後編。戦利品は、なんでも出て来る賢者の壺。
「実は。全部の答えはこいつなんだ」
そう言って、俺は例の四角の板を二人に見せる。
「なんだそれ? 魔力光を放つ……板っきれか?」
「あの、貸してもらっていいですか?」
「え、ああ。かまわねえけど、どうしたんだ。えらく驚いた顔して?」
言葉の後で、俺は謎技術物体を彼女に渡した。
「やっぱり、そうです」
「なにがだよ?」
「なんか知ってんのか?」
重装備に問われて、魔法師は頷く。
「はい。剣士さんは、とんでもない物を手に入れましたよ」
表情がほころぶのと同時に、魔法師はそんなことを言って来た。
「とんでもないもの? たしかに、こいつの効力はとんでもないが」
「これはダムスカ。、賢者の壺とも呼ばれる、錬金の神って呼ばれる人が作った、
魔力を糧に、あらゆる物を生み出すアイテムです。話には聞いてましたけど、
まさか、実在してたなんて」
溢れる感動を抑えきれない、そんな語り口の魔法師。
「けど、なにが出て来るかわかんねえぞそれ」
「そう。それが錬金の神が到達できなかった神の御業の領域です。
魔力を糧にあらゆる物を生み出せる、この賢者の壺ですけど、
出て来る物はある程度絞れるとはいえ、なにが生まれるのかわからないとか」
「おまけに、まとめて生み出すためにはかなりの魔力がいる」
俺は、言葉を紡ぎながら袋の中身を軽く見せて行く。
「俺が手に入れたのなんて、二つのスキルとこの革袋と、
後は文房具だからな。その賢者の壺の文字を信じるなら、
どれもこれもオリハルコン製らしいけど」
「え?」
「いやいや、流石にそれはねえだろ?」
「あの、その中身。よく見せてもらえますか?」
「え、ああ。いいけど、そうガッつくなって」
普段は、こんなにグイグイ来る娘じゃねえんだけどなぁこいつ。
「いえ、このうっすらと銀色の入った、光沢と艶のある黒は。
わたしの見た資料が間違っていなければ、オリハルコンです。
天然のオリハルコンの色ですよ」
「いやいや、なんだその希少金属の無駄遣い」
重装備が俺とまったく同じことを言ったせいで、
俺もそう思ったわ、って吹き出しながら言っちまった。
「この取得物一覧の文字によれば、その革袋もドラゴンの革だそうですね。
『武器としても充分に使える耐久力と破壊力だ』って、
なんだか楽しげに書かれてますけど……」
「素材はめちゃくちゃいいのに、できたもんがしょぼいってのも、
その『なにができ上がるかわからない』のせいか。
すげーんだかすごくねえんだか、だなそれ」
「けど、ゴブリンを無限に生み出してたのもその賢者の壺だ。
ゴブリンは、どうやら血の通った『生き物』として出てきてるわけじゃなかったらしい。
だから血が出てなかったんだと思う」
重装備に答えた俺に、「なるほどな」と俺が妙に綺麗なことにだろう、
重装備は頷いた。
「出て来る物はどうあれ、無から有を生み出しているようなものです。
凄まじい物には違いありませんよ。もしかしたらあのゴブリンたちは、
これを守るために生み出されていたのかもしれませんね」
「執念深いゴブリンが、あの場所から一匹たりとも出てこなかったって話も、
賢者の壺のガーディアンとして用意されてたとすれば、納得できるか」
「賢者の壺を覆い隠すほどの数が無尽蔵に沸いて来れば、
たしかにこのダムスカが狙われることもありませんしね。
でも、その守り手がいなくなってしまったと言うことは、
これを手にして喜んでもいられませんね」
「どういうことだよ?」
重装備に問われて、魔法師は頷く。
「これを野望のために、際限なく利用するとしたら、
これはとんでもない兵器になりえます」
「なんでだ?」
重装備に続けて、俺も「そんなおおげさな」と言葉を重ねる。
それでも魔法師は、真剣な表情を微塵も崩さず言葉を帰して来る。
「たしかになにが出て来るかはわかりません。けど、それは裏を返せば
