには絶対服従だぞ」
「はい、ご主人様!」
ご主人様?
お師匠様じゃないのか?
まあイイか、少しくらいオリジナルと違っても。
俺はそう自分に言い聞かせると、ゴクーと共に旅を再開したのだった。
歩き出して直ぐに、ゴク―が聞いてくる。
「でも何でご主人様は1人がイイんですか?」
「まず第一に、ドジはいらん」
「はうぅぅぅぅ」
シュンとなるゴク―に、俺は続ける。
「第二に、今まで何年もの間、常に俺は大勢の兵士と行動を共にしてきた。だからたまには1人きりの時間を楽しみたい。それに」
「それに?」
聞き返すゴク―に、俺はため息をついた。
旅の醍醐味の1つは、現地の女の子と仲良くなるコトだ。
なのに、ゴク―が一緒じゃ、それも不可能。
まあ、コイツも超絶美少女ではある。
しかし大ドジの最強生物兵器なんか口説けるか。
というコトで、正直に答える。
「女連れじゃナンパできん」
「な、ナニ言ってるんですか、僧侶は女人禁制ですよ!」
真っ赤になりながら大声を上げるゴクーに、俺は冷静に返す。
「観音菩薩から聞いてないのか? 俺が約束したのは、徒歩でガンダーラ国に経典を取りに行くコトだけで、あとは自由だ」
「はうぅぅぅ、ご主人様がこんなにエッチい人だったなんて……」
滝のように涙を流すゴク―に、俺はキッパリと言い切る。
「男とはそういうモンだ。お、街が見えてきた。さて楽しみだな」
スーパー大唐国を出発してから1日。
俺達は最初の宿場町に到着したのだった。
スーパー大唐国なんて、ふざけた名前ながら、それでもさすが大国。
街道には、徒歩で1日の距離に宿場町が作られていた。
そして、旅の第1日目。
到着した宿場町は都から1番近いだけあって、なかなか立派だった。
「よし、今夜はここに泊まろう」
俺は1軒の宿屋の前で立ち止まる。
「実にうまそうな匂いが漂ってる」
美味い食べ物と美味い酒。
旅の1番重要なポイントだ。
「こ、こんな贅沢な所に泊まるんですか! 僧侶というものは托鉢によって食べ物とその日の宿を得、それがかなわぬ時は……」
ゴク―が何かを言いかけるが聞く気はない。
俺は楽しい観光旅行をするんだ。
というコトで。
俺はさっさと宿屋に入り、受付の女の子に話しかける。
「2人だ、泊まれるか?」
「いらしゃいませ!」
「うう、本当にこんなコトでガンダーラ国に経典を取りに行けるのでしょうか」
ゴク―がガックリと肩を落しているが、俺の知ったこっちゃない。
「荷物を持って、さっさと来い!」
「は、はいぃ!」
太宗皇帝が用意してくれた財宝は、かなりの重さだ。
しかしゴク―の身体は天界の至宝だった金丹によって強化されている。
常人なら3人がかりの荷物を、ヒョイっと軽々と担いで走ってきた。
うん、便利だな。
「こちらがお客様の部屋になります」
俺達が案内された部屋は、こじんまりとしているが清潔だった。
よしよし。
「うん、気に入ったぞ。これなら食事も期待できそうだ。が、まずは風呂だな」
戦場では風呂に入っている余裕など、ない場合も多い。
しかし体を清潔に保つ事は、戦闘能力を維持する為に重要だ。
だから銀河連邦軍の戦闘服には、自動的に汗や皮質などを分解する機能が搭載されている。
戦場では、それで問題ない。
だが、俺は地球のジャパンエリア出身。
タップリ湯を入れた浴槽に入るのが好きなのだ。
だから俺は、プライベートでは必ず浴槽を利用する。
「ふう。こんなにノンビリした気分は軍に入ってから始めてだ」
俺は広い湯船に浮かんで天井を見上げた。
考えてみたら、こんなにリラックスして風呂に入ったのは初めてかもしれない。なにしろ休暇中でも、 突然呼び出される事は日常茶飯事だったから。
しかし今はそんな心配はゼロだ。
俺は初めて心の戦闘態勢を解除したのだった。
こうして風呂をユックリと楽しんだ後。
宿屋の1階にある食堂兼酒場へと足を運ぶと、さっそく酒と料理を注文する。
チンジャオロースによく似た料理。
エビチリによく似た料理。
唐揚げによく似た料理。
八宝菜によく似た料理。
酢豚によく似た料理。
「おお! 思った通り、料理も美味そうだ!」
よーし、食うぞぉ!
と、その前に酒の味をみるか。
俺は、丼で出された、白く濁った酒を口に運ぶ。
「うん、美味い」
白く濁った酒は、実に美味かった。
ほのかな甘みと酸味が堪らない。
そしてどの料理も、最高に上手い。
俺は酒と料理を心行くまで楽しむ事にした。
「これは楽しい旅になりそうだぜ」
そんな俺の前で。
「肉に酒……僧侶なのに……あああ、僧侶なのにぃ……」
ゴクーが滝のように涙している。
こんな顔してても神レベルの美少女だから、これはこれで見てて楽しいかも。
「ああ、ワタシはどうしたらいいんでしょう……」
「まだゴチャゴチャ言ってるのか? 俺が観音菩薩と約束したのはガンダーラ国に経典を取りに行くコトだけだと、何回言わす気だ」
「はうぅぅぅぅ」
ガックリとうなだれるゴク―の前に精進料理の皿が運ばれて来る。
「おまたせしましたぁ」
店員の女の子がにっこりと笑って皿をゴク―の前に置いた。
スタイルの良いカワイイ女の子だ。
さっそくナンパ!