なんでも出て来るってことです。どんな破壊をもたらす物だろうと、
どんな高次の存在であろうとです。剣士さんの話を考えれば、
完全に同じ物ではないでしょうが、その「力」は本物と言って
差し支えないでしょう。道具は持ち主、とはよく言ったものですよ」
「で、喜んでばっかりもいられねえってのは、どうしてなんだ?」
「この賢者の壺ダムスカ、今は無限に出て来るゴブリンって守り手がいません。
そして、持ってるのはわたしたちです。混乱のためにこれを使われるのはさけたい、違いますか?」
「そうだな。冒険者としては、仕事が増えるかもしれねえけど、
その混乱ってのの規模が読めねえんじゃ、気楽に構えてられなくなっちまうか」
「となれば、これを手にしたわたしたちが、このアイテムを守らないといけません」
「俺達以外の誰かに渡れば、どう使われるかわからないから、か」
「はい。わたしたちだって、この賢者の壺の力に魅了されてしまわないとも限らないのに、
そんな危険性を孕んだ物を他人に渡すなんて、余計に危険ですから」
年齢不相応な考え方をしてると、この魔法師の少女を見てると思う。
魔法を専門に扱うには、それ相応の知識がいるって話だ。
もしかすると、知識を蓄えると考え方が、なんて言うか、
慎重になるのかもしれないな。
いろいろ知ってるから、こうパパっと決められない、
そんな風になるんじゃないか、そう俺は考えてる。
だからこの少女は、年齢不相応に落ち着いてるんじゃないか、ってな。
別にこの娘が、他人を信用してないってわけじゃない。たぶんだけど、こいつはいつも
なにかを考える時に、最悪の方から考えてるんじゃないかと思う。
だから、自分たちでも制御できない可能性がある、と後ろ向きなことを言って、
更に、そんな物を他人に渡すのはもっと危ない、って後ろ向きな結論で
賢者の壺ダムスカを、俺達が守って行くべきと主張してるんだろう。
「そうだな。俺達のうち誰かが、ガチャにはまり込みそうになったら、
とめてやればいいし、賛成だ」
「「ガチャ?」」
同時に聞き返されたので、
「魔力から物を生み出すことをそうこいつは呼んでるんだ」
と説明した。
「そうなんですね。それほどに恐ろしい物なんですか、
そのガチャって?」
「恐ろしいかはさじ加減だろうけど、たとえばものすごくできがいいのが一つ出て来たとする。
それから後、ガチャをしてもできの悪いのしか出てこなかったら?」
「できがいいのが出て来るまで、延々と毎日毎日
魔力を賢者の壺に注ぐかもしれない、ですか」
「そういうこと。そうなったら冒険者としての活動に支障が出るだろ?」
「そうですね。ガチャのことばっかり考えて、他がおろそかになられても困ります」
「おめえら……なんで揃って俺を見る……!」
「だって、なぁ?」
「ねぇ?」
「この野郎ども……帰るぞ、もう依頼は達成したんだからな」
いらだちを隠しもせず、重装備はズンズンと歩いて行ってしまった。
「ところで。そのオリハルコン文房具。どうするつもりですか?」
「金にするさ。お偉方には売れるかもしれないからな」
「一点物となれば、商人さんが買値を高くしてくれるかもしれませんし、
臨時収入としてはいいですね」
「魔法師。金が減って来た時に、ガチャに頼るなよ」
「大丈夫ですよ。注意したわたしが、そんなまさか?」
「今、ビクってなっただろ。それに、声震えてるぞ」
「こ、声の調子が悪かっただけです」
そうごまかして、魔法師はわざとらしく咳払いをする。
そんな、年齢相応な素直さに、俺は穏やかな笑いをこぼしていた。
「いくぞ。重装備を見失いそうだ」
「はい、剣士さん」
ただの、数の多いゴブリン退治の依頼で思わぬ拾い物をした俺達は、
その拾い物によって、俺達にどんな変化が訪れるのか、
そのことに期待と不安を抱きながら、帰路を行くのだった。
END