といきたいトコだが、その笑顔は何かぎこちない。
「どうしたんだ? 心配事でもあるのか?」
尋ねてみると、女の子はピクッと身を震わせた。
そして言うか言うまいか迷った後で……小さな声で話し出した。
「実は私の故郷に人食いの化け物が出るのです。家族と連絡が取れなくなって心配しているのですが、化け物が恐ろしくて様子を見に行く事も出来ません。役人に訴えても聞いてもらえないし、もうどうしたらイイのか……」
俯いてしまう女の子の肩に、俺は手を置く。
「俺が退治してやろう」
相手は美人というコトもあるが。
銀河連邦軍の兵士は、理不尽な暴力を許さないのだ。
「本当ですか!?」
顔を輝かせる女の子に、優しく問いかける。
「ああ。詳しい話を聞かせてくれ」
「私の生まれた村は高老荘というのですが、ここから歩いて3日ほどの場所にあります。数年前からブタの化け物が出没して人間を襲うようになり、今では手下の妖怪を従え、村を支配しているらしいのですが、詳しい事は私には……」
「その村はどこだ」
俺は地図を取り出す。
3Dマップではない。
この星の文明にあわせてナナホシに作らせた紙の地図だ。
「ここが高老荘です」
女の子が地図の1点を指差す。
「場所さえ分かれば十分だ」
「ご主人様?」
立ち上がる俺に、ゴク―が不思議そうな顔をする。
「理不尽な暴力から一般人を守るのは軍人の務めだ」
可愛い女の子にイイトコを見せたくなるのは、俺の悪いクセだがな。
「何のコトか良く分からないですけど、人助けなら大歓迎です!」
そう言って顔を輝かすゴク―を引き連れて、俺は高老荘へと出発したのだった。
女の子は、歩いて3日の距離といっていた。
だが、それは一般人の話。
俺とゴクーの移動力なら、1日で到着する距離だ。
そして到着と同時に。
村の現状を把握する為に、物陰から様子を伺う。
「確かにブタの化け物ですね」
ゴク―が言ったように、その妖怪の頭はブタだった。
2本足で歩いているが、手には熊手によく似た農具を持っている。
多分、武器として使用するのだろう。
手下も牛、馬、羊、ニワトリ、ガチョウなど家畜の妖怪ばかりだ。
数は……探査装置でサーチしてみると、全部で57匹いる。
対して人間の数は182。
村の規模から考えると、かなり少ない。
女の子が言っていた『人食いの化け物』という単語が、嫌な感触を持って脳裏に浮かんでくる。
しかし、まずは。
「偵察開始だ。気配を殺して付いて来い」
ゴク―にそう命令してから、気配を消して村に潜入する。
物陰から家の死角へ。
家の死角から物陰へ。
高老荘の家を1軒ずつ調べていく。
人が生活している家もあれば、無人の家もある。
が、今はまだ住民と接触しない。
調べるだけだ。
セオリー通り、まずは情報を収集し、その情報を精査して作戦を立てる。
重要なのは、敵の数、武器、能力、目的。
そして村人の立ち位置だ。
敵に寝返っている者がいるかもしれない。
人質を捕られているかもしれない。
あるいは……。
と、ありとあらゆるコトを考慮しておかねばならない。
敵の思考を読んでみよう。
妖怪がこの村を支配しているなら……。
おそらく村で1番立派なこの屋敷をアジトにしているはず。
だから俺はゴクーと共に、村で1番立派な建物に潜入する。
目立たない窓から中に侵入し、部屋を一つずつチェックしていく。
そして大広間の扉の隙間から中を覗いたところで。
「ゲもが!」
俺は、大声を上げかけたゴク―の口を素早く押さえて、耳元で囁く。
「大声を出すな、バカ。で、何事だ」
「あ、あ、あれ」
扉の隙間から見えた光景に、俺はギリッと歯を食いしばる。
震えるほどの怒りが身体の奥底から噴き出してきて止められない。
「入るぞ」
大広間に妖怪がいない事を確認してからゴク―と共に中に入る。
目に入るのは天井からぶら下げられた、かつて人間だったモノ。
積み上げられた肉片。
血塗れの作業台に並ぶ刃物。
床に散らばる骨。
そして黒く乾いた血がこびりついた拷問道具の数々。
「ひ、ひどい……」
ゴク―が口を押さえてうずくまっている。
気持ちは分かるが今は。
「そんな暇があったら、生きている者がいないか探せ」
小さくゴク―を叱る。
「は、はい」
「そして生きている者がいたら治療しろ」
「ふえ? ど、どうやって!?」
驚くゴク―に俺も驚く。
「どうやって? 仙術を使えば簡単だろ」
「そんな高度な技術、使えるワケないですよぅ!」
どうやら俺の知る孫悟空より能力は下らしい。
クソ、仕方ない。
「じゃあ発見したら俺を呼べ」
「はい!」
「声がでかい」
「あぃ」
ナナホシには医療ポッドが搭載されている。
どんな大怪我でも数秒で治療してしまう優れモノだ。
生きてさえいれば、必ず助けてやるからな!
そう心の中で叫びながら生存者を探していると。
ドンガラガッシャァァァァァァン!!
ゴク―が、盛大にひっくり返りやがった。
2020 オオネ サクヤⒸ